そんな、昼
ボロアパートはそれでも梓のラボよりは小綺麗で、リーダーの几帳面な性格が良く分かった。
「ごめんください。」
イタリアでも中々名のあるケーキショップにわざわざ並んで買ったモンブランはシナモンの香りとバニラの香りとほのかな栗の香りをアジトの中に充満させる。
「待っていた、ようこそ暗殺チームへ。歓迎しよう、梓」
黒の生える男が出てきた、「暗殺チームへ。」など物騒なワードをよくこの平然とした顔で出したものだ。梓は目の前の大柄な男に会釈をし、微笑を浮かべて手荷物を押し付けた。
「これ、皆で食べて頂戴。あと、これ来月からの給与明細も持ってきたわ。これからはその場その場の報酬じゃあない。 基本給からの上げ下げでいきたいと思うの。」
給与明細というたった1枚の紙切れが彼等の人生を大きく変えるのだと思えば梓は救世主にでもなったような気もした。
アジトの中は普通のシェアハウスのようだった、それはもうそこら辺にいるチャランポランとふらつく大学生のような。 だが、そんな所がラボより遥かに広く感じるのは器具がないからだろう。梓は帰宅したら片付けようと決心したがそれも帰る頃には忘れているだろう。
「こんなに貰えるのか?」
黒目が多い不思議な瞳を開いてリゾットは梓を訪ねた。 月給は2000ユーロからの上げ下げで、以前はそこらのサラリーマン以下だった報酬や手当だった彼等にとって驚く事に無理はない。
ちなみに、日本円ではレートにもよるが25万前後である。
「当然でしょ、その分危険が伴ってるんだから。 前の管理者が駄目だったのよ。バイクと車を使ってるメンバーもいるわよね?ガソリン代も支給するわ。 光熱費やらガス代は各自で割り振って頂戴。後は労災保険なんだけど……」
リゾットはずい、と梓の話を真剣に聞き入る。 リーダーとして、このままではいけないと感じて本部へ乗り込む手前の管理者の変更である。
梓の手を取り深々と頭を下げた暗殺チームのリーダーは噛み締めるように言った。
「ありがとう」
梓としても、感謝される事に悪い気はしなかった。ボスの姿を知ってしまったあの日からいつ殺されるか分からず人目を気にして死の覚悟で生きていた身には重すぎる言葉でもあった。
そして、この人のチームの管理者になった事は梓の運命を変える事をまだ誰も知らないだろう。
「リゾット、女か?」
梓がは、と振り向けば胸元の開いたスーツにきっちりと髪を整えた男が小娘を見下すような目付きでその場にいた。
音もなく梓の背後に立つその業はその道のプロにしか出来ない、梓は男の長い睫毛をしたから見上げ、睨むように近寄った。
「はじめまして、貴方がプロシュートで大丈夫? 本日からここのチームの管理者でパッショーネ本部から来た草薙 梓です。 日本人だから梓がファーストネームよ。」
「管理だとォ…?」
疑いの目を向けるプロシュートに梓は令状を突き出した。
目の前の美丈夫に強引に取られたそれはグシャグシャになってしまったが梓は特に気にしなかった。 ビジネスではファーストインプレッションが全てだと人生の中で教わっているからだ。
梓はお気に入りのパステルピンクのマニキュアを施し整えた爪が映える黄色人種では珍しい白い手を差し出す。
梓は手にだけは自信があった。 仕事柄、手は大切にしてきたから。
フッ、と小馬鹿にしたような顔付きのプロシュートと自身に満ち溢れた顔付きの梓は軽く握手を交わす。
リゾットがプロシュートに先程の話を一言一句丁寧に説明をした。 梓は理解力があり、リーダーシップに富んでいる人柄のリゾットを非常に尊敬した。「ああ、この人となら上手くいける。」と。
説明を粗方聞き終わったプロシュートは先程のリゾット同様、驚いているようで目を見開き「本当か!?」と何度も契約書を見入っては梓と見比べている。
梓はそれを滑稽だと思いくすりと笑みを零したがふと、余程酷い扱いだったのだろうと思うと複雑な心境になった。
「不満な点があったら教えて頂戴。 出来る範囲で改善するわ。」
自分の名前を出せば本部から金は腐る程流れ出る。 ボスにいつか自分も殺される日が来るだろう。 ただ、順番待ちをしてボスの機嫌を取りながら刑期を先延ばしにしている囚人に過ぎない。
梓は唇を噛み締めた、ああ悔しいな。と。
「兄貴ィ〜〜、手伝ってくれよ〜〜」
静寂を破ったのはプロシュートの弟分のペッシの声だった。
何とも情けないペッシの声に3人はくっくと笑う。
プロシュートは「ペッシペッシペッシペッシよぉ〜〜〜」とお得意の口癖を上機嫌で口にするのだ。
梓も考え事を辞め、ドアへと足を進めた。
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