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投稿日:2021年02月24日
その時だった。
ばたばたと慌ただしい足音が聞こえてきたかと思うと、扉を叩く音がして、一人の若い男が、執務室に入ってきた。
「失礼します! 召喚師様、クレバス氏がまたいらっしゃってます!」
妙に張り切った様子で敬礼した男、ロンダートは、アーベリトの自警団に所属する一人である。
ルーフェンが返事をする前に扉を開けるなんて、シュベルテの王宮では、無礼だと処罰されてもおかしくない行為だ。
しかし、アーベリトには、その辺りの礼儀というものを、よく分かっていない者が多いらしい。
ルーフェン自身は、妙に堅苦しくなくて良いと思うのだが、もしこれをルーフェン以外の要人相手にやらかしてしまったらと考えると、少し心配であった。
ルーフェンは、首を左右に振った。
「クレバス氏って、あの画家でしょ? 忙しいから、帰ってもらって」
「えっ! もう連れてきちゃったんですが……」
がくっと項垂れたルーフェンに、ロンダートが首をすくめる。
顔をあげれば、確かに、扉のすぐ近くに、傴僂の男──オルタ・クレバスが立っていた。
「お、お忙しいところ、申し訳ありません。召喚師様……」
恭しく頭を下げて、オルタが礼をする。
ルーフェンは、仕方なく腰をあげると、オルタの前に歩いていった。
このオルタ・クレバスという男は、一部では名の知れた画家であった。
元々はシュベルテのほうに住んでいたようなのだが、王都がアーベリトに移ったのと同時に、わざわざこちらに引っ越してきたのだと言う。
そして、このように度々ルーフェンを訪ねてきては、「宮廷画家にしてほしい」と懇願してくるのだった。
最初は、芸術家を雇う金も余裕もない、と断っていたのだが、オルタの望みは、金や地位ではなく、召喚師の下で絵を描くことのようだった。
見返りがいらないというなら、雇っても良いところだが、それ以前にルーフェンは、この男の絵が好きではなかった。
オルタは、『残酷絵』という、人間の死体や殺戮現場などを描く画家なのである。
執拗なほどに、鮮やかに描かれた血液。
死を突きつけられた人間の、苦悶の相貌。
痛々しく肢体に刻まれた傷に、死体が並ぶ酷い戦場など。
それらを、質感すら感じられるほど、写実的に描いて見せるオルタの技量には、やはり目を見張るものがあるのだろう。
実際、彼の絵を好む者も多くいる。
しかし、やはりルーフェンには、彼の絵は悪趣味だとしか思えなかった。
オルタが、ルーフェンの下で絵を描きたいと言うのも、以前素描で訪れた、召喚師一族が手を下した戦場が、今まで見てきた中で最も凄惨かつ甘美で感動したためらしい。
それを知ってからは、余計に嫌悪感が拭えなくなった。
オルタを雇ったとして、ルーフェンが戦場に出る度に、その光景を描かれてはたまったものではない。
一部の特殊な趣味を持つ者達を否定する気はないが、関わりたいとは全く思えなかった。
ルーフェンは、ため息をついた。
「クレバスさん、帰ってください。何度来ても、こちらは貴方を雇うつもりはないし、シュベルテに戻った方が、仕事も見つかると思いますよ」
冷たい声で言ったが、オルタは、無遠慮にルーフェンの腕を掴んできた。
「そ、そんなこと仰らずに、ご一考頂けませんか? こっ、このアーベリトほど、私にとって理想の仕事場はないのです。この街からは、死の臭いがします……! それに、私は召喚師様の元で──」
嫌そうに腕を振り払うと、ルーフェンは、オルタを睨んだ。
悪意はなさそうだが、この異様なしつこさが続くようなら、力ずくで追い出しても良い。
ルーフェンは、頭一つ分ほど低いオルタを見下ろして、言った。
「悪いけど、貴方の感性は理解できないし、理解しようとも思わない。帰らないなら、追い出しますよ」
「ちょっ、ちょっとお待ちください!」
オルタが、慌てた様子で荷物を漁り、キャンバスを取り出そうとする。
おそらく、描いてきた絵を見せようというのだろう。
ルーフェンは嘆息すると、絵を見ることなく、ロンダートに合図した。
「もう来ないで下さい。正直、貴方の絵は好きじゃない」
きっぱりと言って、背を向ける。
ロンダートは、少し戸惑ったように眉を下げたが、ルーフェンが早くしろと目配せすると、オルタの腕を掴み、無理矢理彼を部屋の外へと連れ出していった。
「オルタ・クレバス……名前だけなら聞いたことがあるが。召喚師様にご執心のようじゃの」
やりとりを眺めていたダナが、おかしそうに口を開く。
ルーフェンは、疲れた様子で答えた。
「ここのところ、毎日来てるんですよ。死体を好んで描くなんて、俺には分かりませんし、なんとなくあの人は嫌な感じがする。全く、こっちは忙しいってのに……」
ぶつぶつとこぼしながら、再び執務に集中しようと、机に戻る。
しかし、またしても足音が響いてきたかと思うと、今度は何の断りもなく、ばんっと部屋の扉が開いた。
「召喚師様ぁー! 助けてください!」
体格の良い男が、扉を蹴破るようにして、部屋に転がり込んでくる。
突然の出来事に、ルーフェンが呆気にとられていると、代わりにダナが返事をした。
「ん? ラッカじゃないか。どうした、そんなに慌てて」
「ダナ先生! いや、大変なんすよ! とにかく、召喚師様! 今すぐ来てください!」
強引に詰め寄られて、思わず身を引く。
ラッカと呼ばれたこの大男は、作業着と腹かけを身に付けている辺りからして、どうやら自警団の一員ではない。
自警団員ならともかく、一般の町民がずかずか入ってこられる屋敷の警備も、どうにかしなければ、と考えながら、ルーフェンはやれやれといった風に尋ねた。
「今度はなんですか……」
用件を言え、と目で訴える。
ラッカは、説明する間も惜しいといった様子で、足踏みしながら答えた。
「西の区画に、建設中の屋敷があるんですけど、ついさっき仕事に出たら、骨組みごとぶっ倒れてたんですよぅ! ほら、昨日風が強かったでしょう? それで煽られたんじゃないかと思うんですが……」
ルーフェンは、打って変わって、顔を強張らせた。
「被害は? 人が巻き込まれたんですか?」
「あっ、いえ」
緊張した面持ちのルーフェンに、ラッカはあっさりと否定した。
「倒れたのは夜中だったみたいなんで、怪我人はいません。でも、このままじゃ作業できないし、俺の仕事道具も、瓦礫の中に埋もれちまってるんですよ!」
身ぶり手振りもつけて、力説するラッカ。
ルーフェンは、露骨に息を吐いた。
「……一刻を争う訳じゃないなら、自分達でどうにかしてください。ああ、確か、南区の施療院に何人かリオット族がいますよね。だったら、彼らに協力してもらって──」
「えーっ! お願いしますよ、召喚師様! 召喚師様なら、なんかこう、すっごい魔術で瓦礫とかぱぱーっと片付けられるでしょう?」
「…………」
このラッカという男は、召喚師を神か何かだと思っているのだろうか。
瓦礫を器用に片付けるなんて、そんな便利な魔術はない。
ルーフェンは、しばらくの間、不満げに頬杖をついていた。
だが、ラッカがあまりにもきらきらとした眼差しで見つめてくるので、渋々立ち上がると、上着を羽織った。
「……ダナさん、ちょっと出てきます」
「ほほほ、お気をつけて」
どこか微笑ましそうに頷いて、ダナが手を振る。
ルーフェンは、一度腰を伸ばすと、ラッカについて部屋を出たのだった。
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