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投稿日:2021年02月24日





  *  *  *


 目を開けると、ぼんやりとした淡い光が、ルーフェンを照らしていた。

(……ここは……)

 ぱんぱんと服についた土くれを払って、ゆっくりと起き上がる。
一瞬、ここがどこで、一体なにをしていたのか分からなくなったが、自分の周りに大量に散乱している土砂を見て、ルーフェンはすぐに事の全てを思い出した。

(そうか、俺たち、土蛇に襲われて……)

 結局あのあと、落下してくる際に、ルーフェンは気を失ってしまっていたようだ。
オーラントととも、案の定落盤ではぐれてしまったらしい。

 落ちてきた際に打ち付けた腰をさすりながら、ルーフェンは首を巡らすと、周りの状況を確認した。
辺りは一面岩壁だらけで、ルーフェンが落ちてきた穴以外にも、いくつか岩の裂け目や洞のようなものがある。
また、先の方は急な下り坂になっており、その奥の景色は暗くてよく見えないが、道幅からして、広い場所に繋がっていそうだった。

 上を向くと、地上へと繋がる縦穴が見える。
先程見た淡い光は、その穴から差し込んできた月明かりのようだ。

(……地中の奥底……ここが、ノーラデュース……?)

 遥か遠い、地上の天に浮かぶ満月に、思わず手を伸ばす。
こうしてみると、確かに奈落の底に突き落とされた気分になった。

 あるのは岩と土、暗闇、そしてほんの僅かな月明かりだけ。
もしここが本当にノーラデュースなら、ルーフェンは目的地へたどり着けたわけだが、こんなところに、本当にリオット族は棲んでいるのだろうか。

 そうして、目を細めて考え込んでいたルーフェンだったが、その時、ふと殺気を感じて、反射的にその場から飛び退いた。
瞬間、凄まじい爆裂が生じて、岩壁の一部が木っ端微塵になる。

 ルーフェンは、なんとか受け身をとって地面に落ちると、素早く体勢を立て直した。

「……仕留めたか」

「手応えはあった」

「死んだか」

 ぼそぼそとした声が、下り坂の方から聞こえてくる。
咄嗟に、その暗闇に目を向けると、誰かがこちらに這い上がってくるのが見えた。

 肉食獣のように鋭い目を光らせながら、何かがじりじりと距離を詰めてくる。
それらが、まるで岩肌のような歪でひきつった皮膚を持つ三人の大男であることに気づくと、ルーフェンは、はっと息を飲んだ。

「リオット族……」

 思わず声に出して、身構える。
すると、大男たちも目を見開き、跳ねるようにして立ち上がった。

「土蛇、ちがう!」

「人間だ……!」

 驚いたように言ってから、リオット族の男の一人が、ルーフェンの二倍はあろうかという巨体で振りかぶり、唐突に殴りかかってくる。
ルーフェンは、即座に横に跳んでそれを避けたが、男の拳は、まるで鋼のような強靭さを以て、岩壁を打ち砕いた。
万が一直撃していたら、骨折どころでは済まないだろう。

「皆に知らせろ、人間、侵入した」

「殺せ」

「まずは足をちぎれ」

 リオット族たちが、口々に言い合いながら、ルーフェンに近づいてくる。
しかしルーフェンは、構えを解いて、出来るだけ隙を作って立ち上がった。
一瞬でも戦う姿勢を見せてしまったら、リオット族たちに、完全に敵だと判断されてしまうからだ。

 ルーフェンは、小さく息を吸って、言った。

「……やめろ。俺は、貴方たちの敵じゃない」

 リオット族たちは、目を細めて、一歩後ずさる。

「しゃべった」

「人間、しゃべった」

 ルーフェンは、額に脂汗がにじむのを感じながら、穏やかな声で続けた。

「俺はルーフェン。リオット族を訪ねて、シュベルテから来た。貴方たちと、話がしたい」

「シュベルテ! シュベルテと言った」

「シュベルテの人間、俺たちをこんなところに閉じ込めた」

「お前、殺して、人間たちに見せしめる!」

 殺気を灯した瞳をぎらつかせながら、リオット族たちが、再び寄ってくる。
ルーフェンはそれでも構えずに、男たちを見つめた。

「俺は、貴方たちをこのノーラデュースから出したいと思ってる。ここでの生活が嫌だというなら、少しでいいから、話を聞いてほしい」

「黙れ!」

 ひゅんっ、と空気を裂く音がして、なにか鋭いものがルーフェンの頬をかすった。
振り返ってみると、背後の岩壁に、いくつかの石がめり込んでいる。

「人間、殺す」

「まずは足だ」

「次は目を潰せ」

 地面がわずかに振動したかと思うと、岩壁から崩れた細かい瓦礫が、男たちの周りに浮かび、鋭利な凶器となってルーフェンに狙いを定める。
リオット族の地の魔術だ。

(聞く耳持たずか……)

 頬から垂れた血を拭いながら、ルーフェンは顔をしかめた。

 あの石のつぶてを避けるのは不可能であるし、このまま突っ立っていては、確実にルーフェンは蜂の巣になる。
しかし、反撃すればリオット族の敵に回ることになるだろう。

(どうする……!)

 打開策を考える暇もなく、礫が迫る。
しかし、その瞬間、ルーフェンの足元から突風が巻き起こり、ルーフェンを貫かんと向かってきていた石の礫は、その突風に巻き込まれて散り散りになった。

「阿呆! なに突っ立ってるんですか!」

 焦ったように叫んで、岩壁の洞からオーラントが姿を現す。
ルーフェンは、すぐさま洞の方に向いて、目を見開いた。

「オーラントさん……!」

 オーラントは、素早くその場から飛び降り、ルーフェンを庇うように立つと、ルマニールを構えてリオット族の男たちと対峙した。

「人間、もう一人いた」

「殺せ」

「早く殺せ!」

 纏っていた殺気を膨れ上がらせ、三人のリオット族たちが突進してくる。
オーラントは、ルマニールを唸らせて大男二人を斬りつけると、勢いそのままに振り返って、柄で三人目の男の拳を跳ね上げた。

 リオット族の硬い皮膚に、普通の斬撃などほぼ無意味であることは分かっている。
だから、これらの攻撃は全て、単なる脅しにすぎなかった。

 リオット族がここで引かず、立ち向かってくるようなら、今度は魔術を使って致命傷を与えるまでだ。
そう思って、オーラントが再び構えの姿勢を取ったとき。
突如、ルーフェンがオーラントとリオット族たちの間に飛び出してきた。

「────っ!」

 咄嗟にルマニールを引っ込めて、後退する。
ルーフェンは、そんなオーラントを見つめて、強い口調で言った。

「攻撃しないで! 俺たちは戦いに来たんじゃない」

「だからって……!」

 このままじゃ殺されるだろう、と続けようとして、オーラントはすぐに口を閉じた。
リオット族の一人が、ルーフェン目掛けて拳を振り上げたからだ。

 ルーフェンが背後からの攻撃に気づいたのと、オーラントがルーフェンの腕を掴んで地を蹴ったのは、ほぼ同時だった。
オーラントは、ルーフェンを抱きかかえ、すんでのところでリオット族の拳を避けると、素早く臨戦態勢に入る。
だが、この状況におかれて尚、ルーフェンが大声で言った。

「攻撃するな!」

 ルーフェンが、ルマニールを操るオーラントの腕を押さえ込む。
オーラントは、小さく舌打ちすると、ルマニールを使うことは諦め、魔術で強風を起こした。

 舞い上がった粉塵で、視界が悪くなる。
そうして、一瞬リオット族たちが標的を失った隙に、オーラントは近くにあった岩壁の裂け目に、ルーフェンを抱えたまま飛び込んだ。



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