妄想別館 弐号棟


鈴姫伝説 その1


濃緑の木々が生い茂る山の中。
一本道がはるか先まで続いている。
あたりは、鳥のさえずりや風に揺れる木々のざわめきが時折聞こえる程度。
が、その静寂を破るようにして『ダダッダダッ』と地響きをさせて2頭の馬が走ってきた。
先を走っていく馬には少女と言ってもいいくらいの若い娘が、追いかける馬には若い侍が乗っている。
若侍は(困ったもんだな)とつぶやいた。
なおもしばらく追いかけていたが、とうとう、
「姫、お待ちください!」と、大声で叫んだ。
姫と呼ばれた少女は、聞こえてはいるのだろうが知らんふりだ。
というよりも、却(かえ)って全力で駆けていく。
姫は十五歳前後、追っている侍は二十歳くらいであろうか。

(この辺で少し休むか)
ようやく姫君は馬を止めた。
侍は追いつくや、
「勝手に行かれては危ないではありませんか。不測の事態が起きたらなんとなされます」
と、どなった。
姫とよばれている少女は、すました顔で馬を木につなぐと、もう歩き出している。
「お待ちください。勝手に歩き回られては・・・」
若侍はあわてて馬を繋(つな)ぐと姫の後を追いかける。
「うるさいのぅ。何かあればそなたが、わらわを守うてくれるのであろう」
彼女の腰につけている鈴がチリンチリンと鳴っている。
これは彼女のお気に入りの鈴で、いつも身につけているのだ。

彼女の名は、鳴っている鈴のとおり鈴姫という。
そんじょそこらにいる嫋(たお)やかな姫ではなかった。
男勝り? おてんば? 城下でも有名な話である。
武芸に興味を持っており、少し名のある者を捕まえては武術の相手などをさせている。
今日も馬に乗ったはいいが、城の周りでは物足りず、村はずれの山の中まで来てしまった。
出がけには供回りが何人もいたのだが、お鈴の馬さばきについて行けず、
いや、まかれてしまったといった方がよいだろう、庄之助のみが、お鈴から離れず、何とかここまでこられたというわけ。
(鈴姫:やはり庄之助はやるのう。わたしの馬についてこれるとは)
庄之助は怫然としたままついていく。
「姫の男勝りには、閉口いたしまする!」
ムッとした言葉がそのまま口をついてしまう。
「まあ、そう怒るな。それより喉が渇いた。水が飲みたいのだが」
樹々の向こうは谷になっていて川が流れているのだろう。
渓流の流れる音が木々の間から聞こえてくる。
「山の下に川があるのではないか?」
「はい、美しい渓流が流れておりますよ」
「渓流? 水も飲みたいし渓流も見てみたいな。さぞ涼やかであろう」
お鈴は腕を組んで木々の下の方を見ている。
行ってみたいのだが・・・
さすがに斜面に生えている雑草や熊笹などの中を降りて行くのは容易ではなさそうだ。
足元の先が崖のようになっているかもしれない。
庄之助は姫の前に出てくると、
「某(それがし)がご案内します」
「まさか、ここから降りるのか?」
「いえ、降りられる道がございます」
「ふーん。よし案内しろ」

山道を歩いているうちに、突然庄之助は立ち止まった。
「どうした。なんで立ち止まる」  
「ここから下の沢に降りられるようになっております」
草の中に案山子(かかし)が1本立っていた。
木々の間には草が覆われていて、道などまったくわからない、
「なるほど、この案山子は目印ということなのか」
「そうです。ここは隠れ道になっています。一旦事があった際に、下の沢に降りるための道です」
鈴姫は辺りを見回して、道を探しているが、
「何も見えないわ」
「そうでしょうね。ここから下に降りる道を知っている者は、城内でもそんなに多くはありますまい。
さあ、わたしの後についてきてください」
かよわい姫様なら、危なくて仕方がないが、鈴姫なら大丈夫だろう。
彼女は後ろから興味深そうについて行く。
「ははぁ。なるほどね」
草の下は歩こうと思えば歩ける道になっていた。
チリンチリンと涼やかに鈴が鳴り続けている。

道なき道、実際は見えないようになっている道を用心深く降りていくと、
薄暗い木々の間から突然、まばゆい青空の下に出た。
2人は鬱蒼(うっそう)とした隠れ道を抜けて広々とした河原に降りてくる。
お鈴は思わず「うゎー」と声をあげてしまった。
「こんな風になっているのね。なかなか美しいところではないか」
「まぁ、すてきだわ」とつぶやいている。
庄之助がクスクス笑っている。
お鈴は「ハッ」と振り返り「な、何がおかしい!」
「姫でもそのような声をあげるのですね」
「な、何を言うか!」
鈴姫はフンと鼻を鳴らし、手ごろな岩の上に載って川の流れを見ている。
「それほど深くはないのかな。魚も泳いでいるな」
「しばらく先まで、このような流れが続いております。まあ落ちても溺(おぼ)れるようなことはありませんな」
「だれが溺れるものか!わらわは泳ぐのも得意じゃぞ」
姫は再びムスっとして、岩の上をヒョコヒョコと進みだした。
「あっ! 足場が悪いです。わたしが先に参りますよ」




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