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投稿日:2021年02月24日




 裂け目の奥は、思ったよりも長く続いていた。
オーラントは、その洞窟の中を駆け抜け、やがて、先程までいたような月光が射し込む空間に出ると、そこでルーフェンを下ろした。

「ったく、馬鹿ですか! 危うく死ぬところだったじゃないですか!」

 オーラントが、声をあらげて言う。
ルーフェンは、それでも小さく首を振ると、静かな声で答えた。

「……何をされようが、こちらからは絶対に攻撃はしないでください。彼らに敵視されたら、俺たちがここに来た意味がなくなる」

「じゃあ、大人しく殺されろって言うんですか? 死んだら、それこそ全てが無意味になるんですよ」

「……死ぬ前に、なんとかします。とにかく、攻撃はしないでください。オーラントさんは、俺のことを守ろうとはしなくていいです。自分の防衛だけしてくれれば──」

「ふざけるな! あんたは次期召喚師なんですよ、もうちょっと自分の立場ってもんを……!」

 かっとなったオーラントが、ルーフェンを怒鳴り付けたその時。
ふと、誰かが近づいてくる気配がして、オーラントとルーフェンは即座に振り返った。

 洞窟の奥──暗闇から、一人の少女がこちらに歩いてくる。
ほのかに光る、シシムの磨石を手にしたその少女は、左目が潰れており、全身の左半分が焼けたように爛(ただ)れていた。
彼女もまた、リオット族のようだ。

 身構えたオーラントに対し、少女は二人から少し離れたところで立ち止まると、抑揚のない声で言った。

「……私は、戦うつもりはない。構えを解いて」

 片言でない、襲ってきたリオット族たちに比べ、流暢な言葉遣い。
ルーフェンは、未だに警戒した様子のオーラントを一瞥すると、一歩前に出た。

「俺たちも、敵意はないんだ。勝手に君たちの住処に侵入してしまったのは申し訳ないと思ってるけど、少し話を聞いてくれないかな?」

「……知ってる。さっき、ゾゾたちと戦ってるところ、見てたもの」

 少女は、ルーフェンたちにくるりと背を向けると、更に奥へと続く洞窟の方を、シシムの磨石で照らした。

「私はノイ。ついておいで。話がしたいなら、長のところへつれていってあげる」

「え……」

 ノイから出た意外な言葉に、ルーフェンとオーラントは顔を見合わせた。
だが、オーラントは険しい表情に戻ると、ノイを睨み付けた。

「……何を企んでる。この先に罠でもあるのか」

「…………」

 ノイは、目を細めてオーラントを見た。

「……別に。ついてきたくないなら、ついてこなくていい。私は、貴方たちがどうなろうと構わないから」

「いや、案内頼むよ。ありがとう」

「あっ、こらちょっと……!」

 なんの躊躇いもなくノイの方に行こうとしたルーフェンに、オーラントが慌てて制止をかける。
すると、ルーフェンは嘆息して、小さな声で言った。

「罠だろうがなんだろうが、このまま道も分からない洞窟でうろうろしてたって、仕方ないでしょう。折角話を聞いてくれそうなリオット族に会えたんですから、好機ととるべきです」

「いやいや、さっきのリオット族の俺たちへの敵意、思い出してくださいよ。この状況下で、のこのこ着いていこうとするなんておかしいです。何度も言うように、あんたは次期召喚師なんですから、そんな簡単に危険に飛び込まれちゃ困ります」

「…………」

 そう言った途端、一瞬ルーフェンの顔つきが変わったような気がして、オーラントは黙りこんだ。
もううんざりだとでも言いたげな、疲れの滲んだ表情だった。

 ルーフェンは、やり場のない何かを無理矢理飲み込むように、一度息を吸うと、冷めた口調で言った。

「……じゃあ俺が、次期召喚師でなかったら、問題ありませんか」

「え……」

 つかの間、言葉をつまらせたオーラントに対し、小さく息をつくと、そのまま身を翻して、ルーフェンはノイの元に歩いていく。
その光景を見ながら、オーラントはしばらく頭を抱えていたが、二人の姿が洞窟の奥に消える前に、渋々と言った様子でルーフェンたちを追いかけた。

 確かに、もし一緒にいたのがルーフェンではなく、同じ宮廷魔導師の仲間だったなら、オーラントは無理には止めなかっただろう。
しかし、ルーフェンはどうあがいても、結局のところ、サーフェリアの次期召喚師なのだ。
オーラント自身の体裁を抜きにしても、絶対に死んではいけない存在である。

 召喚術の力を保有している以上、ルーフェンは生きて、サーフェリアの守護に勤めなければならない。
そこに、本人の意思などもはや関係がないのだ。

(そこんところがいまいち分かってないっつーか、まだガキなんだよなぁ……)
 
 先を行くルーフェンの姿を見失わないように気を付けながら、オーラントは肩をすくめた。


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