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投稿日:2021年02月24日






「ええい! こんな言い争いをしていても、話などまとまらぬわ! 王太妃様、ここは、古くからの慣例に習い、戦にて雌雄を決しましょうぞ! マルカン侯は、軍事が全てではないと申しておりましたが、国を守る力があってこその王都ではありませんか! 他の街の力を借りねば、自衛もできないような街に、王都は相応しくありません! 敵を打ち破る力があってこそです!」

 ぎらついた瞳でクラークとサミルを見つめ、バスカが提案する。
バジレットが、否定の意を表す前に、バスカは続けた。

「ご心配ありません。これは、厳正な決闘です! 我がセントランス、ハーフェルン、アーベリト、それぞれから腕の立つ者を、領主が一人選出し、その者を争わせ、勝った街が、次の王都となるのです。そうすれば、犠牲も最小限と留めることができます!」

「…………」

 慌てて反論を考えているであろう、面々を見渡して、バスカがほくそ笑んだ。

 死者を多く出してしまう戦を進言すれば、過激な思想を嫌うバジレットが、反対することは分かっていた。
だが、一対一の決闘となれば、死者は多くてもたったの三人。
この方法は、実際に古くからの存在している選定方法の一つであるし、バスカの発言は、決して的を外しているものではない。

 少し逡巡して、クラークは、鼻で笑った。

「決闘とは、なんと野蛮な……。強者が絶対などという考えは、獣がすることですぞ。沸点の低いセントランスの者共の常識を、我がハーフェルンにまで押し付けないで頂きたい」

 バスカは、ふんぞり返った。

「はっ、勝てぬ見込みがないからと言って、負け惜しみを言うでない! 野蛮だと? では、仮にハーフェルンが王都になったとして、大勢の敵が攻めてきたらどうするつもりなのだ! シュベルテに泣きついて、助けを求めるか? そのシュベルテにも、敵が攻め入っていたらどうする? ハーフェルンは、その野蛮の力とやらを持っていなかったばかりに、呆気なく滅ぼされることになるぞ!」

 怒鳴り散らすバスカに、クラークがぐっと黙りこむ。
サミルは、なだめるように言った。

「アルヴァン侯、貴殿の仰ることは尤もです。故に、協力体制をとりましょうと、私は申し上げているのです。貴殿の言う軍事力は勿論、国を治めるには、様々な力が必要です。だからこそ、それぞれの街が持つ長所を生かし──」

「聖人君子を気取るでない! レーシアス伯、貴様こそ、腹の底で一体何を企んでおるのだ! 大体、協力体制をとるというだけなら、アーベリトが王都になる必要はないだろう! 結局、他の街を利用して、王都の権力を得たいだけではないのか?」

 サミルは、疲れた様子で首を振った。

「私は、権力を得たいなどと考えてはおりません。先程も申し上げました通り、アーベリトが、王都に向いているとも思いません。……ただ、アーベリトが一時的に王位を預かるのが、一番穏便だと考えたまでです。ですから、何もなく事が済むのであれば、セントランスが王都になっても構わないのですよ。……周囲が認めた上での、決定ならば」

 横目でクラークを見て、サミルが言う。
クラークは、忌々しそうに顔を歪めると、吐き捨てるように言った。

「セントランスが王都になることだけは、絶対に認めませんぞ。あのような戦好きの街を王都にしてしまえば、侵略行為を繰り返し、国を疲弊させていくのが目に見えています」

「なんだと!? 脆弱な国造りしかできぬハーフェルンなんぞに言われたくはない!」

 食って掛かるバスカを制して、今度は、バジレットが口を挟んだ。

「……レーシアス伯、先程、一時的に王位を預かる、と申したな。あれはどういう意味だ」

 クラークとバスカの視線が、サミルに向く。
サミルは、待っていたとばかりに表情を緩めると、すっと息を吸った。

「言葉通りでございます。シュベルテは、約五百年もの間、王都としてこのサーフェリアを支えて下さいました。その誇りは、今後も捨てずにいてほしいのです」

 バジレットの眉が、微かに動く。
サミルは、はっきりとした口調で続けた。

「……恐れながら、ハーフェルンが王都になることを、アルヴァン侯はお認めになりませんし、また、セントランスが王都になることは、マルカン侯がお認めにならないでしょう。私も、正直なところ、シュベルテが王都のままであったのならと、願わずにはいられません。ですから、もしアーベリトに、王位を預けて下されば、お約束致します。いずれ再び、シュベルテが王都となれる日が来たときに、アーベリトは、その王位をシュベルテに返還する、と」

 ざわ、と広間が揺れる。
王位をシュベルテに返還する、それはつまり、アーベリトは本当に王位を独占する欲などないのだ、という意思表示だ。

 無表情の奥で、わずかにバジレットの心が動いたのを感じると、慌ててバスカが口を出した。

「何を勝手なことを……! そのような言い分、信用できるわけがなかろう!」

 サミルは、静かに返事をした。

「信じるか、信じないかは貴殿の自由ですが、私の言葉に、嘘偽はありません。シュベルテの内情が安定し、王都として復帰できるまで、アーベリトが王都の権限を預かる。それが、今のサーフェリアにとって最善と思いましたので、私はこの場に参加させて頂いたまででございます」

「……っ」

 サミルの冷静な言い方に、腹を立てたのだろう。
バスカは、勢いよく椅子の肘置きを叩いて、立ち上がった。

「王太妃様! 先程の、決闘に関するお返事を頂いておりませぬ! 認めて下さるのか、下さらないのか、お答えを頂戴したく存じます……!」

 荒く呼吸しながら、バスカがバジレットに詰め寄る。
認めないと言うなら、相応の理由も寄越せ、と言わんばかりの、勢いのある声。
一方でバスカは、そんな理由など出ないだろうと、まだ余裕を持っているようにも見えた。

 何を考えているのか、望洋とした瞳で、バジレットは口を閉じている。
ルーフェンはしばらく、黙ってバジレットの顔を見つめていたが、やがて、彼女の横顔に疲れが滲んでいるのを見ると、ふと、立ち上がった。

「……アルヴァン侯、その決闘とやらは、貴殿方領主がそれぞれ選出した一人を戦わせて、勝敗を決するのですよね?」

「……ええ、その通りです!」

 いきなりルーフェンが出てきたことに、戸惑いつつも、バスカが頷く。
ルーフェンは、ふうと息を吐いた。

「……分かりました。では、アーベリトからは、私が出ます」

 瞬間、全員が凍りついた。
あんぐりと口を開けて、呆然としていたバスカは、はっと我に返ると、大きな声で反論した。

「何を仰るのですか! 召喚師様は、アーベリトの人間ではないでしょう!? そんなの認められませぬ!」

 ルーフェンは、ひょいと眉をあげた。

「そんな決まりは聞いていませんが。領主が選出した一人を戦わせる、というお話でしょう? ……ですから、レーシアス伯。私を選んでください」

 サミルが、はっと顔を上げる。
ルーフェンは、サミルに向き直ると、強気な笑みを浮かべた。

「俺を、選ぶって言ってください。サミルさん」

「…………」

 少し困ったように俯いて、サミルが沈黙する。
しかし、すぐに頷くと、サミルは、力強く言った。

「貴方様がそう望んで下さるならば、是非、ルーフェン様に。アーベリトは、いつでも貴方様を、お迎えします」

 深く頷き返すと、ルーフェンは、バスカに言った。

「……と、言うわけなので、決闘をなさるならば、アーベリトからは私が出ますね」

 絶句した様子で、バスカがルーフェンを見つめる。
納得が行かないといったように、拳を握りしめると、バスカは、サミルを指差した。

「召喚師様は、何故レーシアス伯に肩入れなさるのですか! 不公平ではありませんか!?」

 ルーフェンは、サミルの元まで歩いていくと、なに食わぬ顔で答えた。

「不公平もなにも、私は、この中で王都にするならば、アーベリトが一番良いだろうと思っただけです。アーベリトが、王都として相応しいかと問われれば、是とは答えにくい。ですが、先程のレーシアス伯の提案──協力体制をとり、それぞれが力を補いながら統治を行っていった上で、いずれ、シュベルテに王位を返還する……。その方法をとるならば、アーベリトが王都に向いているか、いないかという問題は、まあ、大したことではないでしょう。……何より、マルカン侯とアルヴァン侯は、ご自分の街のことばかり考えている。自分本意で醜い、罵詈雑言の浴びせ合いは、聞いていて疲れました」

 うっと言葉を詰まらせるバスカに、ルーフェンは言い募った。

「それに、レーシアス伯は、私の叔父です。先程、アルヴァン侯は『成り上がり分際で』と申されていましたが、サミル・レーシアスは、召喚師である私の父、アラン・レーシアスの弟です。成り上がりと侮辱されるほど、下の地位でもないと思いますが」

「お、おじ!?」

 すっ頓狂な声をあげると、バスカは、シルヴィアの方に振り返った。

「召喚師様のお父上がレーシアス家の者というのは、ほ、本当なのですか!?」

 シルヴィアは、俯いたまま、黙っていた。
だが、しばらくして、細くため息をつくと、ええ、と短く答えた。

 ルーフェンは、淡々とした口調で加えた。

「アーベリトの遺伝病の治療法がでたらめだ、などという言いがかりが出回ったせいで、私の父親に関する話は、世間から押し流されたようですが、私の父は、今は亡きアラン・レーシアスです」

 次いで、視線を動かして、ルーフェンは、矢継ぎ早に言った。

「それから、マルカン侯。二十年前のノーラデュースにおいて、リオット病の症状が戻った原因を突き止めようとしたのは、レーシアス伯ではなく、私です」

「え?」

 クラークが、目を見開いたまま固まる。
声を震わせながら、クラークは、恐る恐る尋ねた。

「え……え? 召喚師様は、リオット族をノーラデュースから出し、王都に引き入れただけ、では……?」

 ルーフェンは、故意に冷たい声で言った。

「わざわざ公表しませんでしたが、それをやったのも私ですし、それ以外の、リオット族に関することは、大体私がやりました。リオット病再発の原因を、未練がましく探ったのも、アーベリトの過去の栄光にすがって、汚名返上に躍起になったのも、全部、私です」

 クラークの顔が、みるみる青くなっていく。
自分が先程、何を口走ったかを思い出して、どんどん絶望していくクラークを見ながら、ルーフェンは、追い討ちをかけた。

「すみませんが、具体的な数値で、というのは、少し難しい事柄のようなのです。なにしろ、二十年も前のことですから。しかし、かつて一度は、アーベリトの治療法で、リオット病の症状が改善しているわけですし、今、力を貸してくれているリオット族たちにも治療を施して、その効果が発揮されれば、アーベリトの医療魔術の信憑性に、もう問題はありませんよね?」

「え、ええ……仰る通りです……」

 クラークが、弱々しい声で返事をする。
知らなかったこととはいえ、召喚師であるルーフェンの行動を、散々貶していただなんて、とてつもない失態を犯したと思った。

 ハーフェルンは、シュベルテが優位な交易を行う代わりに、シュベルテの魔導師団に守ってもらっている街だ。
その魔導師団の筆頭である召喚師一族の機嫌を損ねることは、ハーフェルンにとっては、死活問題なのである。

 悔しげに歯軋りしていたバスカが、再び口を開く。

「……召喚師様が、アーベリトを王都に望んでいることは、わかりました。ですが、先程貴方様は、決闘をするなら……と仰いましたよね。それはつまり、決闘を行うことを、お許しくださったということ! ならば、その決闘で勝った方が王都になるという選定方法に、異論はないのですね?」

「……ええ、ありませんが」

 微かに目を細めて、ルーフェンが返す。
何か秘策でもあるのかと警戒したルーフェンだったが、バスカが言い出したのは、苦し紛れの提案であった。

「でしたら、我らセントランスと決闘を! ただし、召喚術の使用はなさらないでください。厳正で公平な決闘にて、雌雄を決しましょう!」

 バスカの言い分に、ルーフェンは、思わず吹き出した。
くすくす笑って、息を吐き出すと、ルーフェンは言った。

「公平な、ですか。不公平だから、全力は出さずに戦おうというのでしたら、ハーフェルンの基準に合わせて、商人同士で戦いますか? もちろん、魔術も武器の所持も禁止で」

 瞠目して、バスカが息を飲む。
ルーフェンは、肩をすくめて見せた。

「アルヴァン侯は、決闘を行うことで、その街が王都になるに相応しい戦力を持っているのかどうか、見極めたいのだと思っていたのですが、違うのですか? いざ敵を討つとなれば、どうせ召喚師は引っ張り出されるでしょうし、その時は当然、召喚術を使います。それなのに、召喚術を使わずに決闘しよう、というのは、些か矛盾していませんか? 本気で決闘しないなら、実力なんて見られません。まあ、今後も召喚術を使わなくて良いと言うなら、どんな戦が勃発しようと、私は無視して帰りますが」

「…………」

 次は、どんな反論をしてくるだろうかと、ルーフェンがバスカの出方を伺っていると、どこからか、ぱちぱちと拍手の音が聞こえてきた。
悠然と笑って、手を叩いているのは、クラークである。

 ルーフェンが眉を潜めると、クラークは、打って変わった明るい声で、言った。

「素晴らしい! もう、認めざるを得ませんな。私は、少しアーベリトを見くびっていたようです。レーシアス伯の仰るような、協力体制なるものを敷くなら、我らハーフェルンは、ご協力致しましょう」

「…………」

 調子の良い手のひら返しに、内心呆れてしまう。
だが、ここでハーフェルンが味方についたのは、好都合であった。

 ハーフェルンにとって、最も重要なのは、王都になることではなく、召喚師一族と今後も友好的な関係でいることだ。
ルーフェンがアーベリト側にいる今、下手に反発して墓穴を掘るより、従属に徹した方が良いと判断したのだろう。

 だが、バスカは、へりくだりはしなかった。
わなわなと拳を震わせ、力任せに椅子を蹴ると、叫んだ。

「もう良い! セントランスは下りさせてもらう! 貴様らと協力なんぞしてたまるか!」

 そう吐き捨てて、バスカは、連れてきた家臣たちと共に、謁見の間を出ていく。
途端、バジレットの下手に座っていた政務次官、ガラドは、苛立たしげに舌打ちした。
彼はずっと、傍若無人なバスカの振る舞いに、腹を立てていたようだ。

 謁見の間が静かになると、バジレットは、ため息をついた。

「……マルカン侯。では、そなたも、王位争奪の場からは下りる、ということで良いのか?」

 クラークは、顎をさすりながら、首肯した。

「ええ。もう答えは出てしまったようですし。それに私は、領主であると共に、商人でもあります。アーベリトの医療魔術とやらに、俄然、興味が湧いてきてしまいました」

 鷹揚に微笑むクラークに、バジレットが、再度ため息をつく。
ガラドやモルティスの顔を見やり、それからサミルを見据えると、バジレットは述べた。

「……新たな王都の候補が、アーベリトだけになってしまったのだから、余からはもう何も言えぬ。元々、シュベルテ、ハーフェルン、アーベリトの間には、親交がある。疎遠になった間柄を回復させ、書面を以て正式に契約を結びたいというのなら、その条件を改めて伺おう。ひとまず期限は……我が孫、シャルシスが成人するまで──」

 バジレットは、一度目を閉じて、開くと、決心したように告げた。

「新たな王都として、アーベリトを認めよう……」


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