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投稿日:2021年02月24日





 王都の選定が終わり、退去が命じられると、サミルは、同じく謁見の間から出てきた、シルヴィアの元へと向かった。
長廊下にて、一度ひざまずき、シルヴィアと向き合う。

 ルーフェンは、そんなサミルの姿を、少し離れたところから見つめていた。

「……謁見のお許しを頂いておりませんのに、ご無礼をお許しください」

「…………」

 振り返ったシルヴィアは、何も答えない。
サミルは、シルヴィアの白い顔を伺いながら、問うた。

「……シルヴィア様は、このままシュベルテに残られるのですか?」

 すっと目を細めて、シルヴィアがサミルを見る。
薄い笑みを浮かべると、シルヴィアは、静かに答えた。

「それ以外に、どうしろと? ルーフェン共々、アーベリトにいらっしゃい、とでも言うつもり? 」

「はい、そうです」

 即座に答えて、サミルが頷く。
シルヴィアは、ふっと表情を消したが、やがて、くすくすと笑いだした。

「なあに? 私を哀れんでいるの?」

「…………」

 サミルの顔が、悲しそうに歪む。
シルヴィアは、微かに声を低くした。

「貴方、とても残酷ね……。渇いて、枯れ果ててしまった人間には、一滴の水もやらない方が、よほど幸せなのよ」

 シルヴィアが、ルーフェンをちらりと見る。
表情を固くしたルーフェンに、シルヴィアは、美麗に微笑んで見せた。

「さようなら、ルーフェン」

 それだけ言うと、シルヴィアは、身を翻した。

 長い銀髪が、シルヴィアの歩調に合わせて、ゆらゆらと揺れる。
その後ろ姿に、再び声をかけようとしたサミルを止めると、ルーフェンは、首を横に振った。

「……無駄だと思います。それに、シルヴィアをアーベリトに招いたら、またいつ俺達のことを殺そうとするか、分かりません。……危険です」

 冷たい口調で言うと、サミルが、そうですね、と沈んだ声で呟く。
ルーフェンは、むっとして、サミルに顔を近づけた。

「サミルさん、少し、お人好しすぎるんじゃありませんか。シルヴィアは、アランさんを殺したんですよ」

 サミルは、弱々しく息を吐いた。

「それは、そうなのですが……」

 困った様子で口ごもりながら、サミルが俯く。
その姿からは、先程謁見の間で見せた気迫は、一切感じられない。

 ルーフェンは、はあっと嘆息した。

「……なんか、サミルさんって、意外と無茶苦茶なんですね。すごく驚いたんですよ。いきなり王宮に突撃してくるし、まるでいつもと別人みたいに強気だし……。王太妃が、サミルさんを斬り捨てろって言い出したらどうしようかと、ひやひやしてたんですから……」

 そう言って、額を押さえたルーフェンに、サミルは苦笑を漏らした。

「いやはや、私も本当は、終始ひやひやしていたのです。うまく行く確証なんて、全くありませんでしたし、ここ最近で、一番汗をかいた気がしますよ」

 どこか照れ臭そうに笑って、サミルは続けた。

「それでもね、黙って見ているだけでは、いけないと思ったのです。いつだって私は、見ているばかりでしたから……。色々、私なりに考えまして、それで、考え付いたのです。召喚師様が、アーベリトを好きだと仰って下さるなら、もういっそ、アーベリトを王都にしましょう、と」

 まるで、楽しい遊びでも思い付いた子供のような無邪気さで、サミルが言う。
ルーフェンは、思わず拍子抜けして、ぱちぱちと瞬いた。

 サミルの無謀さに、少し怒っていたくらいなのだが、もう、そんな気も失せてしまった。
優しい微笑みと言葉で、相手の毒気をあっさりと抜いてしまうのも、サミルの才能なのかもしれない。

 シュベルテやハーフェルンと協力しながらとはいえ、アーベリトのような小さな街が、王都として国を支えるなんて、簡単なことではない。
きっとこれから、沢山の困難に見舞われることになるだろう。
しかもサミルは、いずれ王位を、シュベルテに返還することを約束したのだ。
全くもって、アーベリトには何の得もない話である。

 それなのに、サミルは来てくれた。
ルーフェンのことを考えて、王宮に駆けつけてきてくれたのだ。
そう思うと、本当は、とても嬉しかった。

 ルーフェンは、呆れ半分、嬉しさ半分といった様子で、肩をすくめた。

「それにしても、サミルさん、あんな迫力ある物言いも、出来たんですね。アーベリトの医療魔術が、いかに高等かを力説しながら、マルカン侯やアルヴァン侯を次々と丸め込んでいく様は、見ていて気分爽快でした」

 冗談混じりに言うと、サミルも、面白そうに表情を緩めた。

「ああ、あれは、オーラントさんのお陰もあるのですよ。オーラントさんは、任務でサーフェリア中を巡ってらっしゃったみたいですから、色んな街の内情をご存知だったんです。ですから、お願いしたんです。ハーフェルンやセントランスの弱味を教えてください、って」

 周りに人がいないか確認して、サミルが、こそっと呟く。
そんな悪どい内容を、サミルとオーラントが話している様を想像して、ルーフェンは思わず吹き出した。

「オーラントさん、よく教えてくれましたね。ハーフェルンとセントランスに喧嘩を売るなんて、やめろって言いそうなのに」

 サミルは、可笑しげに目を細めた。

「止められはしませんでしたが、『案外お前たちは、似た者同士なのかもな』と呆れられました」

「俺は、サミルさんほど無謀じゃないです」

「そうですか? 決闘に出ますって召喚師様が言い出したとき、私も結構、焦ったのですが」

 言ってから、ふと懐かしそうに目を伏せると、サミルは続けた。

「でも、そうですね……。召喚師様は、私というよりも、やはり兄に似ていますよ。今日、改めてそう感じました」

 しみじみと言うサミルに、ルーフェンは、尋ねた。

「アランさんは……父は、どんな人でしたか?」

 サミルは、少し寂しげに笑った。

「医師としては、尊敬できる人でしたが、兄としては、結構手のかかる人でしたよ。世間からは、神童だの天才だのと言われていましたが、子供っぽい所もありました。ちょっと目を話すと、寝食も忘れて研究に没頭してしまうし、医師の癖に、自分の健康は全く気にしない。……でも、正義感は人一倍強くて、優しい人でしたよ」

「…………」

 ルーフェンは、何も答えなかった。
長い間黙って、窓を見ていたが、やがて、にやりと笑うと、言った。

「天才だって騒がれているところは、本当にそっくりみたいですね」

 サミルは、首をかしげた。

「さあ、どうでしょう。そうやってすぐ調子に乗るところは、似てるかもしれませんが」

 サミルの返しに、ルーフェンは、挑発的に眉をあげた。
サミルも、負けじとルーフェンを見つめていたが、最終的に、二人はぷっと吹き出すと、しばらく笑い合った。

「もうすぐ、笑う暇もないくらい、忙しくなっちゃいますね。国王陛下」

 ルーフェンが、からかうような調子で言うと、サミルは、困ったような顔になった。

「その呼び方は、どうにも慣れなさそうですね……」

「なに言ってるんですか。もうサミルさんはサーフェリアの国王なんだから、もっと偉そうにしないと」

 寒さで曇った窓を拭きながら、ルーフェンは苦笑した。

 窓から見える、広大な王宮の庭園では、木々に積もる残雪が、夕陽に照らされてきらきらと光っている。
その枝についた小さく固い蕾が、残雪から覗いているのを、ルーフェンは、長い間じっと見つめていた。


  *  *  *


 サーフェリア歴、一四七七年。
新たな王都がアーベリトとなる、その十一年前。



「旦那、こいつ、こいつですよぉ。海から流れ着いてきたっつう、獣人の女! すごいでしょ、獣人を出品するなんて、絶対にうちが初めてです!」

 奴隷商の男は、下卑げびた笑いを浮かべながら、足枷の鎖を強引に引っ張った。
死体のように無抵抗で、あっさりと引きずり出された女の目に、もう光はない。

 その女の下腹部が、知らぬ内に膨れていることに気づくと、奴隷商は笑みを消して、うげっと顔を歪めた。

「あっ、こいつ、身籠ってやがる! おい、雄雌分けずに独房に突っ込んだやつ誰だ!?」

 憤慨する奴隷商をよそに、先程、旦那、と呼ばれた男が、値踏みするように女を見た。
そして、女の赤褐色の髪をひっ掴むと、ゆらゆらと頭を揺らして、その意思のない顔を覗き込んだ。

「……これ、本当に生きてるのか? ぴくりともしねえじゃねえか」

 奴隷商は、慌てたように言った。

「ええ、生きてますとも! ちゃんと呼吸してるでしょ? 獣人なんで、枷を壊されちゃ困ると思って、脚は折っておきましたが、それ以外は、一切傷つけてませんよ」

「ふーん……」

 興味がなさそうに返事をして、男が目を細める。
布切れ同然の服をめくり、女の背中にある奴隷印を確認してから、獣人特有の耳や尾、そして顔や手足を点検していく。
最初は、鋭い爪牙や、毛深い足先を興味ありげに眺めていたが、やがて、大きく息を吐くと、呆れたように首を振った。

「……犬か、狼かなんかの獣人か? 特別外見が良いわけでもないし、太股の皮膚部分に変な刺青が入ってる。おまけに、全くの無反応ときた。気色悪いっていうんで、見世物くらいにはなるかもしれんが、そう高い値はつかんだろ」

「ぇえ!? そんなぁ……」

 落胆の声をあげて、奴隷商が、不満げに眉を寄せる。
男は、面倒臭そうに答えた。

「まあ、反応を返すようになったら、もうちょい価値は上がるかもな。それか、腹の子を産ませて、そいつの方に期待するこった。その刺青は、消せそうもないしな」

 それだけ言って、飛び交う蝿を払いながら、男が独房から出ていく。
奴隷商は、納得がいかないといった顔つきで、女をみて舌打ちした。

 そして、その太股に入った、赤い木の葉模様の刺青を蹴り飛ばすと、腹立たしげに独房を後にしたのだった。



To be continued....

〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【完】
後編へ続く!



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