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投稿日:2025年12月31日







 イヨルドを取り巻く、荒立った空気が収まってくると、シャルシスは静かに尋ねた。

「……ちなみにそれは、そなたの意見か? それとも、ウェーリン全体の意見なのか?」

「……どういう意味です?」

 眉を寄せ、イヨルドが聞き返してくる。
声の調子は変えず、シャルシスは、直接的な質問に変えた。

「そなたは先程、余が死んだら、その首をマイゼン家の城館前に掲げる、と言った。だが、現実にはそなたは、その城館を出て、このような雪深い山奥の城に籠っている。……異母兄であり、城館の主である領主ガシェンタは、そなたの開戦計画には、賛同していないのではないか?」

「…………」

 沈黙してから、イヨルドは、遠回しに肯定した。

「兄上と面識があるというならば、お分かりでしょう。奴はとんだ臆病者で、長年、周辺諸方からも軽視されてきたことに気づかぬ、愚鈍な家畜のような男なのです。王家に剥き出す牙も角も、削ぎ落とされて残ってはおりません」

 私怨のこもった答えを聞いて、シャルシスの胸中が、ざわりと波立った。
イヨルドが爵位を継いでいない身だと分かった時から、なんとなく勘づいてはいたが、おそらく彼は、カーライル王家以上に、異母兄ガシェンタを疎ましく思っている。
故に、ガシェンタの権力が及ぶウェーリンは捨て、自分の支持者だけを連れて、この古城を拠点としたのだろう。
 シャルシスは、淡々と返した。
 
「……耳にしたことがあるか分からんが、余も、侍女の腹から生まれた庶子しょしだ。誓って兄上たちの死に関わってはいないが、十四年前に他の王位継承者たちが不慮の事故に遭わなければ、とても継承権など回ってこないような、末席の立場であった。だから、一族の中で非嫡出子ひちゃくしゅつしがどのような扱いを受けるのか、そなたがどのような思いを抱えてきたのかは、少しは分かるような気がする。しかし、だからといって、現領主のガシェンタに背いて良い、ということにはならぬ。
……今からでも遅くはない。徴兵した者たちを解放し、開戦準備を取りやめよ。そなたの罪は消えないが、まだ宣戦布告していない内なら、王家に対する背信行為には目をつぶれる」

「…………」

「そなたの駒に何が用意されているのかは分からぬが、盗賊や他領の孤児まで駆り出しているところを見る限り、自陣からは、大した兵数を揃えられていないのだろう。スタン平野に集まっているのは、少年兵や雑兵を含めて、一体どれほどだ? 一万か、二万か? 対するカーライル領には、シュベルテに常駐しているだけでも十万、宣戦布告を受けて招集すれば、二十万に近い騎士や兵士、魔導師が集まる。召喚師制が廃止になったことや、教会が独断専行していることを差し引いても、シュベルテとウェーリンの間には、圧倒的な戦力差がある。ガシェンタの同意を得られていないと言うならば尚更、そなたに勝ち目はない。……これは、脅しなどではないぞ。余は、無用な争いを避けたいからこそ、事実を突きつけているのだ」

「…………」

 言い終えると、シャルシスは、唖然とするゼナマリアや少年たち、そして、その周囲を囲む私兵や盗賊たちを横目に見て、密かに彼らの反応を窺った。
今の言葉は、イヨルドに対してというより、『蛇の毒牙』の盗賊たちに言ったものだったからだ。

 イヨルドは、長らく黙り込んでいた。
返答に迷っているのかと思ったが、見遣った顔には、憎々しげな、しかし、愉悦に浸ったような、不気味な笑みが浮かんでいる。

 その表情を見て、シャルシスはぞっとした。
同時に、ずっと不自然さを感じていた、イヨルドの無謀さの理由に、合点がいった。
彼は、開戦することによるウェーリン側の代償の大きさを考慮していないのではなく、その勝敗や利害など、心底どうでも良いと思っているのだ。
つまり、北都ウェーリンと王都シュベルテ、どちらが敗北しても構わないと考えている。
いや、圧倒的な戦力差はあるわけだから、正確には、自身の属するマイゼン領──領主ガシェンタ・マイゼンの失脚を狙っていて、その過程で、カーライル王家にも損害を与えられれば上々、と画策しているのだろう。
わざわざ他領から攫った子供たちを大型船で運搬するなどという、大胆で目につきやすい犯行に及びながら、自分はこのような山奥に隠れているのも、全ては、異母兄ガシェンタに反感が集まるよう仕向けたことなのかもしれない。

 ごくりと息を呑み、シャルシスはイヨルドを見つめた。

「そなた……まさか、マイゼン家を没落させるために、こんなことをしたのか? 周囲に自分をガシェンタ・マイゼンであると思い込ませ、宣戦布告も、イヨルドとしてではなく、マイゼン家の名でするつもりか……?」

「…………」

 イヨルドは、否定も肯定もしなかった。
だが、その笑みに落とされた残酷な影が、是と答えているようであった。

 声が震えそうになるのを抑えながら、シャルシスは続けた。

「……では、こうしよう。後日シュベルテにて、再び集まれる場を設ける。そこで改めて、そなたとガシェンタ、双方の話を聞く。そなたに言い分があるように、ガシェンタの方にも、言い分があるだろうからな。開戦宣言をするか否かの判断は、それからでも遅くはなかろう」

 イヨルドは、驚いたように目を見張った。
それから、唐突に笑い声を上げると、刃の先でシャルシスの顎を持ち上げた。

「この状況で話を誘導しようとは、その年でなかなか肝が太い、強かなお方だ。……が、やはりお考えが甘く、浅はかです。今のご提案に私が感謝し、喜んで殿下をシュベルテにお送りするとでも?」

 シャルシスは、落ち着いた態度を崩さずに返した。

「確かに今の提案は、余を五体満足でシュベルテに帰す前提で成り立つものだ。……しかし、そなたにとっても、悪い話ではないだろう。ウェーリンの情勢を正しく聞き取り、今の話に正当性があると分かれば、カーライル王家は、マイゼン家に与える権限を見直すこともやぶさかではないし、もしガシェンタが領主に相応しくない男なのであれば、そなたの望み通り、彼を現在の座から下ろすことも一考する、と言っておるのだぞ。……勿論、話すだけで、一滴の血も流さずに、だ」

 イヨルドは、シャルシスの心を見透かしたように、ふっと鼻を鳴らした。

「ほう、一滴の血も流さずに? というと、慈悲深い王子殿下は、私の言い分に正当性が見られれば、その望みを叶えた上で、私の犯した罪までもお許し下さると?」

「……それは、ガシェンタの話も聞いてみなければ、判断できない。そなたがゼナマリアや、攫ってきた子供達にした仕打ちは、到底許されることではない。ただ余は、手を汚すことにも理由があり、罪人にも、そう在らねばならなかった背景があるということを忘れず、公平な目で事態を見定めたいと思っている」

 イヨルドは、不敵に口角を釣り上げた。
そして、剣を持つ手を押し込み、再び刃をシャルシスの首筋に当てた。

 つっと、鋭い痛みが走る。
シャルシスは、思わず慄いて、顔を引き攣らせそうになってしまった。
刃が当たって裂けた首の皮から、たらりと熱が滴り、えりを赤く汚したからだ。

 目に宿った冷酷な光を一層強めると、イヨルドは、低く唸るような声で言った。

「……侮らないで頂きたい。耳障りの良い言葉を受けて、この私が剣を捨てるとお思いか? 私は、仮に刃を向けられているのが自分であったのだとしても、今更王家に情けなど乞わない。己がもう引き下がれぬところまで来ていることは、私自身が、一番よく分かっている……!」

 それは、イヨルドの覚悟の表明であり、シャルシスの提言に対する、確かな拒否であった。
シャルシスは、緊張で張り付いた喉で、なんとか息を吸った。

 次の瞬間には、首が落ちるかもしれない。
その恐怖は凄絶なものであったが、シャルシスは、イヨルドの答えに狼狽えてはいなかった。
彼は、生家であるはずのマイゼン家の没落も、己の死すらも恐れていない男だ。
少し話しただけでは想像もつかないような、確固たる覚悟と信念を秘めている。
どんな甘言を並べたところで、イヨルドが首を縦に振らないであろうことは、想像できていた。

──だから、このやりとりは最初から、イヨルドを説得するためのものではない。
シャルシスの狙いは、賭けに出た時から、ナジムたちを取り囲む『蛇の毒牙』だ。

「……そうか……分かった」

 シャルシスは、一言そう応じた。
それから、ふと視線をイヨルドから盗賊たちに移すと、腹に力を込め、唐突に叫んだ。

「──今の話、聞いていたな! 急ぎシュベルテに戻り、シャルシス殿下に伝えよ! 今回の件、黒幕はガシェンタ・マイゼンに非ず! 全てはその異母弟、イヨルド・マイゼンが仕組んだことだ! 目的はウェーリンでの内乱予備、及び大逆! 今すぐスタン平野に兵と魔導師を向け、この計画を潰せ! イヨルドには、シュベルテに対抗できるほどの戦力はない! その兵数、恐るるに足らず、とな……!」

 白い静寂の中に、シャルシスの声が響き渡った。
イヨルドの目に、初めて動揺の色が浮かぶ。
いきなり話を振られて、訳が分からず、盗賊たちも、混乱したようにざわめいた。

 さっと表情を変え、イヨルドは、こめかみに青筋を浮かべた。

「ガキが……っ、やはり貴様、王子の名を語る間諜かんちょうか!」

 首筋に食い込んだ刃が、一層深く入り、傷口を広げる。
ひゅっと呼気が漏れたが、シャルシスは、笑みを作ってみせた。

「ようやく気づいたのか? 俺は、シャルシス殿下の替玉かえだまに過ぎん! 本物の殿下は、既にマイゼン家の不審な動きにお気づきだ。いつでもその奸計かんけいを打ち砕けるよう、進軍に必要な兵をそろえ、今はシュベルテにて、調査に赴いた我々の報告をお待ちである! この古城がカーライルの手に落ちるのも、時間の問題であろうな!」

 イヨルドの手甲に、ぐっと血管が浮き上がる。
今度こそ首を落としかねない勢いで、剣を握る手に力を込めたイヨルドに、シャルシスは立て続けに叫んだ。
 
「言っておくが、俺を殺したとて状況は変わらぬぞ! 俺の他にも、間諜は潜り込んでいるからな。イヨルドよ、『蛇の毒牙』に目をつけたそなたは、実に慧眼けいがんだ。彼らは金さえ払えば、本当によく働いてくれる……!」

 言いながら、再び盗賊たちの方を見遣ると、イヨルドの血走った眼も、じろりと彼らの方に動いた。
シャルシスが王子の替玉であるということも、『蛇の毒牙』の中に間諜がいるということも、勿論、この場しのぐための嘘である。
しかし、自分の身辺は私兵で固めていたイヨルドには、きっとシャルシスの嘘を否定しきれない。
イヨルドと、金で雇われているだけであろう盗賊たちの癒着の間には、信頼関係などないようなものだからだ。
それは、ナジムの情報からも分かっていたし、イヨルドが最低限の食事しか盗賊たちに回していなかったことや、寒さが厳しくなってからは子供たちの監視を怠け出した盗賊たちの不熱心さを見れば、なんとなく察せられることであった。

 ひざまずくナジムのすぐそばに立っていた盗賊頭が、不満げな様子で子供たちのそばを離れ、イヨルドに近づいた。

「……おいおい旦那、まさか、そのガキの出鱈目でたらめに惑わされているわけじゃねぇよな? 俺たちの中に間諜がいるなんて、嘘に決まっているだろう。俺たちは言われた通り、報酬に見合った働きをしてきたはずだぜ?」

 イヨルドが何かを答える前に、シャルシスは声を上げ、大笑いした。
忌々しげに眉を寄せ、盗賊頭がこちらを睨む。
笑い涙を見せつけるように拭って、シャルシスは言った。

「……ああ、すまん。ただ、各地で暴虐を尽くしてきた盗賊の長が、存外に忠実だと驚いたのだ。しかし、これは単なるお節介だが……頭よ、周りはよく見た方が良いぞ。組織というものは、盗賊団も例に漏れず、数が増えれば、一枚岩ではなくなるものだ」

 顔を見合わせ、浮き足立っている盗賊の下っ端たちを眺めながら、シャルシスは、哀れみの表情を作った。

「声をかけた時に、お前の部下の何人かから愚痴を聞いたが、いやはや、思わず同情してしまった。なんでも、どこぞの雇い主と頭は、自分たちは暖かな室内で守られ、酒を煽り肉を喰らってばかりいるが、寒さに耐えながら働く部下たちには、ろくな食事も出さず、次から次へと汚れ仕事を押し付けてくるらしい。挙句、私怨によるシュベルテとの負け戦に命を投じろとは、あまりにも無体な仕打ちではないか? だから俺は、言ってやったのだ。慈悲のない主人や長を見限ることを、裏切りとは言わない、と──」

 言葉を遮るように、イヨルドが怒号を発した。

「──黙れ! 薄汚い王家の従僕いぬが……!」

 イヨルドの大剣が引かれ、シャルシスの首を飛ばさんと、横薙ぎに振られる。
シャルシスは、その瞬間を待っていたかのように腕を前に出し、防御の姿勢を取った。
同時に、イヨルドの背後に向かって、叫んだ。

「──今だ‼︎ 刺せ……っ‼︎」

 瞠目したイヨルドが、弾かれたように振り返る。
だが、己を刺し殺さんとする裏切り者の間諜とやらの姿は、どこにもない。
実際の盗賊たちは、困惑した様子で身を乗り出しながらも、剣を抜くべきか否かと迷い、手を彷徨わせているだけであった。

 舌打ちして視線を戻すと、シャルシスが素早く身を翻し、先ほど雪上に捨てた小刀の元へ、走り出そうとしているところであった。
イヨルドは、すぐさま腕を伸ばしてシャルシスの上着の頭巾を掴むと、彼の身体を後方に引き戻した。
後ろに倒れたシャルシス目掛けて、大剣を振りかぶる。
焦ったシャルシスが、上着ごと脱ぎ捨ててイヨルドの手から逃れようとするが、間に合わない。

 振り下ろされた刃は──しかし、わずかに狙いを外して、シャルシスの肩をかすっていった。
イヨルドが、苛立たしげに唸りながら、顔面にかかった雪を払う。
まとまりを失った盗賊たちの間をすり抜け、前に出てきたナジムが、イヨルドの目を狙って、横合いから雪を蹴り上げたのだ。

「──うぉおおおーっ‼︎」

 突然、雄叫びを上げて、ナジムがイヨルドに飛びかかった。
続いて立ち上がった他の少年たちも、それぞれに繋がれた手枷を絡ませながら、足をもつれさせながら、雪崩れるようにしてイヨルドに向かっていく。

 二十人近くに突進されて、イヨルドは、押し潰されるように崩れ落ちた。
シャルシスは、上着を脱ぎ去り、ようやく拘束から脱した。
激昂したイヨルドの大剣が、少年たちを斬り裂き、目の前で血飛沫が飛ぶ。
慌てて小刀を拾い、自分も参戦しようと駆け寄ってきたシャルシスに、少年たちが、口々に叫んだ。

「逃げて……‼︎」

 はっと立ち止まり、シャルシスは、決死の抵抗に出た仲間たちの姿を見つめた。
目が熱くなって、視界がぼやけた。
シャルシスは顔をこすると、彼らに背を向け、森の方へと走り出した。

「──見ているな! 追え! 追えーっ!」

 私兵や盗賊たちに怒鳴る、イヨルドの声が聞こえる。
未だイヨルドの命令に従った盗賊たちが、何人いたのかは分からないが、後ろから抜刀する金属音と、複数人の怒号が近づいてきた。

「こっちだ! 射て、射て! 殺して構わん‼︎」

 矢を放つ風切り音が、耳元を通り過ぎたような気がした。
シャルシスは、一切振り返らず、必死に駆けた。
今振り返れば、ナジムたちの思いを無駄にする。
皆と探索を繰り返してきた雪道を、ただひたすらに、半ば滑り落ちるようにして下っていった。

 肌を裂くような冷気が、肺を凍らせていく。
かんじきを履いていなかったので、一歩踏み出すごとに、膝下まで雪に沈んだ。
その内、脚が疲労と雪の重みに耐えきれなくなってきて、シャルシスは何度も転んだ。
それでも止まらず、四肢を使って雪をかき分けながら進んでいくと、今度は、濡れて冷えた両腕が、麻痺したように動かなくなってきた。

 溢れ出る涙だけが、確かな熱を持っている。
痛みは感じなくなっていたが、雪の中に突き出していた木の根につまずくと、身体が糸の切れた操り人形の如く、言うことを聞かなくなってしまった。

 雪を纏ったシャルシスは、成す術なく斜面を転がり落ち、太い裸木に激突した。
強く打ちつけた背から、突き抜けるような衝撃が全身に広がる。
起き上がろうとしたが、どうにも力が入らず、シャルシスは、仰向けに倒れた。

 ぼんやりと自分が走ってきた雪道を見ると、点々と血痕が散っていた。
思い当たって確認すると、まだ矢尻が残ったままの左腿が、下履きをぐっしょりと濡らすほどに出血していた。
どうやら、走っている内に、傷口が広がってしまったようだ。
直に、この血痕と足跡を辿って、私兵や盗賊たちが追いついて来るだろう。

(……ただで、死んでたまるか……っ)

 シャルシスは、歯を食いしばって、なんとか上体を起こした。
そして、雪の上に指先で魔法陣を描き、自分がぶつかった裸木に着火しようと試みた。
凍っている裸木には、なかなか火が移らなかったが、魔力を増やすと、ややあって燃え始めた。

 木幹が赤みを帯び、炎に蝕まれていく。
細く立ち昇った白煙が、空へ高く、高く伸びていく。
ナジムたちが繋いでくれた命を、無駄にするわけにはいかない。
動けないなら、狼煙を上げ、助けを呼ぶのだ。
このまま山火事になったって、自分が盗賊たちに見つかるのが早まったって、山の外にいる誰かがこの場所に気づいてくれるなら、もうそれで良い。
何をしてでも、どんな形でも構わないから、今度は自分が、ナジムたちを助ける。
こんなところで、諦めるわけにはいかなかった。

 シャルシスは、むせび泣きながら、炎に魔力を込め続けた。
やがて、来た道の方から、盗賊たちの気配が近づいてきた。
腰の小刀を抜こうとするが、冷えた手指の感覚がなくて、うまく物が掴めない。
目の前が霞んで、白しか見えない。
意図せず頭が傾いていき、木の根元に倒れ込んで、シャルシスは、徐々に気が遠くなっていくのを感じていた。

 薄れ行く意識の端で、シャルシスは、轟々ごうごうと燃え盛る炎の音を聞いた。
自分はもう魔力を込めていないのに、みるみる勢いを増していく豪炎が、とぐろを巻いて、天を目指している。
冷え切っていたはずの身体が、暖かさに包まれていた。
自分が、その炎の竜巻の中心にいるのだと気づいて、シャルシスは、驚きに目を見開いた。

 炎渦の外で、盗賊たちの悲鳴が響き渡った。
次第に弱まっていった炎が、ふっと掻き消える。
視界が開けると、溶けた雪でびしょ濡れになった盗賊たちが、泥の上で腰を抜かし、うずくまっているのが見えた。

 一瞬、陽光が遮られて、辺りが暗くなった。
木の上から降り立った、風のような速さの人影が、怯えながらも刃を向けてくる数人の盗賊たちを、双剣の峰で打って次々と気絶させていく。
シャルシスは、見る間に無力化していく彼らの姿を、呆然と眺めていた。

 少し遅れて近くに寄ってきた別の人影が、シャルシスをそっと抱き起こし、こけた頬を軽く叩いた。

「……シャルシスくん、無事?」

 随分と懐かしい、聞き覚えのある声だ。
顔を覗き込んできた、分厚い雪除けの頭巾の中に、ちらりと銀髪が覗いている。
シャルシスは、震えながら唇を開いた。
全然無事じゃない、遅い! と文句を言ってやろうかと思ったが、喉奥に熱が迫り上がってきて、声が出せなかった。

 うめくように咳き込んでから、再び気を失ったシャルシスをその場に寝かせると、ルーフェンは、後から追いついてきた盗賊たちに向き直った。
白い吐息をつき、側に倒れていた盗賊の剣を拾い上げる。
隣に並んで、双剣を構え直したトワリスが、いさめるように言った。

「すぐ近くまで、魔導師たちが来ています。魔術はあまり使わない方が良いです」

「……分かってるよ」

 短く応じてから、トワリスと背中合わせに立つ。
私兵や盗賊たちは、累々と横たわっている先遣者たちを見て、躊躇ったように一歩後ずさった。
そして、その中心にいる、目深に頭巾をかぶった素性の知れない二人組を見て、怒鳴った。

「おい、なんだテメェら! そのガキを渡せ!」

 ふっと腰を落としたトワリスの姿が、次の瞬間、盗賊たちの視界から消える。
ルーフェンは、シャルシスの方を一瞥してから、くるりと剣を持ち直し、刃先を盗賊たちに向けた。

「……この子の御付きだよ」



To be continued....


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