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投稿日:2021年02月24日




 リオット族たちが、それぞれの洞に身を潜めてしまった後。
ルーフェンとオーラントは、ラッセルたちが用意してくれた寝床で、ひとまず休むことにした。

 寝床といっても、ただの岩穴であるから、横たわったところで寝心地など良いはずがない。
それでも、朝から晩まで動きっぱなしで疲弊しきった今の状態ならば、すぐに眠りにつけそうな気がした。

 ルーフェンは、この岩穴に入ってから、しばらく座ったまま、ずっと物思いしているようだった。
オーラントも、その間は無言のままでいたが、ある時、沈黙に耐えられなくなったのか、ふとルーフェンに声をかけた。

「……これから、どうするんです?」

 ルーフェンは、オーラントの方を見ると、首を振った。

「分かりません。……正直、リオット族はここから出たいと言うと思っていたので、こうなることは想定外でした」

 オーラントは、静かにため息をつくと、一度立ち上がって、ルーフェンの向かいに胡座をかいて座った。

「……じゃあ、諦めて帰ります?」

「いいえ。……ただ、どうすれば上手く説得できるのか、なかなか思い付かなくて」

 何かをふつふつと思考しながら、ルーフェンが答える。
オーラントは、頭をぱりぱりとかくと、小さく肩をすくめた。

「……あの。こう言っちゃなんですが、どうしてアーベリトのために、そこまでするんです? あんたがレーシアス伯に恩を感じてるのは前に聞きましたけど、恩って言ったって、何日か世話になっただけでしょう?」

 ルーフェンは、それを聞くと、身を縮めるように膝を抱いた。

「……そうですよ、それだけです」

 ぽつんと、呟くように言う。

「でも、それだけでも、俺には大きなことだったから……」

 不思議そうに顔をあげたオーラントの視線を受けながら、ルーフェンは続けた。

「……初めてだったんです。優しくしてくれたのも、心配してくれたのも、全部。サミルさんが、初めてだった。だから……サミルさんが困ってるなら、絶対に力になりたい」

「…………」

 オーラントは、困ったように息を吐くと、次いで、何かを探るような目付きになった。

「……それなら、力ずくでリオット族を連れ帰りますか? できるでしょう、召喚術を使えば。例えば、あのラッセルとかいう長を人質にとって、脅すとか」

「え」

 ルーフェンが、驚いたように目を見開く。
オーラントは、声を潜めて言った。

「逆に、どうしてそうしないのか、ずっと疑問でしたよ。力ずくが一番手っ取り早いし、あんたなら、当然思い付いてる方法の一つかと思ってました。そりゃあもちろん、穏便なのが一番ですけど、この感じだと、どうせリオット族からもシュベルテの人間たちからも、いろんな人達から反発を受けます。それなら、今更強行手段に出たって、さして変わらんでしょう」

「……でも……」

 口ごもったルーフェンに、オーラントは更にいい募った。

「どうして躊躇うんですか? 前に、言ってたじゃないですか。俺は正義の味方になりたいわけじゃないんだって。レーシアス伯の助けになるためなら、リオット族や他の奴らがどう思うかなんて、どうでもいいって。それってつまり、アーベリトのためなら、手段は選ばないってことでしょう?」

「…………」

 オーラントの言い分に、ルーフェンは、戸惑ったように俯いた。
何か返さなければ、と思うのだが、喉の奥に何かがつっかえてるように、上手く言葉が出てこない。

 オーラントは、そんな彼の様子を、長い間黙って見つめていたが、しばらくすると、突然ぶっと噴き出して、大声で笑い始めた。

「ぶっ、ぶははっ、はっ。はははっ!」

 ルーフェンがぎょっとして、顔をあげる。
オーラントは、必死に笑いをおさめながら、目尻に貯まった涙を拭った。

「いやぁ、なんか、すげえ勝った気分。ちょっと安心しました。あんた時々、態度と矛盾してるような発言とか行動とってましたし、いまいち何を迷ってるのか分からなかったので、見ていてもやもやしていたんですが……。ようやく少しだけ、あんたのことが分かった気がします」

「はい……?」

「いえ、良かったですよ。もし、じゃあ長を人質にしましょう、とか言い始めたら、流石に俺、帰ろうと思いましたもん」

 ルーフェンが、意味が分からない、といった風に、眉をひそめる。
オーラントは、一頻り笑い終えると、ルーフェンをじっと見つめた。

「いえね、結局あんたは、正義の味方になりたいんだなってことです」

 にかりと笑って、オーラントが言う。

「サンレードの子供たちの居場所を作りたい。レーシアス伯の力になりたい。それに、リオット族も助けてあげたいし、リオット族を恨む魔導師たちのことも、どうにかしてあげたい。必死に、自分が優先すべきはアーベリトのことで、他のことに気をとられるなと自分に言い聞かせてはいるものの、本当は全部気になっていて、そうやって色々考えている内に、頭ん中ぐっちゃぐちゃになって、自分でも混乱してきたんでしょう」

 ルーフェンは、怪訝そうに口を開いた。

「別に、そういうわけじゃ……」

「いーや、絶対そうです!」

 オーラントが遮って、びしっと言い放つ。

「いろんなことをうだうだと考えすぎて、最終的に自分のこと見えなくなるのが、あんたの悪い癖です。先のこととか他のことは、とりあえず置いておいて、今、あんたはどうしたいのか考えてください。リオット族やリオット病のことを調べていたとき。ラッセル老に土蛇の腐肉を差し出されたとき。罪人扱いされる親子を見たとき。あんたは、何を思ったんですか? ……リオット族を、助けたいって思ったんでしょう?」

「…………」

「違いますか?」

 ルーフェンは、気まずそうな表情になると、すぐに目を伏せ、小さな声で、だけど、と言葉を詰まらせた。

「だけど……俺は、俺のしていることが良いことなのかどうか……分かりません。リオット族が、こんな奈落の底で朽ちるのは絶対におかしいし、彼らにだって、地上で生きる権利はあるはずです。だから、リオット族をここから出すこと自体は、きっと正しいんだと思います。でも、正しいことが、必ずしも良いことだとは限らないし……そもそも、なにが正しいとかなにが間違ってるとか、全然分からないし。シュベルテに来てほしいだなんて言うのは、俺の勝手な言い分であって、リオット族を助けることにはならな──」

「だぁああー! お前めんどくせえな!」

 オーラントは、ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜながら発狂すると、ぐにっとルーフェンの頬を両手で引っ張った。

「いだだだっ」

「いいですか、もう一度言います。そうやって、うだうだ考えるのをやめろって言ってるんです!」

 頬をつままれ、涙目になるルーフェンに、オーラントはぐいと顔を近づけた。

「あのですね、正しいとか正しくないとか、そんなの誰にも分かりません。わかんないことをいつまでも考えてたって、どうしようもないじゃないですか。良いだの悪いだの関係なく、あんたはリオット族をここから出したいんでしょう。だったら、とりあえずその方向で頑張ればいいじゃないですか。失敗したら、その時はその時です」

 ルーフェンの頬をつねったまま、オーラントは続ける。

「そもそも勝率の低い賭けですが、上手く行かない原因を一つあげるなら、あんたが余計なことばっかり考えてるからですよ。いいですか、リオット族は大半の奴らが、脳みそ筋肉です! だから、あんたがどんな小難しい自己理論を展開しようと、絶対に通じません。アーベリトがどうとか、サンレードがどうとか、そんなことを頭の隅で考えながら、『貴方たちをノーラデュースから出したい』なんて説得しようとしても、伝わるはずがないんです」

「…………」

「最終目標のことばっかり考えて、目先のことが出来なくなってちゃ、元も子もありませんよ。いらんこと考えながら口先だけで説得したって、相手には伝わりません。もっと、自分の今の気持ちを優先して、誠意をもって話すようにした方がいいんじゃないですか。俺はあんたらリオット族を助けたいんだーって」

 そう言って、オーラントが手を離した後、ルーフェンは唖然とした表情で、オーラントをじっと見つめていた。
しかし、やがて、つねられて赤くなった頬を擦ると、ぽつんと呟いた。

「オーラントさん……むかつく……」

 瞬間、オーラントが勢いよくずっこける。
その様子を見ながら、ルーフェンは何事もなかったかのように、ぐっと伸びをした。

「……あー……オーラントさんが暑苦しいこと言ってくるから、なんか疲れました。……もう寝ます」

「おーまーえー……ふざけんなよ。真面目に語った俺が、馬鹿みてえじゃねえか」

 オーラントが、怒りで拳を震わせながら、ゆっくりと立ち上がる。
ルーフェンは、外套を脱いでくるくると丸めると、それを枕代わりにと地面に置いてから、ふと立ち上がって、言った。

「……オーラントさん。俺は、大抵のことは何でもできるんですよ」

「……は?」

 急になんの自慢だ、というように、オーラントが眉を寄せる。
ルーフェンは、真顔で言った。

「魔術はもちろん、座学だって、武術だって、八年分は他の兄弟たちより不利なはずなのに、俺が一番です。一度見たものも、おおよそ暗記できている自信がありますし、弁も立ちます。お偉方や女性に上手く取り入るのも、得意です。皆、俺のことを天才だって褒め称えます」

「いや、あの……頭大丈夫ですか?」

 引き始めたオーラントに、しかし、ルーフェンはくすりと笑った。

「だからね、誰かを尊敬するなんて、初めてですよ」

「……はい?」

 オーラントが、ぱちぱちと瞬きをする。
ルーフェンは、目の奥に穏やかな色を浮かべた。

「……俺が世間知らずで、無力で、オーラントさんの言う、いわゆるクソガキであることは、自分でも自覚してるつもりです。だけど、俺のことを本当に見てる人なんてほとんどいないから、何がいけないかなんて言ってくれる人は、これまで誰もいませんでした」

 ルーフェンは、笑みを深めた。

「……他人のことを本気で見て考えるなんて難しくて、少なくとも、俺にはできません。それなのに、俺が隠していたもの、俺自身ですら見えていなかったもの、分かっていなかったもの……そういうものに気づけるオーラントさんは、本当にすごい」

「…………」

「貴方の言う通り、色々と考えるより前に、もっとちゃんと、リオット族に向き合ってみます。俺は本音で話すのが苦手だから、オーラントさんみたいに出来るか分からないけど……。小手先でどうにかしようとするんじゃなくて、俺の言っていることが本気だって、皆に信じてもらえるように……俺なりに、やってみます。要は、もっと情熱的にリオット族を口説けってことですよね」

 ルーフェンは、いたずらっぽくそれだけ言うと、とっとと寝る準備をして、先程置いた外套の枕の上に寝転んだ。
オーラントは、ぽかんとしたまま突っ立っていたが、ルーフェンが本格的に寝ようとしたところで、はっと我に返った。

「もしかして今、俺すごく褒められた!」

 感激した様子で、オーラントが言う。

「えっ、ちょっと最初の下りが意味不明すぎて、ぼーっとしてたんで、もう一回言ってください! もう一回!」

 ルーフェンは、煩わしそうに寝返りをうつと、オーラントのほうを見て、呆れたように言った。

「……ていうか、子供に褒められたくらいでそんなに浮かれるなんて、オーラントさん、案外ちょろいなぁ」

「は!?」

 オーラントは、瞬時に怒りで眉をつり上げると、ルーフェンが頭をのせている外套の枕を引っこ抜いた。

「いでっ」

 ごん、と鈍い音が響いて、ルーフェンの頭が石床に落ちる。
オーラントは、続けてルーフェンの顔面に引っこ抜いた外套を投げつけると、仁王立ちになって怒鳴った。

「おいこら! 俺の感動を返せ!」

「ってて……これくらいで、むきにならないで下さいよ。大人げないなぁ」

「うるせー! ほんと口の減らないクソガキだな!」

 オーラントは、仁王立ちのまま腕を組んで、ルーフェンを睨んでいた。
だが、ルーフェンがどこか楽しそうにしているのを見て、小さく息を吐くと、肩をすくめて言った。

「……まあ、俺はあんたのお守りを最優先しますけど、ここまで来たら成功を祈ってますから。せいぜい頑張ってくださいよ」

「……はい」

 ルーフェンは、打ち付けた側頭部を擦りながら、静かに言った。

「……安心してください。さっき、どう説得すればいいか分からないとは言いましたけど、今日、リオット族の人たちの目を見て、分かりあえる部分は多いと確信してたので、希望が全くないわけじゃないんです」

「目?」

 首をかしげたオーラントに、ルーフェンは頷いた。

「最後に俺が、ここから出たくないのかと問いかけたときの、あの冷たい目です。あれは、怒りにも悲しみにも似てるけど、本当は、深い諦めの目なんです。今を生き伸びるだけで精一杯で、どうしようもなくなって、先が見えなくなって……結局諦めるしかなくなったときの、絶望の目。……俺は、あの目をよく知ってる」

「…………」

 再び真剣な表情になったオーラントが何かを言う前に、ルーフェンは微笑んで、話題を変えた。

「疲れたから、もう寝ましょう。オーラントさんは年なんだから」

「……一言多いですよ」

 オーラントはそう言って、一度ため息をついた。
そして、ルーフェンが寝転んだ近くの岩壁に、寄りかかって目を閉じた。
横になってしまうと、深い眠りに落ちて、敵の気配に気づくのが遅くなってしまうからだ。

 ルーフェンは、そんなオーラントを見て、一瞬何か言おうと口を開いたが、結局何も言わずに、そのままオーラントに背を向けて目を閉じた。


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