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投稿日:2025年12月31日






 次いで、ふと真剣な表情になると、トワリスが言い募った。

「……あと、今日、シルヴィア様にお会いして、色々と聞いてきました」

 虚をつかれたように、ルーフェンが瞠目する。
トワリスは、絶句したルーフェンの顔を、じっと見つめた。

「聞いたって……何を」

「色々です。アーベリトの件、シルヴィア様がやったんだって大っぴらに言えないのは、召喚術を使おうとする人が、他に出ないようにするためだ、ってこととか。……多分、ルーフェンさんが隠していたこと、全て」

 ルーフェンの瞳が、ふっと揺れる。
トワリスは、目を伏せると、静かに続けた。

「なんとなく、そういう理由じゃないかっていうのは、分かってたんです。……でも、いざ、本当にそうだったんだって思ったら……」

「…………」

「心底腹が立ったので、そんなことどうでもいいから皆に謝れって言って、シルヴィア様のことを殴ってしまいました」

 瞬間、ルーフェンが真顔になった。

「……え? 殴ったの? ……あれを?」

「す、すみません、ついカッとなって……。あ、でも、流石にこぶしじゃないです。てのひらです」

「てのひら」

 顔を歪めて俯くと、トワリスは、被っていた上着を、ぎゅっと手繰り寄せた。

「……だから、頭を冷やしてたんです。だって、こんなの……全然どうでも良くない。召喚術を使おうと考える人が、他にも出てくるってことは、サイさんみたいな人が増えるってことです。シュベルテや、アーベリトみたいに、一方的に襲われて、街一つ潰れてしまうようなことが、今後もあるってことです。……そんなの、絶対に許しちゃいけません」

 トワリスは、鼻をすすって、膝に顔を埋めた。

「私だって、アーベリトが襲われたとき、もし、召喚術が使えたなら、使っていたと思います。悪用する意図がなくたって、何かを守るために、自分でも強い力を使える可能性があると知ったら、きっと、手を伸ばす人は沢山いると思います。……だから、陛下やルーフェンさんの思いを踏みにじらないためにも、このことは、絶対に誰にも言いません。これ以上のことを探ったりしないし、なんなら忘れるつもりで、二度と関わろうとしません。……召喚術は、召喚師一族だけのものです」

「トワ……」

 トワリスは、ばっと顔をあげた。
泣いてはいなかったが、目の周りと鼻先が、真っ赤になっていた。

「……それでも、すごく、悔しかったんです」

 震える声で、トワリスは言った。

「ルーフェンさんが、アーベリトの人達に誤解されて、罵られるのは、どうしても嫌だったんです。召喚術がどうとか、国がどうとか、そんなこと、どうでもいいから……ルーフェンさんが守ってきた七年間を、否定しないでって、本当のことを、言ってやりたかったんです……」

「…………」

 それきり、トワリスは下を向いて、黙ってしまったが、それが有り難かった。
多分、話を続けていたら、ルーフェンは、ちゃんと声を出して返事をすることなど、出来なかっただろう。
唐突に沸き上がってきた熱は、時間をかけないと、飲み下せなかった。

 しばらくしてから、ルーフェンは、ぽつりと呟いた。

「……もう、いいよ」

 トワリスが、ルーフェンを見る。
ルーフェンも、トワリスを見ると、優しい笑みを向けた。

「君が、そう思ってくれてるんだったら、もう、それでいいよ」

 ずっと内側で燻っていたものが、すり抜けるように消えて、自然と出てきた言葉だった。



  窓の外が闇に覆われ、夜の帳が下りてくる様を眺めながら、二人は、とりとめのないことを、訥々とつとつと話していた。
雨でびしょ濡れだったトワリスの髪や衣服は、徐々に乾き始めていたが、彼女の手は、長く握っていても冷たいままだった。
夜が耽るにつれ、気温も冷えてくるだろうし、こんな場所に、濡れたままのトワリスを長居させてはいけないと思っていたが、お互いに、そろそろ戻ろうと言い出せないまま、時間が過ぎていった。

 不意に、トワリスが、握っていたのとは反対のルーフェンの手を見て、目を見開いた。
その視線に気づいて、ルーフェンも自身の左手の甲を見やると、そこには、皿の破片で切った傷があった。

「……それ、どうしたんですか?」

 笑って適当に誤魔化すと、トワリスは、眉を寄せて、ルーフェンの左手をぐいっと掴んだ。

「大したことないよ、血は止まってるし……」

 そう言って、ルーフェンは手を引こうとしたが、トワリスは、手を離さなかった。

「何言ってるんですか、侮っちゃ駄目ですよ。ちゃんと洗って、手当てしないと」

「……雨で?」

「その話、引きずるのやめてもらっていいですか」

 ルーフェンが笑うと、トワリスが、また肩の辺りをぶっ叩いてきた。
笑い止まないと、二発目が来るので、ルーフェンは口を閉じて堪えた。
トワリスの拳は、一発目は耐えられる痛みだが、二発目は重い。

 傷の深さを見ようと、トワリスが近づいてくると、湿った赤褐色の髪から、微かに洗髪剤の香りがした。
トワリスは、何か包帯代わりになるものがないかと、自分の懐を探っている。
普段はなかなかほころばない、トワリスの滑らかな頬に、はらはらと落ちた髪がかかっていくのを見たとき。
不意に、ずっと頭を巡っていた言葉が、口をついて出た。

「どこで、間違えたんだろうな……」

 トワリスが、はっと動きを止める。
ルーフェンは、目を伏せると、静かな声で言った。

「……最近、ずっと考えてるんだ。俺は、どこで間違ったのか。俺は、今まで、どう生きてくれば良かったのか……」

 表情を隠すように、トワリスの肩に、そっと額をつける。
その姿勢のまま、少し間を置いてから、トワリスは尋ねた。

「何か、後悔してるんですか?」

「……分かんない」

 ルーフェンは、か細い声で答えた。

「俺が間違わなければ、アーベリトは、なくならなかったかもしれない。……でも、俺の生き方なんて、ほとんど一本道だったんだ。色々抵抗してみたことはあるけど、七年前までは、連れられるまま王宮に来て、言われるまま召喚師になっただけ。それこそ、分かれ道だったのは、アーベリトを王都にするか、しないかの時だった。……あの時の選択を、俺は、間違いだったと思いたくない」

「…………」

 トワリスは、長い間、何も答えなかった。
何かを言おうとしては、口を閉じ、それを繰り返していたが、やがて、すっと息を吸うと、唇を開いた。

「……私は、後悔してないですよ」

 トワリスは、落ち着いた声で続けた。

「何が間違いだったとか、間違いじゃなかったとかは、誰にも判断できないと思います。……ただ、一つ確かなのは、私やハインツみたいに、ルーフェンさんがいて、アーベリトがあったからこそ、助かった人間もいるってことです。こんなことになってしまったので、アーベリトが王都になったせいで、不幸になった人がいることも否定できません。でも、アーベリトでの生活があったおかげで、死ぬはずだったところを、後悔なく生きて来られた人もいます。そういう、私やハインツみたいな人間は、いつでも、ルーフェンさんの味方として戦いますよ」

「…………」

 耳元で、息の震える音がした。
不意に、腕が伸びてきて、トワリスは、ルーフェンに抱き寄せられた。
びっくりして、思わず身体を硬直させる。
すると、すぐ隣から、ごめん、とくぐもった声が聞こえてきた。

 背中に回された腕には、ほとんど力は入ってなかった。
しかし、身を捩って、真横にあるルーフェンの顔を覗こうとすると、腕に力を込められて、動けないように、強く抱き締められてしまった。
おそらく、泣いているところを見られたくないのだろう。
そう思って、トワリスは、身動ぐのをやめて、しばらく前を見つめていた。

 気づくと、もう雨音は聞こえなかった。
目前の石壁で揺れる火影を見ながら、トワリスは、随分と長い間、そのままの姿勢でいた。
ルーフェンは、声をあげずに涙を流していたので、まだ泣いているのか、もう泣き止んでいるのか分からなかったが、トワリスのほうから、離れようとは思わなかった。
今のルーフェンは、周りの見えない、暗い水底にいる。
ここで離したら、この人はきっと、深い闇の中に、溶けて消えてしまうのだろうと思った。




 地下牢に囚われていた前召喚師、シルヴィア・シェイルハートの訃報ふほうをルーフェンが聞いたのは、その翌日の朝のことであった。
一日中、見張りの番兵がつき、自死も出来ぬはずの状況で、突然、枯れた花が落ちるように、牢の中で息を引き取ったのだという。
ルーフェンが、シルヴィアを殺すはずの、死刑執行日の前日のことであった。

 遺体に傷はなく、亡くなった直後は、さながら精巧な人形のようであったが、その後、彼女の身体は、止めていた時を一気に進めたかのように、老いさらばえた姿となった。
バジレットとルーフェンは、禁忌魔術を長期間行使したことによる死だろうと結論付けたが、真実は、誰にも分からなかった。

 


──サーフェリア歴、一四九五年。
この年は、激動の年であった。

 王都アーベリトと、軍事都市セントランスの没落により、サーフェリアの統治体制は、大きく変わった。
生き残ったアーベリトの人々は、シュベルテの政権下に入ることを拒否して、ヘンリ村の跡地へと移住した。
一時、解体状態にあった魔導師団は、シュベルテ外にいた地方の魔導師たちの助力もあり、復権。
その後、召喚師ルーフェン・シェイルハートの統制下に入った。
王宮仕えの宮廷魔導師団には、ジークハルト・バーンズを始めとし、少数精鋭の魔導師達が据えられた。
以降、魔導師団は、大司祭モルティス・リラード率いる騎士団と並び、国全体の忠義者として、サーフェリアの守護を担うこととなる。

 王権はシュベルテに戻り、王座には、先々代王の母である元王太妃バジレット・カーライルが座ることとなった。
戴冠式にて、再び樹立されたカーライル王家の治世を、人々は、それぞれの思いを胸に抱き、見つめていたのであった。



To be continued.....


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