女はCLOSEの文字を無視して地下のバーへ繋がる階段を細いハイヒールで降りた。
冷たいバーカウンターに3本のワインの瓶を置くなり席に頬杖を付き艶めかしく浮き上がるルージュを乗せた唇を上げて声を発する。

「今季一番の良品よ、マスター。」

女は日本人である、この地下バーの専属の酒輸入業者でもある。
カジュアルな服よりも煌びやかなドレスが良く似合うそんな日本人だ。
草薙さち子それが女の名前である。

「やあ、さち子ちゃん。イカ墨パスタが丁度試作品としてあるんだが、どうだい?」

「あら、マスター。『ちゃん』だなんてそんな歳じゃあないわよ、私もう23何だから。イカ墨パスタね、ならヴァルポリチェッラのワインが最高よ。」

さち子はクックッと喉の奥で笑うように料理を盛り付けるマスターを見た。

「今日の占いは恋愛運だけやたら良かったの。恋愛がどうこうって騒ぐ生娘って訳じゃあないけど女ってモンはこういうスピリチュアルな事にトキメキを覚えるのよ。」

イカ墨パスタとヴァルポリチェッラのワインをカウンターに置いたマスターは「たかだか23年生きただけの小娘が何を語るのか」と滑稽に思ったのかもしれない。
だが、決して逆立てたり馬鹿にしたりすることも無く「良かったね」と言わんばかりに初老の皺が目立ってきた顔を綻ばせるのだ。

「今晩、飲みに来るから席空けといて頂戴。男を立てる最高のブランデーを差し入れるわ。」

フォークでパスタを巻きとりながらまるで独り言のように呟く。
草薙さち子は組んでいた足を組み替え自分が仕入れたワインを舌で転がした。


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