miel

運命を糸に託せば

間接キス
    


 これはまだ、私が宜野座さんとの関係を悩んでいたときの話だ。

「お疲れ様です」

 食堂で宜野座さんがひとりで昼食を摂っていたので、私も一緒に食べようと思い「ここいいですか?」と声を掛けた。彼はきょとんとして、しかしすぐに頷いて、水を一口飲んだ。

「パンが好きなんですか?」

「あ、ああ……」

 彼はフランスパンを食べていた。バターを塗るシンプルな食べ方だ。それと、甘いものなんて苦手そうなのに、フルーツの盛り合わせのデザートも横に置いてあった。そんな中、私は目の前でラーメンをすすろうとしている。偏見だが、これではまるで彼の方が乙女の食事だ。

「……ラーメンですが、食べてもいいですか?」

「……構わないが。なぜ、そんなことを訊く?」

「いや、なんか、宜野座さんの方が可愛らしいもの食べてるなと思いまして」

 そう言うと、彼は首を傾げた。意味がわからないのなら、それはそれでいい。これが狡噛さんならば、すかさず突っ込んでくるような気がしたので、相手が宜野座さんだったことはむしろ幸いだったかもしれない。
 割り箸を割って、するすると麺をすする。宜野座さんは黙々とフランスパンを口に運ぶ。そのしぐさひとつとっても、なんだか可愛らしく見えるので、恋とはずるいなと思う。

「宜野座さんって甘いもの苦手じゃないんですね」

「まあな。よく食べられなそうと言われるが、そんなこともない」

「てっきり苦手だと思ってました。いつもコーヒーもブラックで飲んでるので」

「コーヒーはブラックがいいんだ。あれに砂糖を入れてしまうと、何というか、味が好きじゃない」

 フランスパンをちぎりながら、宜野座さんは苦笑した。ふふ、と無意識に笑みがこぼれる。甘いから苦手、ではなくて味が好きじゃないというのは面白い意見だなと思う。むしろ、そんなことを言う人は初めて見た。

「花坂はいつも砂糖を入れているような気がするが」

「入れますね。ブラックでは苦すぎるし、かといってミルクを入れると味が好きじゃないんですよ」

「……お互い、コーヒーについては思うところがあるようだな」

「たしかに、そうかも」

 敢えて似たような言い方をしてみせると、珍しく宜野座さんが笑った。いや、こんなに穏やかに笑うところは初めて見た。端正な顔立ちが際立って、胸の奥がざわつく感覚がした。――まずい、かっこいい。

 無意識に見とれてしまっていると、彼は目をぱちぱちと瞬いて、「どうした」とこぼす。

「なんでもないです!あ、あとで、それ、どれかひとつ頂いてもいいですか?」

 咄嗟に話題を逸らそうと、彼のプレートの上にあるデザートを指さした。

「構わん、好きなのを食べるといい」

「やった!ありがとうございます」

 すんなりオーケーしてくれたので、予想以上に喜んでしまった。
 それからふたりで何気ない話をしながら、私はとうとうラーメンを食べ終わった。宜野座さんは私が食べ終わるまで待ってくれていたので、私が食べ終わって水を飲むのを見届けるなり、お皿とフォークごとそれを差し出した。
 私も特にそれを気にすることはなく、いただきますと告げてからカットされたパインをひとつ頂くことにした。何気なくフォークも使ってしまって、それをそのまま彼に返して、彼も恐らく無意識にそれを使った。そのとき、私はやっと気づいたのだ。

「あ、あのっ」

「なんだ?」

 宜野座さんは気づいていないらしい。幸いと言うべきかどうかわからないが、声を出してしまった以上言わないわけにもいかなくなった。

「……すみません、私が無意識にフォークを使ってしまったのが悪かったんですけど、その、間接キス、ですよね」

「!?」

 顔が熱い。よりによって、私が片想いしているらしい相手だ。それに、私がよくても、彼がいいはずがない。申し訳なさと、ほんのちょっとの嬉しさが入り混じった感情が、私の中を駆け巡る。宜野座さんは驚愕に目を見開いてから、慌ててフォークを口から離す。

「あ、いや、こちらこそ、すまない……! むしろ無意識にフォークを渡して、無意識に使ってしまった俺にも非があるからな……」

 彼の顔は真っ赤だ。そしてきっと私の顔も赤い。

「いやいや、私が悪いんです……! 今更ですけど、拭いて下さ……」

 そう言いながらペーパーナプキンを渡そうとしたが、彼が手を出して制止したのでそれは叶わなかった。

「……別に、君なら気にしない」

 ……なにそれ!
 そんなことを言われたら期待してしまう。唖然として口を両手で塞いで彼を凝視すると、彼は彼で目も合わせてくれなくて、下を向いたまま、フルーツの盛り合わせを食べきるまで終始無言だった。


***


「ってことがあったんです……」

 その後、訳が分からないまま食事を終えて志恩さんのもとへ駆け込んだ私は、ソファに項垂れて一部始終を話した。誰かに聞いてほしかったのかもしれないし、この行き場のない感情をどうにかしたかったのかもしれない。とにかく今は顔が熱いし、心臓がうるさいし、そのまま破裂してしまいそうだ。

「案外、あかりちゃんに心許してるのかもしれないわねえ」

「……そうだといいんですけどねえ」

「だって嫌だって言われなかったなんて、レアよ? あの宜野座くんだしね」

 志恩さんはとにかく楽しそうに笑っていた。

 そしてこの数日後、私はとうとう我慢できなくなって、彼にシビュラの判定のことを告げて、そして無事彼と結ばれることになるのだが。




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