鈴姫伝説 その2
鈴姫は大きな岩の前にきたが、手が上まで届かない。
はしたない格好でよじ登るのも、なんだか
憚られる。
どうしようかと考えているうちに、庄之助が岩の向こう側に回り込んで先に登ってしまっていた。
「やっ! どうやって登った?」
岩の取りつき方やコツを知っているのだろう。
彼は岩の上から手を出し「姫、さあ、どうぞ」と言うのであるが、
負けず嫌いのお鈴は「わらわにも登り方を教えろ」と叫んでいる。
「謹んでお断り申し上げます。刀梯子という方法ですが、姫にお教えすると危のうございますからな」
川に落ちたら困ると言っている。
「無礼な! どうしてもわたしを川の中に落としたいのか!」
「無礼でもなんでも結構でございますよ。さあ、姫、お手を。それとももう城に戻りますかな」
彼女はうなっていたが、仕方がない。彼女は手を出した。
庄之助は鈴姫の手をつかんで「ヨッ」とばかりに、しかも簡単に引き上げた。
「す、すまぬな・・・」
めずらしくしおらしい鈴姫であった。
ゴツゴツした岩を乗り越え飛び越え川を渡り、緩やかな流れになっている淵まできた。
「この場所は、いつも私どもが、沢に降りてきたときに休んでいる所です。
さ、ここならきれいな流れに手が届きますでしょ。手ですくって水も飲めますよ」
2人は水を飲んで少し休むことにした。
お鈴は手ごろな岩に腰かけると、
草履を脱いで、素足を水につけてバシャバシャしだした。
「あぁ、気持ちがいいな。水が冷たい」
庄之助は思わず、顔をそむけてしまった。
お鈴は美しい姫である。
普段は無造作に髪の毛を束ねて、家臣を容赦なく叱りつけているが、
白い足を見ていると「やっぱり女性なんだなぁ」と思ってしまった。
姫である以上、本来家臣の分際で、なれなれしく近づけるものではない。
やはり高嶺の花なのである。
庄之助も実はひそかに恋心を持っていたのであるが・・・
必死に馬を追いかけたのもそのような思いが、もしかしたらあったのかも。
姫とお供の家来。
身分の差は歴然であるが、今は千載一遇のチャンスとでもいうべきだ。
2人きりでぬけるような開放感がある。
なにか欲情してしまいそうな気配・・・
突発的なことでも起きそうな気配・・・
「いやいや、それはなるまい!」
庄之助は変な考えを必死に振り払おうとする。
お鈴は庄之助の視線に気が付いたのか、振り返って彼を見ていたが、
「どうかしたのか。庄之助?」
「い、いえ、なんでもありません」
彼があわてて顔を背けた意図がまったくわからない。
川ははるか向こうまで流れていく。
「この流れの先はどうなっているのだ。ずっとこんななのか?」
「そうですね。案山子が2本立っているところまでは」
「また案山子か」
「はい。目印となっております。そこまでの流れは比較的穏やかです」
だから・・・
「川に落ちても大丈夫ですよ。姫様」
「まだ言うのか! しつこい奴め」
しかしその先はすごい急流になっている。川の中に入るのは危険だという。
実は戦の時には、そのあたりに罠をしかける用意もあるらしい、と、鈴姫に説明する。
「フーン。よし、そこまで行ってみよう。わらわも見ておく必要がある」
好奇心旺盛な彼女は「後学のためだ」など言っている。
そもそも合戦の際に彼女が出てくる機会などない。
「姫は出陣するおつもりですか? さあもういい加減に城に戻りましょう」
見ても仕方がないでしょう、と促す庄之助をフフンと鼻で笑い、
「それなら、そなた1人で戻っていてよいぞ」
お鈴は引かずに、置いてあった草履や小刀を手につかむと裸足のまま岩の上を歩き出した。
「あ、あ、姫、ちょっと! 危のうございますよ、姫、お待ちください!」
庄之助もやむなく・・・岩の上をヒョコヒョコと歩き出した。
先に進むと、なるほど案山子が2体立っている。
わざわざ男物と女物の着物をそれぞれ着せている。
「
夫婦案山子のつもりか」
そして、そこらの岩から向こうは川の流れも相当な勢いに変わっている。
「この岩のあたりまでは、まだ流れも穏やかです。川に入っても大丈夫ですが、岩の向こうからはいきなり急流となっていますぞ」
かなり大きな岩がゴツゴツと転がっている。
ここにきて鈴姫はウロウロしている。
「やっぱり登れないわ・・・」
取りつくところがまったくない。道具でも使わねば無理なような・・・
しかし庄之助は、刀に足をかけるとサッと登ってしまった。
「あっ、ああいう風にするのか」
お鈴があきれるように見上げていると庄之助は手を出してきた。
「あとで、わらわもやってみよう」
「姫、いいかげんになさいま・・・あっ!」
庄之助はお鈴を引き上げたのだが、その拍子にすべって仰向けに倒れてしまった。
今度は鈴姫が「あっ」と声を上げた。
なんということか!
お鈴は庄之助の上に覆いかぶさり、抱きつくようになってしまった。
「あ痛てて!」
「だ、大丈夫か」
「大丈夫です。姫こそお怪我は」
鈴姫は真っ赤になりながら起き上がった。
「わたしは大丈夫だ。おぬしこそ本当に大丈夫か。背中を打ったであろう」
「いえ、大丈夫です」
姫も庄之助も鼓動が激しくなって・・・
お鈴はこの場をなんとか紛らわそうとして、
「よい、今度は私が先に行く」
姫は岩から飛び降りると、飛び石を渡ってどんどん先に行ってしまう。
「あ、姫、危ないですってば。待って下さい」
鈴姫はさっそく今の方法を試したようだ。
うまく登ったようで、岩の上で庄之助を待っている。
「ほら、わらわも登れたぞ。早く手を出せ」と言っている。
「しょうがないなぁ」
お鈴は上機嫌に笑いながら手を出して、庄之助をうまく引き上げた。
そこまでは良かったがさがった拍子に足が滑った。
「あーぁっ!」
何という事か、今度は鈴が仰向けに倒れて、その上に庄之助が覆いかぶさるようになってしまった。
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