妄想別館 弐号棟


凍り魚 その1


昔むかし、北国のお話である。

ある暑い夏の日。
家老 榎木戸守全が、所用で娘を連れて登城した。
しかし急な評定が入り、娘は「しばらく一人で遊んでいなさい」ということになってしまった。
娘がぽつねんと立っていると。
「おい、いいところに連れて行ってやる」
振り向くと小綺麗な身なりの男の子が立っていた。
「ついてまいれ」
娘に声をかけたのは、殿様の息子、つまり、この城の跡継ぎである。
名を忠三郎という。
家老の娘は名を紫穂という。
忠三郎は14歳、紫穂は12歳の時であった。

「どこまで登るのです」
「もうすグじゃ」
2人の子どもは山道を登っていく。
この城は山城であり、山道と言っても、ここは城の裏手である。
息を切らせつつ、忠三郎が紫穂を連れてきたのは、頂上ではなかった。
登り道はまだ先に続いており、頂上はその先に見えている。
忠三郎たちが今いるのは、山の北側斜面の一部を切り開いたような平地であった。
「さあここじゃ」
「?」
紫穂が見回すと沢の水がチョロチョロと流れ込んでいる大きな池がある。
いや、池というよりは田んぼのようだ。
四角形に区分けをして、あきらかに人手で作られている。それに結構深そうだ。
「田んぼですか」
「いやちがう。氷を作るのだ」
「こお・・・り?」
「そうだ。そこで冬にできた氷を保蔵しておき、夏に使うのだ」
「保蔵・・・どこで?」
忠三郎が指した山の岩肌のところには、頑丈そうな扉が付いているではないか。

ギーギギーイ。
重そうな音を立てて忠三郎が扉を開けた。
もってきたロウソクに火をともして、中に入って少し歩くと、
「うわーぁ」 
紫穂は思わず声をあげてしまった。
まさに天然の氷室だ。
呆然としつつも「夏でもこの氷は解けないのですか」と、問いかける。
「さよう。この洞窟の中は、夏でもほとんど気温が上がらないからな」
たしかにひんやり、いや、凍えるくらいに寒くなってきた。
手前には、畳ほどの大きさに切り出した、氷の板が何枚も置いてある。
「ずいぶん厚い氷ですこと」
紫穂は興味深そうに見回す。
「あら?」
奥の方には少し小さく切った、やはり氷の板や四角い柱のようになったものが立てかけてある。
そして、その中に魚がいるではないか。
いやいや、魚は氷漬けになっているのだ。
「まあ、あれはなんですか」
忠三郎は、やや得意げに話し出す。
「わしらは凍り魚と呼んでいる」
「こおりうお?」
「池からとびだした魚は、寒さですぐに凍ってしまうんだ」
紫穂は不思議そうにフンフンとうなずいている。
「その上に雨や雪がたまると・・・」
凍った魚が、さらに氷の中にとじこめられてしまうというわけだ。
ゆっくりゆっくり凍るので、氷の中にはほとんど空気が入らない。
透明な氷は向こう側まで見えている。
「洞窟の向こう側が見えますね」
忠三郎も奥の方に積まれた氷柱を覗き込むように見て、
「あの氷の魚は、わしの父上が、子どもの時のものだそうだ」
「お殿様の?そんなに古いものなのですか」
何という魚か知らないが、ほのかなろうそくの光に、魚体がキラキラと輝いて見える。
「まあきれい」
「そうだろう。ずっと、生きていた時と同じままだからな」
「本当にきれい」
紫穂は再び同じことを言った。
「ずっとこのままきれいなのかしら。ね、若様?」
彼女が不意に振り返ると、彼は彼女のことををじっと見つめていた。
「え?」
彼はあわてて目を背けた。
「?」
「少し、さ、寒くなってきたな」
2人は外に出た。
「ちょっと待て」
「はい?」
忠三郎は、木の所に行き、袴の前をめくって〇〇っ〇を始めた。
「あれぇー」
紫穂は顔を覆って、
「若様は、お行儀がよろしくありません」
叫んでしまった。
忠三郎は笑いながら
「何をいう。戦場にでもでれば、こんなことは当たり前ではないか」
「ここは戦場ではございませぬ。おなごの前では、はしたのうございます」
「そうかな(なかなかはっきりと物を申す娘だな)」
紫穂は、忠三郎の一物を見てしまい、真っ赤になっているが、
(殿方のあそこはあんなふうになっているんだ)
胸の動悸がしばらく納まらなかった。



- 1 -

*前次#

物語の部屋 目次へ