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投稿日:2025年12月31日





 細かい事後処理は魔導師達に任せ、酒場を離れると、トワリスとギールは、宮廷魔導師団の駐屯地へと足を向けた。

 煩雑とした大通りを歩いていると、二人を旅人か何かだと勘違いした商人が声をかけてきたり、あわよくば、懐の財布を掠め取ろうとするスリが、故意にぶつかってきたりする。
宮廷魔導師用のローブを羽織っていれば、声をかけてくる者はいないし、どんなに混雑した通りでも、自然と道が開いていくものだ。
しかし今日は、気取られずに盗賊達の根城に近づくために、二人とも、一般人を装った外套を纏っていたのであった。

 トワリスは、身分を隠して行動することに慣れていたが、ギールはそうではない。
商人達の呼び込みを断るのに苦労しては、犯罪を見過ごすまいとスリを捕まえ、何かある度にいちいち立ち止まっている。
そんな調子で牛歩するので、城下街を抜けて裏通りに出る頃には、ギールは、すっかり疲れ切った様子であった。

 駐屯地の質素な外観が見え始めたところで、ギールは、鬱陶しそうに頭巾をとった。

「ええっと……戻ったら、まずは報告書の作成ですよね。それから、魔法具の格納庫に、魔剣の破壊を確認した旨も記録しに行って……」

 以前取ったらしい覚え書きを片手に、ギールが、ぶつぶつと呟く。
自分の記憶に確認しているのか、それともトワリスに確認しているのか。
どちらともとれる言い方に、トワリスは苦笑した。

「合ってるよ。……でも今回は、報告書に完了の印は捺さないでね」

「え?」

 はた、と足を止めて、ギールは目を瞬かせる。
合わせて立ち止まり、振り返ると、トワリスは付け加えた。

「前に、カルガンの報告書を見たでしょう。頬に蛇の刺青が入った盗賊達は、最近各地で確認されてる。検問の厳しいシュベルテでも、あの人数が潜んでいたんだから、地方では勢力を伸ばしている盗賊団なのかもしれない」

 ギールは、あ、と声を漏らした。

「なるほど。では、引き続き調査続行するように、魔導師団に申請したほうが良いということですね」

 納得したように頷いて、ギールは覚え書きに何やら書き加える。
再び歩き出して、トワリスは言い募った。

「それから、報告書はまだ魔導師団の方には提出しないでね。調査続行の申請を出すなら、一応団長にも目を通してもらった方が良いと思うから、作り終わった報告書は、明日まで駐屯地に置いておいて」

 トワリスと歩調を合わせながら、ギールは、驚いたように尋ねた。

「団長にも……ってことは、バーンズ卿、今夜は戻られるんですか?」

 トワリスは、眉を下げた。

「今夜はっていうか、一応、一日一回は駐屯地に戻ってるんだよ。といっても、日中は時間が作れなくて、深夜か早朝になってるみたいだけど」

 ギールは、ぽかんと口を開いた。

「は、はあ……そうだったんですね。全然お見かけしないので、てっきり遠征に出ていらっしゃるのかと……。やっぱり、皆さんお忙しいんですね。自分が宮廷魔導師になってから、かれこれ数月が経ちますが、未だにトワリスさんと、アレクシアさんとしか面識がありません。三日後の叙任式じょにんしきでお会いする前に、せめて団長には、直接ご挨拶したいと思っていたのですが……」

 ジークハルトの顔を想像しているのか、ぐっと眉根を寄せながら、ギールは言った。
ギールがそんな状態なのだから、最近彼に付き添っているトワリスだって、他の宮廷魔導師たちとは長らく会っていない。
アレクシアに関しては、しょっちゅう仕事をサボって駐屯地で休んでいるので例外だが、宮廷魔導師は、人数が少ない上、多忙で国中を奔走することになるのが常だ。
なんだかんだで、入団して六年が経ったトワリスでも、遠征任務中心の宮廷魔導師とは、直接顔を合わせたことがない者がいるくらいであった。

 感心した様子のギールに、トワリスは答えた。

「まあ、国王直属の魔導師団とはいえ、十六人いる宮廷魔導師の内、半数以上は遠方勤務だからね。特に前団長のストンフリー卿の時代から勤めてる宮廷魔導師は、祭典が開かれた時くらいしか戻ってきてないんじゃないかな」

「そうなんですか……。では、年単位で王都に戻って来られない場合もあるんですね」

 流石は仕事熱心だ、と感心しているギールに、トワリスは内心、ため息をついた。
本当のところ、一部の年配の宮廷魔導師たちが王都に戻ってこないのは、仕事以外にも理由がある。
彼らは、自分たちよりも若いジークハルトが団長を務めていることに、不満を持っているのだ。

 約七年前、軍事都市セントランスから襲撃を受けて、シュベルテに残っていた宮廷魔導師は、ジークハルトを除いて全員が殉職した。
その時、遠方勤務していた宮廷魔導師たちは、シュベルテが急襲された報を聞き、ほぞを噛む思いだったはずだ。
魔導師団の危機に駆けつけようにも、今、自分たちが担当している任をすぐに放り出すわけにはいかないし、仮に一時的に別の魔導師に引き継げたとしても、勤務地によっては、シュベルテに戻るまで何月もかかってしまうからである。

 そうこうしている内に、当時王都であったアーベリトまでもが崩壊。
王権がカーライル家に戻り、まだ新人の宮廷魔導師に過ぎなかったジークハルトが、魔導師団の再蜂起を果たして見せた。
思いがけず、蚊帳の外に押しやられた遠方勤務の宮廷魔導師たちは、ジークハルトの活躍の一部始終を聞いて、やはり複雑な心境になったのだろう。
ジークハルトは、誰もが認める実力者であったが、一方で、その無愛想さが災いして、昔から宮廷魔導師団にいる者達からは、あまり良く思われていないようであった。
結果的に、ジークハルトが引き入れた、アレクシアら若手の宮廷魔導師たちはシュベルテ周辺を管轄区とし、古参の宮廷魔導師たちは、遠方を中心に活動するようになったのである。

 正義を掲げる者達が、自らの意地や誇りを誇示して衝突しているなんて、随分と稚拙なように思われるだろう。
しかし、魔導師団でも騎士団でも、延いては王宮内部でも、こういった下らないいさかいは、いくらでもあった。
トワリスも、まだ訓練生だった頃に、ある魔導人形の存在を隠蔽しようと躍起になっていた魔導師団の過ちを聞いて、唖然とした覚えがある。

 案外、蓋を開けてみれば、そんなものなのだ。
純粋に国を守りたいという思いから入団して、変わらずその信念を貫ける者は、存外に少ない。
正義ばかりを見据えている若い魔導師たちほど、そんな実情を知っていく内に、次第に夢から醒めていく。
だが、宮廷魔導師団に入ったばかりのギールを前に、わざわざそんなことを口に出すのも憚られて、トワリスは、それ以上のことは何も言わなかった。



 駐屯地の正門が見え始めたところで、話題を変えようとしたトワリスは、しかし、門横に誰かが佇んでいることに気づくと、はっと立ち止まった。

 質実な石垣の背景には馴染まぬ、異質な銀色の髪と瞳。
そして、ちらりと光る緋色の耳飾り。
一応素性を隠しているつもりなのか、一般の魔導師用の黄白色のローブを纏って、ぼんやりとそこに立っていたのは、サーフェリアの召喚師、ルーフェン・シェイルハートであった。

 ルーフェンは、トワリスたちが自分を見ていることに気づくと、あ、と声を上げて歩み寄った。

「よかったー、中で待ってるつもりだったのに、鍵閉まってるんだもん。誰も戻ってこないから、もう諦めて帰ろうかと思ってたよ」

 召喚師らしい威厳は一切感じられない、軽い口調でルーフェンが言う。
トワリスは、そんなルーフェンを呆然と見つめていたが、ややあって我に返ると、キッと眉を吊り上げた。

「し、閉まってるんだもんって……まさか、ずっと外で待ってたんですか⁉︎ いつから? 大体ル……っ、召喚師様も解錠用の術式知ってるんですから、開けて入ってれば良いでしょう!」

「えー……だって、事前連絡なしで勝手に入ると、トワが怒るじゃん」

「だからって外で待つことないじゃないですか! ていうか、その格好でのこのこやって来て、ぼーっと突っ立ってたんですか⁉︎」

 信じられない、といった様子で怒鳴りながら、トワリスは、素早く旅人変装用の外套を脱いで、ルーフェンに被せた。
そして、警戒したように周囲を見回しながら、ルーフェンとギールを連れて、駐屯地へと入っていく、

 宮廷魔導師団の駐屯地は、人気が少ない王宮の裏口近くに建っており、周辺の警備も厳戒である。
しかし、面する道は、一般人の侵入禁止区域というわけではないので、人通りが全くないとは限らない。
元々城下をほっつき歩く癖があるルーフェンであるが、護衛もなく、銀髪を隠しもせずに往来で突っ立っているなんて、信じられない行為であった。

 首根っこを掴まれ、駐屯地の事務室に引きずり込まれたルーフェンは、扉が閉まったところで、ようやくトワリスから解放された。
一緒に入室してきたギールは、突然の召喚師の出現に戸惑っているのか、目を見開いたまま硬直している。
ルーフェンは、無理矢理被せられた頭巾を苦しげにとると、ぷはっと息を吐き出した。

「もー相変わらず強引なんだから。そんなに怒らないで。あんまり目立たないように、変装ならしてるよ。ほら」

「ほらじゃない! 貴方の場合、頭丸出しじゃ意味ないでしょう! 全く……」

 黄白色のローブを見せつけるように、ぱっと両手を広げたルーフェンを、トワリスが一喝する。
しかし、そんな反応すら面白がっているのか、ルーフェンはへらへらと笑っている。
トワリス自身も、彼の態度には慣れているのか、怒っているというより、単純に呆れている様子であった。

 ルーフェンの奔放さには勿論、トワリスが、彼を容赦なく叱り飛ばしていることにも驚いたのだろう。
先程から微動だにせず、じっとこちらを見ているギールに気づくと、トワリスは、はっと表情を引き締めて、わざとらしく咳払いした。

「……で?」

「で?」

 用件はなんだ、と暗に尋ねたトワリスに、ルーフェンが首を傾げる。
とぼけた表情のルーフェンを、一睨みしてから、トワリスは先を促した。

「だから、なんでここに来たんですか? わざわざ待ってたってことは、急ぎの仕事なんでしょう」

 よっぽど重要な内容なんでしょうね、と脅迫にも近い言い方をして、トワリスはルーフェンに向き直る。
しかし、相変わらずの笑みを浮かべて、ルーフェンは首を横に振った。

「いや、ただ、最近見かけないから、元気かなーと思って」

「…………」

 眉間に皺を寄せて、思わず黙り込む。
一瞬、どう反応すれば良いのか分からなくなって、トワリスは口ごもった。

 そんなのは用件じゃない、と跳ねつけようとも思ったが、もしかしたらルーフェンは、本当にトワリスのことを心配して会いに来たのかもしれない。
というのも、ミストリアとの一件があってから、トワリスは一年弱、怪我の治療も兼ねて休職していたのだ。
思えば仕事に復帰してから、ルーフェンとは、一度も話していなかった。

 休職といっても、あくまで"そういう扱い"にされていただけで、期間中ずっと任務についていなかったわけではない。
ただ、ミストリアの次期召喚師たちを連れ帰ってきたことで、一層売国奴として疑われるようになったトワリスを、ジークハルトが、騒ぎが収まるまでは表向き謹慎させるべきだと判断したので、しばらくは目立たないようにしていたのだ。
しかしながら、ミストリアにて、エイリーンと呼ばれる闇精霊に負わされた肩の傷がなかなか完治せず、数月ほどは床に伏せっていたのも、また事実である。

 トワリスとしては、ミストリアに行って、一応五体満足で帰れたのだから幸運だった、くらいの心持ちでいたのだが、やはり周囲に心配をかけた自覚はあった。
リリアナやハインツあたりは、会うたびに泣きそうになっていたし、ルーフェンも、態度は変わらなかったが、なんとなく様子を気にかけてくれているような素振りはあった。
軽口を叩きながらも、ファフリたちを生かせるように手を貸してくれたのだってルーフェンだし、なんだかんだで、彼には感謝している。

 こうして気まぐれに訪ねてくるのも、口で悪態をつくほど、迷惑だと思ったことはなかった。
むしろ、旧王都アーベリトにいた頃とは違い、トワリスから王宮にいる召喚師を訪ねるなんて、一般的に不敬な真似はできないので、ふと、ルーフェンはどうしているかと考えている時に、向こうから会いに来てもらえるのは有り難かった。

 とはいえ、そういった心中を吐露するのは、なんだか気恥ずかしかったし、何より今は、ギールが見ているのだ。
ぶっきらぼうに目をそらすと、トワリスは答えた。

「……別に、ご覧の通り元気ですよ。そんな理由でフラフラ出歩いて、公務サボらないでください」

 トワリスの無愛想な返事が、予想通りだったのだろう。
ルーフェンは、困ったように苦笑して、肩をすくめた。

「つれないなぁ、トワは。一応用事っていうか、話はあるんだけど……」

「……話?」

 ぱちぱちと瞬いて、ルーフェンを見上げる。
会えば、どうでもいい世間話や雑談をしてくることはあるが、改めて話がある、だなんて、今までルーフェンに言われたことはあっただろうか。
聞き返すと、ルーフェンは珍しく言い淀んだ。

「まあ大したことではないんだけど、話っていうか、相談っていうか。……とにかく、今から抜けらんない?」

 ルーフェンらしからぬ言い方に、反射的に頷きそうになって、思い止まる。
大したことではない、と言われている手前、新人のギールを放置して、駐屯地を出るわけにはいかない。
盗賊たちの捕縛は終わったので、抜けようと思えば抜けられるが、だからといって、報告書の作成を新人に押しつけていなくなるなんて、教育係失格だろう。
任務は、報告書を提出するまでが任務なのである。

 トワリスは、ギールの方を一瞥して言った。

「そ、そんなこと……急に言われても困ります。仕事が終わった後なら、いいですけど」

「……いつ終わる?」

「夜」

「えぇー、夜まで待ってたら、流石に俺が王宮から抜け出してたのバレちゃうよ」

 間延びした声で返して、ルーフェンは唇をとがらせる。
トワリスは、ムッとした顔になると、語気を強めた。

「仕方ないでしょう! 突然来たそっちが悪いんですからね。ていうか、大したことないっていうなら、今ここで手短に話してください!」

 トワリスが鼻を鳴らすと、ルーフェンは、わざとらしくギールの方に視線を向けた。

「そうは言ってもさぁ、ここには人がいるし。……君、一時的に席を外してくれる?」

「えっ……」

 いきなり話を振られて、ギールが顔を強張らせる。
返事に迷った様子のギールに、トワリスはすぐさま口を挟んだ。

「召喚師様の我儘に、新人を巻き込まないでください。彼は今から、ここで報告書を書かなきゃいけないんです!」

「新人? ああ、確かに、見ない顔だと思った」

 ぽん、と手を打ってから、ルーフェンは、ギールに笑いかける。
反応に困ったらしいギールを、庇うように立って、トワリスは言い募った。

「数月前に宮廷魔導師団に入ったばかりなんです。困らなせないでください。彼は──」

「ギールと申します。お初にお目にかかります、召喚師様」

 トワリスが紹介しようとした声を遮って、ギールが、礼儀正しく頭を下げた。

 丁寧な挨拶ながら、その強引な割り込み方に、違和感を感じたのだろう。
ルーフェンが眉を上げて、じっとギールを見つめる。
トワリスも、ギールが姓まで名乗らなかったことを不思議に思って、彼の方に振り返った。

 つかの間、奇妙な沈黙が流れる。
しかし、すぐに焦った表情になると、ギールが口を開いた。

「あっ、えーっと……なんだかすみません。僕、出て行った方がよければ、出て行きますが……」

 トワリスは、我に返ると、首を振ってギールを止めた。

「この人に付き合わなくていいよ。こっちは仕事だっていうのに、勝手な言い分を通してるのは召喚師様の方なんだから」

 言いながら、トワリスが横目にルーフェンを睨む。
ルーフェンは、視線をギールから外して、拗ねたように呟いた。

「もートワのイケズ。仕事仕事って、俺より仕事が大事なの? 傷つくなぁ……」

「俺よりって、なにを面倒臭いことを……。だから、そんなに話したいことがあるなら、今ここで話せって言ってるじゃないですか!」

 だんだん相手をするのも億劫になってきたのか、トワリスが口調を荒げる。
一瞬、殴りかかってくるかと身構えたルーフェンは、さっと両手を顔の前に出すと、トワリスと向かい合った。

 二人はそうして、不毛なやりとりを続けていたが、やがて、大袈裟にため息をついて見せると、ルーフェンが幕引きした。

「分かった分かった。これ以上ごねると本気でボコボコにされそうだし、退散するよ。か弱い俺相手でも、トワは容赦ないもんね」

「どっ……」

 どこがか弱いんですか! と続けようとして、何も言い返すまいと、唇を引き結ぶ。
むくれた顔つきで、こちらを睨んでくるトワリスに、ルーフェンはくすくす笑った。

「ま、俺より仕事を優先するくらいだし? ミストリアから帰ってきて、随分寝込んでたみたいだけど、無事に復帰して頑張れてるなら、何よりだよ」

 トワリスは、ぶっきらぼうに答えた。

「……そんな心配されなくても……私はちゃんと頑張ってます」

「はは、そうだね。知ってる」

 ルーフェンが一笑して、穏やかに目を細める。
そのまましばらく、ルーフェンはトワリスを見つめていたが、ややあって、くるりと背を向けると、扉の方へ向かった。

「じゃ、ハインツくんにもよろしく。……元気でね」

 ひらひらと手を振りながら、そう言い残して、ルーフェンは外へと出て行った。
不意に、その別れ際の言葉が、妙な残響を伴ってトワリスの胸中を打つ。
トワリスは、少しの間、消えたルーフェンの背中を見つめて立っていたが、扉の閉まる音でハッとすると、ギールの方に振り返った。


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