そんな眼差し、蕩けそうよ

家具無し ユニットバス 申し訳程度のオートロック 月2000円の駐車場(ぼったくりではないか?) ペット厳禁 楽器禁止(アンプにヘッドフォンを繋げばOKだそうだがサックスには無意味) やたら薄い壁(隣のインターフォンが聞こえる程度に) オール電化(馬鹿にならない電気代) 冬にはロードヒーティング代金を徴収 直撃する西陽

駅近で大学、高校が近くにあるマンションで月5万はおかしいとは思ったが納得がいく。
不動産屋を恨むべきかろくに下見もせずに即決した浅はかな自分を恨むべきか。

外からは女子高生の賑やかな笑い声が聞こえ、並々ならぬ背徳感に襲われた。
楽器を置き大学が始まるまでの練習場所探しをしようとスマートフォンを取り出す。
57%の充電がやたらリアルでため息が溢れた。

そうだ、練習より先にやる事があるではないか。
はっと現実に引き戻され目の前の段ボールの山を見る。新調した家具もいくつかある上に食器類や消耗品はこれから買いに行かねばならない。

「さぁて、行くか!」

頬を叩き立ち上がる。モッズコートを着てピンクのマフラーを巻いて完全防備。
3月初旬、春ももうすぐだと言うのに寒さが容赦なく私の身体を蝕んでいった。

100円ショップ 薬局 スーパー 大手ホームセンター 大体のものは揃っている駅前はそれなりに住みやすい所と言っていいだろう。
十分に都会だ、緋ノ山第一高校という高校と私の通う大学が同じ地区にある分学生町としても栄えていて本屋や図書館などといった場所も多い。
私立高校らしく男子はカッコよく、女子は可愛らしい制服ですれ違うと(個人的に)気分が上がるくらいだ。

音楽一家という訳では無いが母親がピアノを習っていた事と父親がよくジャズを聴く事が興じてギターやベース、サックスといった楽器をやらせて貰える環境いられた私は現在ジャズバンドの一員としてサックスパートを担っている。
以前まではフリーの(もいっても所詮はちょっと初心者に毛の生えた高校生にすぎないが)サックス奏者として時にはソロコンサートをし、時にはピアノやウッドベースを交え、時にはサックス四重奏なんかにも入れて貰えたり…それなりに充実したサックス人生を歩んでいる途中である。

(まあ、プロのジャズ団体のオーディションに落ちた挙句に地方の音大にすら落ちた私はプロになれやしないだろうが。)

だが、私は人一倍の努力を続けてここまで来たという自信がある。
演奏させて貰う為ならなんだってしたし、馬鹿みたいに頭も下げた。

プロ団体に馬鹿にされたりもして泣いた事も少なくは無い。

冬の終わりの空気を思いっきり吸い込むと鼻に針金が刺さったような痛みに襲われた。
思わず真っ赤になった鼻を片手で抑えながら俯く。

もう片手には2つのレジ袋。

さあ、息を飲み込んで新たな家路につこう。
私は段々と溶けた雪が染みるブーツを疎ましく思いながらも足を急がせた。

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