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投稿日:2021年02月24日
ラッカの案内で、西区の一角にたどり着くと、まだ立ち上っている土埃の奥で、屋敷の骨組みが倒壊していた。
ひしゃげて折れた木柱が、所々に突き出し、風に晒されている。
その周りでは、ラッカの仕事仲間であろう数人の大工たちが、途方にくれた様子で、煙草を吹かしていた。
「おーい! 召喚師様、呼んできたぞー!」
ラッカの呼掛けに、大工たちが、はっと顔をあげる。
彼らは、血相を変えて走り寄ってくると、ルーフェンを取り囲んだ。
「うわっ、すげえ! 本物だ!」
「馬鹿っお前、本当に召喚師様連れてきたのか!?」
大工の一人が、怒った様子でラッカの頭を叩く。
ラッカは、むっと眉を寄せると、大声で言い返した。
「はあ? お前が最初に、召喚師様を見てみたいって言ったんだろ!」
「だからって、本当に召喚師様を呼びつける奴があるか!」
「いやぁ、まさか来て下さるとは……」
「っていうか、サミル先生の屋敷って、しばらく気軽に入るのやめろって、触れが出てなかったっけ?」
口々に言い合いながら、大工たちは、まじまじとルーフェンを見つめている。
やがて、その騒ぎを聞き付けたのか、全く関係のない町民たちまで集まってきて、ちょっとした人だかりが出来始めた。
ルーフェンは、しばらく呆然と騒ぐ人々を見ていたが、その内、くすくすと笑い出すと、尋ねた。
「……もしかして、俺を見たくて呼んだんですか?」
その言葉に、大工たちが凍りつく。
ラッカは、焦った様子で大工の一人を指差すと、早口で捲し立てた。
「こいつが言い出したんですよ! こいつが、屋敷が倒壊したから助けてって言ったら、召喚師様来てくれないかなぁって。そうしたら、他の奴らも、召喚師様見てみたいって騒ぎ出すから、仕方なく俺が──」
「見たいとは言ったが、呼んでこいなんて一言も言ってねえだろ! お前が一番興奮してたくせに!」
「すみません、召喚師様。こいつら、アーベリトが王都に選ばれて、浮かれてるんですよ」
「そういうお前も、召喚師様を見たいって言ってただろ!」
再び始まった汗臭い取っ組み合いに、ますます笑いが止まらなくなる。
やはり、アーベリトの人々と話していると、自然と穏やかな気持ちになれる。
先程まで、大した用事もなく呼びつけられるなんて、と不服に思っていたが、今はもう、そんな気持ちはどこかに行ってしまった。
ルーフェンは、一頻り笑うと、倒壊した屋敷の方を見た。
「それで、俺はどうすればいいですか? 言っておきますけど、魔術で骨組みを組み立てろって言うのは、無理ですよ」
苦笑して言うと、大工たちは、互いに顔を見合わせてから、申し訳なさそうに答えた。
「……ああ、えっと……。じゃあ、瓦礫だけどかして頂くことって、できますかね?」
「こんなことで呼びつけてしまって、本当に恐縮なんですが……」
たくましい体躯に似合わぬ、遠慮がちな声で言って、大工たちが頭を下げてくる。
ルーフェンは、柔らかく笑うと、崩れた瓦礫の山に向き直って、小声で詠唱した。
「……風よ、猛き風、茫漠たる風よ……」
一瞬、屋敷の残骸を中心に風が巻き起こって、ふわりと髪がはためく。
同時に、瓦礫がゆっくりと浮いて、半転したかと思うと、後方の地面に着地した。
声もなく見守っていた者達が、わぁっと声をあげる。
自分よりも重量のある物体を浮遊させるというのは、それなりに難しい魔術であったが、以前ルーフェンは、リオット族たちが棲んでいた奈落の底──ノーラデュースで、落盤してきた岩石すら魔術で支えたのだ。
倒壊した屋敷の残骸など浮かすぐらい、造作もなかった。
拍手している大工たちの方に振り返ると、ルーフェンは苦笑した。
「こういう魔術は、リオット族が得意ですから、次は彼らを呼んでくださいね」
何度もお礼を言いながら、大工たちが頷く。
そうして、ルーフェンがその場から立ち去ろうとした時。
ふと、大工の一人が、声をあげた。
「──あっ、おい! 子供が倒れてるぞ!」
楽しげな雰囲気が一転。
騒然とした空気に変わって、人々が顔を強張らせる。
怪我人はいないと思われていたが、よく見ると、ルーフェンが退けた瓦礫の下に、子供が倒れこんでいたのだ。
慌てて駆け寄ると、倒れていたのは、痩せこけた小さな子供だった。
運良く瓦礫の隙間に入っていたのか、幸い、大きな怪我は負っていない。
しかし、頭から爪先まで土埃まみれで、身体の至るところに、かすり傷がついている。
また、その赤褐色の短髪はぼさぼさで、手足には、縛られたような縄目がくっきりと跡に残っていた。
「……こりゃあ、乞食のガキか何かでしょう。よくあるんですよ。身寄りのない子供が、廃屋とか建設途中の建物に入り込んで、雨風しのいでるんです。昨日、天気が悪かったから、ここに忍び込んで、倒壊に巻き込まれちまったのかも」
苦々しい顔つきで、ラッカが言う。
ルーフェンは、子供を覗きこんで、その枝きれのような腕に触れた。
「……君、大丈夫?」
ゆさゆさと軽く揺らしてみるも、子供は反応しない。
その時、髪の毛の隙間から子供の耳が見えて、ルーフェンはぎょっとした。
その耳は、人間と同じ位置にあるものの、まるで犬か狼の耳のような形をしていたからだ。
「獣、人……?」
信じられない、という思いで、ぽつりと呟く。
噂をすれば、とは言うが、つい先程、獣人奴隷の話題に触れたばかりの状況で、まさか本物を目の当たりにすることになるとは思わなかった。
同じく驚愕の表情を浮かべたラッカと、しばらく唖然としていると、不意に、ぴくりと子供の手が動いた。
瞬間、ぱっと子供が目を見開いて、ルーフェンを凝視する。
思わずたじろいだルーフェンが、何かを言う前に、子供は素早く起き上がると、突然、矢のごとく走り出した。
「えっ、ちょっ、ちょっと待って──!」
慌てて身を翻し、ルーフェンも走り出す。
ただの乞食ならともかく、もし本当にあの子供が獣人なら、このまま見逃すわけにはいかない。
驚く大工たちを置いて、ルーフェンは、全速力で子供を追いかけた。
しかし、あの細くて小さな身体の、どこにそんな力があるのかと思うほど、子供の足は速かった。
(まずい、全然追い付けない……!)
子供は、まるで猿のような身軽さで跳び上がると、近くの民家の屋根に登った。
このまま屋根を越えて、反対側の通りに渡られては、子供の姿を見失ってしまう。
魔術を使うか、とルーフェンが構えた時だった。
足を踏み外したのか、子供の身体が傾いて、屋根の上を転がっていく。
ルーフェンは、弾かれたように顔をあげると、地面を強く蹴って、手を伸ばした。
そして、落ちてきた子供を間一髪で抱え込むと、身をねじって、子供を庇うように背中から地面に着地した。
「────っ!」
舞い上がった土煙に咳き込みながら、腕の中の子供を見る。
子供は、ルーフェンを見て瞠目すると、なんとかその腕から抜け出そうと、身体を仰け反らせた。
「っ、大人しくして、何もしないよ……!」
そう言いながら、何とか子供を押さえ込む。
子供とは思えない強い力で暴れられて、ルーフェンも、逃げられないようにするのが精一杯だった。
やがて、追い付いてきた大工たちを見て、ルーフェンは叫んだ。
「皆っ、耳、塞いで、しゃがんでて!」
困惑した様子で、大工たちが、とりあえず耳を覆って屈む。
ルーフェンは、身体を反転させて、子供を地面に縫い止めると、唱えた。
「──汝、獲得と地位を司る地獄の侯爵よ!従順として求めに応じ、可視の姿となれ。フォルネウス……!」
刹那、地面が波打って、水中から飛び出すように、巨大な銀鮫──フォルネウスが姿を現した。
フォルネウスは、宙を滑空しながら、独特の抑揚がある低音を発する。
すると、子供がびくりと背を反らせて、硬直した。
ややあって、脱力した子供が、寝息を立て始めたことを確認すると、ルーフェンは、はぁっと安堵の息を吐いた。
「な、何したんです……?」
警戒したように、上空を泳ぐフォルネウスを見ながら、大工たちが立ち上がる。
ルーフェンは、フォルネウスを消すと、ぱんぱんと服の汚れを払った。
「少し眠らせただけです。このまま暴れられちゃ、連れていけないので……」
そう言って、眠っている子供に視線を落とす。
犬や狼のような耳に、人間離れした動き。
今朝読んだ、獣人奴隷に関する報告書を思い出しながら、ルーフェンは眉を寄せた。
報告書にあった獣人については、成人女性と書いてあったから、きっとこの子供のことではない。
だが、特徴を見る限り、この子供が獣人であることは間違いない。
とすると、サーフェリアには、複数の獣人が渡ってきていたのだろうか。
(……全く、とんでもないもの見つけたな)
ルーフェンは、やれやれと肩を落とした。
詳しいことはまだ分からないが、獣人という存在が、サーフェリアにとって脅威であることに変わりはない。
召喚師として、放置しておいて良い問題ではないだろう。
ルーフェンは、ぐったりと眠っている子供の背に腕を差し入れると、そのまま抱きかかえた。
驚くほど軽いその子供は、よく見れば、少女らしい顔立ちをしていた。
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