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投稿日:2021年02月24日
* * *
「バーンズさん、バーンズさん。起きてくだせえ」
ふと、自分を呼ぶ声がして、オーラントははっと目を覚ました。
同時に、乾燥しきった喉が張り付いて、げほげほと咳き込む。
荷馬車の御者は、馬車の戸をがらりと開けると、オーラントに水筒を手渡して苦笑した。
「お疲れなのは分かりますが、そんな口を大きく開けて寝てたら、あっという間に干からびちまいますよ」
「すんません。寝るつもりじゃなかったんですが」
オーラントは、水筒の水で喉を潤すと、申し訳なさそうに頭を掻いた。
「今、どの辺まで来ました?」
「そうですなぁ……」
オーラントがそう問うと、御者は、荒涼とした岩だらけの景色を見渡した。
熱した鉄板のような地面に、鋭く射してくる直射日光。
雑草一本生えることも許さない、この厳しい情景は、まさに地獄と称されてもおかしくない光景である。
「さっき、印岩を通りすぎましたから、あと二日もあればノーラデュースの砦に着くと思うんですがね。でも、今はもう進めねえですだ。大分日が高くなってきてる。日が沈んでから動かないと、俺たちも馬も、暑さでぶっ倒れちまいますよ」
顔を照りつけてくる日差しを、嫌そうに手で遮りながら、御者は言った。
オーラントも同じように手をかざしながら、目を細めて空を見る。
南方の地では、気温が最も高くなる日中に動くなど、自殺行為なのだ。
オーラントと御者は、荷の中から巨大な天幕を用意すると、その下に馬と荷物を移動させることにした。
荷の大半は、水や保存食、薬類などで、これらは全て、リオット族の牽制を任務とする砦の魔導師たちに宛てたものだ。
ノーラデュースは資源に乏しいため、自給自足で生活することは厳しい。
故に、休暇や仕事で王都に戻る魔導師たちが、それぞれ任務に戻る際に、砦に貯蓄するための物資を調達してくる決まりなのである。
本来、ノーラデュースまでの道のりは、船や馬車を乗り継いで一月ほどで到着する距離だ。
物資が増えている分、一月半月近くかかってしまうだろうという算段であったが、シュベルテを発って三十日が経過した今、既にノーラデュース近くの印岩を通過したとのことであったから、もしかしたら明後日くらいには到着できるかもしれない。
オーラントは、荷馬車に積んであった木箱を天幕の下に移すと、額の汗を拭った。
(そういやあいつ、どうしてんだろうなぁ……)
次の荷物を運び出そうとしたところで、ふと、ルーフェンのことを思い出す。
結局、シュベルテを発つ時、ルーフェンがオーラントの元にやって来ることはなかった。
外出の許可が取れなかったのか、はたまた別にノーラデュースに行く方法を思い付いたのか。
前者であることを願うが、あのルーフェンのことだ。
外出許可を取ると豪語したからには、やっぱり取れませんでした、と簡単に引き下がるとも思えない。
まして、ノーラデュースに行くことを諦めるなんて、まずないだろう。
(絶対、なんかあるよな……。でも流石に、もうノーラデュースに到着してた、なんてことは……)
そんな、もやもやとした不安を胸に抱えながら、木箱を抱えると、天幕のほうに向く。
すると、既に天幕に置いてあった木箱の一つが微かに動いたような気がして、オーラントは動きを止めた。
鼠でも入ったんだろうか、と眉を寄せる。
すると、その瞬間、木箱の蓋が独りでに開き、中から予備の外套と共に何かがむっくりと立ち上がった。
「あっつ……もう限界……」
「…………」
全身汗まみれの状態で、木箱から飛び出したのは、一人の少年だった。
銀の髪と瞳をした彼は、ぱたぱたと胸元の衣を掴んで自分を扇いでいる。
オーラントは、大きな音を立てて抱えていた木箱を落とすと、思考停止したまま立ち尽くした。
「……あ、あれ。おかしいな……疲れてんのかな。次期召喚師の幻が見える……」
ルーフェンの幻は、オーラントのほうに振り向くと、涼しげな顔になって、言った。
「残念、本物ですよ。オーラントさん」
今のオーラントにとっては、限りなく無情な一言。
オーラントは、何度も眼を擦りながら、しばらく薄ら笑いを浮かべていたが、やがて、ずんずんと天幕のほうに歩いていくと、ルーフェンの肩にそっと手を置いた。
「……はは、触れる幻があるなんてびっくりだー。まあ、いいや。とりあえず去れ、幻のじっきー」
「こんな荒地のど真ん中に、か弱い少年を放ろうなんてひどいですね。というか、そんな希少生物みたいな呼び方やめてくださいよ」
「…………」
呆れたように言ったルーフェンに対し、オーラントは、変わらず笑みを浮かべていた。
しかし、だんだんその笑みを引きつらせていくと、最終的には絶望的な表情になって、がばっと地面にうずくまった。
「嘘だ……信じられない……。なんなんですか。あんた、一体いつから着いてきてたんですか……」
オーラントの心中など、まるで無視したような淡々とした声音で、ルーフェンは答える。
「南端のライベルクからですよ。ライベルクまでは、移動陣で来ました。俺、ノーラデュースまでの道順知りませんしね。ああ、旅支度は自分でしてきましたし、食料とか荷物には手を出してないので安心してください」
「ライベルク……? じゃ、じゃあ、ここ三日くらい、ずっと木箱の中に棲息してたんですか……?」
オーラントは、ひくっと口元を震わせると、今度はこわばった声でそう尋ねた。
「んー、まあ、オーラントさんたちが荷物から目を離してるときは、結構出てましたけど、基本は木箱の中に入ってましたね。本当は見つかる予定じゃなかったんですが……もう箱の中は暑くて暑くて。死ぬと思ったんで出てきちゃいました」
「出てきちゃいました、じゃねえよ……。うーっわ、もう最悪だわ……信じらんねえ。王宮育ちの坊っちゃんの癖に、どんな生命力してるんですか。この猛暑の中、木箱で三日間だって? あんたはゴキブリか、ああそうかゴキブリか納得だ!」
もはや正気を失った様子で、オーラントはしくしくと泣き出すと、続いて祈るような姿勢になった。
「……ああ、おしまいだ……。このことがばれたら、俺は次期召喚師の誘拐犯か、どっちにしろ首だな。すまないジークハルトよ。父ちゃんはもう駄目みたいだ……」
ルーフェンは嘆息すると、呆れたようにオーラントを見た。
「そんなことにはなりませんよ。俺、ちゃんと上から許可とりましたし」
その言葉に、オーラントがばっと顔をあげる。
「えっ、アシュリー卿にですか?」
「いいえ、王家に。王家から許可が下りたら、もう誰も文句言わないでしょう?」
さらっとそう告げたルーフェンに、オーラントは瞠目すると、すごい勢いで立ち上がった。
「王家!? 王家って、一体どうやって……」
困惑した様子のオーラントに、ルーフェンはちらっと笑って見せた。
「簡単なことですよ、シェイルハート家の次男は、れっきとした王族です。しかも運よく、最近南の領地を任されるようになったんだとか。だから彼に、勝負して俺が勝ったら、ノーラデュース視察の許可として王家の印を捺印して下さいって頼んだんです」
「シェイルハート家の次男って、ああ、リュート殿下か……」
感心したような、呆れたような、けれどどこか不安げな面持ちで、オーラントは唸った。
「いやでも勝負って、それ大丈夫なんですか? 危険なことしてないでしょうね? 王族に手を出したなんて、いくら召喚師一族でも洒落になりませんよ」
「…………。……まさか。危険なことなんてしてませんよ」
「あの、沈黙がとても気になるのですが……」
不安の色を一層深めたオーラントだったが、ルーフェンは、あっけらかんと告げた。
「平気です。リュート殿下は大変プライドの高ーいお方なので、勝負に負けたからなんて絶対に言いません。周囲に問い詰められたとしても、自分の意思で捺印したと答えて下さるはずです」
「この腹黒策士が。リュート殿下に心から同情しますよ……」
オーラントが、がしがしと頭をかいて、脱力したように息を吐いたとき。
後ろの方から、御者の声がした。
「バーンズさん、どうしなすったんで?」
「どわぁーおっ!」
「ぐへっ」
オーラントは、目にも止まらぬ早さでルーフェンの頭に手を置き、そのまま木箱に押し込むと、さっと蓋を閉じてその上に座った。
「大丈夫ですかい? なんか今、話し声が……」
「えっ、えっ、話し声ですか? あれ、おっかしいなー、ついに俺も暑さにやられちゃったかなぁ……ははは」
全身から汗を噴き出しながら、早口で捲し立てるオーラントを見て、御者は心配そうに眉を下げた。
「そりゃあ、えらいことだ。後は私がやっておきますんで、バーンズさんは天幕で休んでた方がいいですだ」
「いやいや、大丈夫ですよ! 意識とかすごくはっきりしてますし、全然問題ないです! ほら、荷物は俺やっておきますんで、馬お願いします、馬! この暑さで、お馬さんも喉渇いてるんじゃないかなぁ、なんて!」
「そ、そうですかい……?」
半ばオーラントの勢いに押された形で、御者は渋々馬を休ませている方に歩いていく。
その後ろ姿が見えなくなると、詰めていた息を吐き出して、オーラントはゆっくりと木箱からどいた。
「……ちょっとオーラントさん、危うく首が折れるところだったじゃないですか」
先程、無理矢理押し込まれたルーフェンが、木箱から顔を出す。
オーラントは、そんな彼をぎろっと睨むと、御者が去っていった方を気にしながら、小声で言った。
「さっきの人は、荷物の運搬を手伝ってもらってるだけの一般人ですから、砦に着けば別れることになります。だから、砦に着くまでのあと二日くらいは、なんとか見つからないように隠れてて下さいよ。砦に到着したら……また、どうにかしてあげますから」
「協力してくれるんですか?」
「だってしょうがないでしょ! 今更引き返せないんだから!」
もはや投槍になった様子で、オーラントが言う。
ルーフェンは、これ以上何かを言ってオーラントの機嫌を損ねるのは得策でないと、大人しく頷くことにしたのだった。
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