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投稿日:2021年02月24日






 ラッセルとノイの案内で、再び迷路のような細道を通っていくと、ほどなくして、これまでとは比べ物にならないくらい大きな広間に出た。
この場所は、どうやら地上から見た亀裂と直結しているらしく、上を見ると、細長い割れ目から月が覗いている。
ここは、奈落の底の中心部──リオット族たちにとっては、会合場所に近いもののようだった。

「皆、聞け」

 ラッセルが広間の中心に立ち、そう叫ぶと、岩壁にあった沢山の洞から、次々とリオット族たちが出てきた。
彼らは、ラッセルを取り囲むようにして集まると、その横に立っているルーフェンとオーラントを見て、ぎょっとしたように警戒の色を強めた。

「おい、あいつら、さっきの……」

「人間、地上の人間だ」

 最初に戦った三人のリオット族から、既に話は広まってしまっていたのか。
集まった五十人程のリオット族たちは、口々に敵意のこもった言葉を呟きながら、ルーフェンたちを睨んだ。

 ラッセルが、一歩前に出て、言った。

「ここにいる人間は、わしが認めた客人たちじゃ。二人とも、我らリオット族に害を成すつもりはないと言う。皆、手を出すでないぞ」

 リオット族たちの間に、ざわりとどよめきが起こる。
全員一様に、信じられないといった表情を浮かべていた。

 ルーフェンは、しばらく周囲を見回していたが、ふと、集まったリオット族たちの中に、見覚えのある顔を見つけると、そちらに向かって歩き出した。
そして、リオット族たちが警戒して後ずさったところで、立ち止まる。

 ルーフェンの目線の先には、最初に戦った三人の内の一人が、鋭い目付きで佇んでいた。

「……さっき、驚かせてごめんね。本当に、貴方たちと戦う気はないんだ。だから、怖がらないでほしい」

 ルーフェンは、穏やかな声でそう言ったが、男は、それに答える様子はない。
それどころか、ルーフェン目掛けて拳を振り上げると、雄叫びをあげながら勢いよく殴りかかってきた。

「ゾゾ!」

 オーラントと同時に、ノイがルーフェンの前に出る。
殴りかかってきたリオット族──ゾゾは、納得が行かない様子で一歩下がると、ノイのほうを見た。

「ノイ、邪魔するな! 何故そんなやつら、かばうのか! 傲慢なシュベルテの人間どもめ!」

 吐き捨てるように言ったゾゾに対し、ノイは、冷静な口調で返した。

「さっき、長が手を出すなと言ったのが、聞こえなかったの。長の決定は絶対。リオット族の掟よ」

「だけど……!」

 ゾゾは、怒りで言葉をつっかえさせながら、今度はラッセルに視線をやった。

「だけど、長! この前、リクとラシュ、魔導師に殺された! 今朝、土蛇とりにいって、グルガンも、地上から帰ってこない! こいつら、殺したかもしれない!」

 土蛇をとりにいって──。
その言葉に、一瞬、亀裂の近くで土蛇の死骸に向かって走っていたあのリオット族の男が、ルーフェンの脳裏に蘇った。
きっと彼は、食糧となる土蛇を求めて地上に出て、魔導師に見つかってしまったのだろう。
そして、食糧の確保を優先したものの、結果的に殺されてしまったのだ。

 ラッセルは、小さくため息をつくと、黙りこんでいるルーフェンのそばに並んだ。

「若君、ここに来る途中、我らの同胞を殺したかね?」

「……いいえ」

 ルーフェンが俯いて答えると、ゾゾがすぐさま口を開いた。

「そんなの、信じられるか! お前たち、土蛇の巣穴から出てきた! 土蛇探してたグルガン、殺したんだろう!」

「黙れ、ゾゾ」

 穏やかでありつつも、威厳のあるラッセルの物言いに、ゾゾが黙りこむ。
ラッセルは、ゾゾに向き直ると、ルーフェンの肩に手をおいた。

「……こやつは若いが、召喚師の血を継ぐ者じゃ。付き人の男も、腕の立つ魔導師と見える。考えてみよ、我らが敵う相手でもない。それにも拘わらず、こやつらが、我々に自ら攻撃を仕掛けてきたことはあったか? なかったじゃろう。それだけで、少しは信じようという気にはならんか」

「…………」

 ゾゾは、ひとまず押し黙ったが、未だに敵意のこもった眼差しで、じっとルーフェンを見ていた。
ゾゾだけではない。
この場にいるほとんどのリオット族は、ルーフェンとオーラントを完全に敵視している様子だ。

 ラッセルは、この場を包む緊張感には似合わぬ、静かな声で述べた。

「……まだグルガンが殺されたと、決まったわけではない。なに、食糧はあるのじゃ。信じて帰りを待とうぞ」

 そう言って、ラッセルが目配せすると、リオット族の男が一人、大きな洞から巨大な肉の塊を引きずってきた。
腐りかけた、土蛇の肉だ。

 リオット族たちは、ルーフェンたちを横目に見て距離をとりながら、わらわらと肉の元へ歩いていくと、素手でそれを引きちぎり、食べ始める。
オーラントは、鼻をつく腐臭に息を止めながらも、じっとその様子を眺めていた。

 ルーフェンは、皆が肉の近くに集まっていく中、広間の隅で赤子を抱え、うずくまっている女性を見つけると、ノイに耳打ちした。

「あの人は?」

 すると、ノイは一瞬目を細めて、答えた。

「……彼女は罪人。だから、食糧は与えないの」

「罪人……?」

 ルーフェンは、訝しげに眉を寄せた。

「罪人って、赤ん坊もいるのに? せめて子供には、食べさせてあげればいいのに」

「……それが罪よ」

 ノイは目を伏せて、ルーフェンから目を反らした。

「……子供を生むのが、罪なの。だから、食糧は与えない」

「どういうこと……?」

 多少声音を低くしたルーフェンに、ノイは、俯いたまま答えた。

「……我々リオット族は、この奈落の底で滅びるべき一族。ただですら食糧が足りてないのに、これ以上増えて、どうするっていうの」

「なっ……」

 その瞬間、唐突にこみあげてきた怒りに、ルーフェンは激しく顔を歪めた。
やり場のない感情に、いてもたってもいられず、思わずうずくまる親子の元に足を向ける。
だが、一歩踏み出す前に、ノイに強く腕をつかまれた。

「何をする気。部外者のくせに、リオット族の掟に口を出さないで」
 
 ノイが、強い口調で言う。
しかしルーフェンは、その腕を振り払うと、苛立たしげに言い返した。

「そんな掟なんて、子供には関係ないだろ! 子供は、生まれる場所を選べないんだ。これから一生あの子に、自分は滅ぶべき一族だとか、生まれなければよかったんだとか、そんなこと自覚させて生きろって言うのか。勝手に産み落としたくせに、親の都合で理不尽な生を押し付けるな!」

 突然ルーフェンが感情的になったことに驚いたのか、ノイが絶句して押し黙る。
だが、再び親子の方に視線を向けたルーフェンを、今度はオーラントが止めた。

「少し落ち着いてくださいよ。らしくもない」

 なだめるように、ゆっくりとした声音で告げる。

「……彼女の言う通り、ここはリオット族の地ですよ。無断で入り込んだのは俺たちのほうなんですから、リオット族に決まりがあるなら、ちゃんとそれに従わないと」

「…………」

 ルーフェンは、しばらく何か言いたげに、顔をしかめていた。
だが、怯えた様子でこちらを伺う親子を見ている内に、だんだんと頭が冷静になってきたのか、やがて、オーラントを見て小さく頷いた。

 ラッセルは、そんなルーフェンのほうを向くと、微かに目を細めた。

「……若君よ。おぬし、先程我らリオット族と話したいと言うておったな」

 その場にいる全員に聞こえるように、通る声で言う。

「それならば、我ら全員に、話してみてはくれまいか。おぬしがリオット族に、一体何を望んでいるのか」

「…………」

 リオット族たちの視線が、一斉にルーフェンに向かう。
ルーフェンは、一瞬戸惑ったような顔つきになったが、すっと息を吸うと、顔をあげて言った。

「……俺は……アーベリトの財政を建て直すために、リオット病の治療法の需要を、二十年前と同じように高めたい。だから、リオット族にもう一度、シュベルテに戻ってきてほしいんだ」

 瞬間、リオット族たちの目の色が変わったことに気づいたが、ルーフェンはそのまま続けた。

「そして、またリオット族の力を使って、王都を支えてほしい。もちろん、かつて俺たちがこのノーラデュースに貴方たちを閉じ込めたことを、簡単に許してくださいとは言えない。でもこんな憎しみ合い、いつまでも続けていたって、被害が大きくなるだけだろう? 俺は、この奈落の底から、貴方たちを出したい」

 リオット族の一人が、凄絶な光を孕んだ目で、ルーフェンを睨む。

「お前! またシュベルテで、奴隷になれと言うか!」

「違う! そうじゃない!」

 リオット族から上がった声を、ルーフェンはすぐさま否定した。

「貴方たちを奴隷になんて、絶対にさせない。ちゃんと自由に働けて、幸せに暮らせるようにする。リオット病の治療もして、日の下で生きられるように……約束するから、だから──」

「お前の言葉など、信じられるか!」

「リオット族、お前たち人間とは違う!」

「一緒、暮らせるはずない!」

 ルーフェンの言葉を遮って、次々とあがる非難の声。
その罵声の数々に、ルーフェンが次の言葉を言えずにいると、ラッセルが突然、どんっ、と岩壁を叩いた。

 途端、広間全体が振動するような巨大な衝撃波が大気に広がり、全員が反射的に口を閉じる。
ラッセルは、やれやれといった様子で息を吐くと、呆れたように前に出た。

「全く、血の気の多い馬鹿どもめ。誰が言い争えと言った。わしは話せと言ったのじゃ。言いたいことがあるなら、喚かずに発言せんか」

 ラッセルの叱責を最後に、広間がしんと静まり返る。
リオット族たちも、ラッセルのことがよほど怖かったのか、しばらくは誰一人として発言しようとしなかった。

 ルーフェンは、わずかに前に出ると、ラッセルを一瞥してから、再びリオット族たちのほうを見つめた。

「……貴方たちは、本当にここから出たいとは思わないの……? さっきから俺たちのことを人間人間と呼ぶけれど、リオット族だって同じ人間でしょう。こんなところに閉じ込められたまま滅びるなんて、あっていいわけがない」

 ルーフェンの言葉に対し、リオット族たちは、肯定するわけでも否定するわけでもなく、ただじっと黙っていた。
黙って、怒りと悲しみが混ざったような目で、ルーフェンのことを見つめている。

 その目は、ルーフェンがよく知っている目だった。

 長い静寂の後、不意に、ゾゾが前に出た。

「……お前たち人間が、言った。リオット族、人間ではなく化け物だと」

 続いて、別のリオット族が口を開く。

「地位も力もあるお前、何もわからない」

「ずっと底辺で生きてきた俺たちの苦しみ、分からない」

「…………」

 突き放すような、リオット族たちの静かな視線に、ルーフェンは何も言えなくなった。
そうして、何を言うか迷っている内に、リオット族たちは冷たい目をしたまま、それぞれの洞へと戻っていく。

「…………」

 引き留めようにも、引き留めたところでどうすれば良いのか分からず、結局ルーフェンは、そのまま立っていることしかできなかった。

 


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