乏しい輪郭

5年という月日はあっという間で余りこれと言った思い出は無かった。
異性とは3回付き合ったが上手くいくことはなく、酔いの席で「どうせミュージシャンは20代後半で死ぬんだ、それがロックだ」と泣きながら叫んだ事は記憶に新しい。

大学四年の4月。

そんな私だが3年までの単位も順調に取り、ジャズバンドはメンバーの方向性の違いで解散したものの私個人は町内会のイベントやら学祭やらコンテストやらでアマチュアなりに1学生として残り1年、卒業(できたらだが)までの時間を楽しんでいる。
もうプロになれなかった事を悔やんではいない。大学4年の終わりに私の音楽人生は終わる、それでいいのだ。
音楽なんてくそくらえ!と大声でビールを片手に叫べる時代がいつかくるさ、そう勝手にそう思い込んでは馬鹿な私は大学の軽音楽サークルの作詞作曲(仮歌まで)を1曲1万円で受け持っている。

ただ、安い女だと笑われながら飲む安い発泡酒は腐ったヨーグルトの上澄み液を啜ったような味がするから好きでは無い。

この4年間、それなりに友達も出来て合コン飲み会合コン飲み会女子会女子会はしご旅と月月火水木金金もいいところな自堕落な日々を送っている。
二日酔いであまり化粧も乗らないまま真っ直ぐコンサートなんてざらにある。

管楽器なんてやめて今すぐパンクロッカーになってトリックアート顔負けの全身タトゥーに水を飲んだら出て来るんじゃないかってくらいの拡張ピアス、そして脱法ナントカやらで捕まってカメラに向かって舌出しながら中指立てて「それもまたロックだぜ」で締めくくるような人生も乙なものなのかもしれない。

そんな中でふと母親の顔が見たくなり電車で3駅先のマンションへ足を運んだ。
母親がこちらへ来ることはあっても私がこうして帰るのは家を出たあの日ぶりである。(年末年始は基本コンサートか友達と海外旅行だった為)

車は生憎車検日で代車を運転する気にもならず、自分でもどうして今日電車で行こうと思ったのかが不思議でたまらなかったくらいだ。

久しぶりの電車は新鮮でちらほらといる高校生に混じって空いた電車の端の席へと腰を下ろした。

目の前には緋ノ山第一高校の制服を着た男子高校生が背を向けている。背中にはギターケース。
私もギターとベースは齧った程度に触っていたから少しだけ親近感が湧いた。

ドアが空気音と共に閉まる。前の窓にお互いの顔が反射され、ふとその中で目が合った気がした。

あれ、何処かで…。そんな漫画みたいな展開になるはずがない。
合コンで失敗しすぎておかしくなってしまったのだろう。
だが、その憶測も全て外れる事になる。

「え…さち子さん?」

やはり、声変わりしてもあの子はあの子のままなのだ。驚きの余り思わずスマートフォンを落とす所だった。

「翼くん?」

大人びた雰囲気の中にある優しさや温かさ、そして寂しさを改めて感じる。
翼くんは変わっていない。

家庭環境も、その悪い意味で子供らしくないところも。
そんな中、安心している自分が一番恐ろしかった。

「声変わりしたね、私より低かった身長もうんと伸びたし。」

率直な感想を述べると豆鉄砲を食らったかのように変な顔をするものだから少し気まずくなる。

「さち子さんはさ…綺麗になったよね」

ああ、電車の嗄れたアナウンスに遮られて聞こえなきゃ良かったのに。
そしたらお互いこんなに涙が出そうなくらい恋しくなりはしなかったのに。

「照れちゃうな、もう会えない気がしてた。その髪型、最高にいかしてる。」

「…馬鹿にしてるだろ。 さち子さんこそジャズの方でもう遠い世界の人になって俺なんかもうサインどころか握手すらして貰えないような人になってるんだと思ってた。」

無垢な笑顔、裏には真っ暗な底無しの闇。彼のその笑顔に昔から私は弱かった。
チクリと魚の小骨が喉に刺さるように心臓が脈打つ度、じわりじわりと何処かしらから血が滲むような気がした。

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