妄想別館 弐号棟


凍り魚 その2


紫穂が再び城を訪れたのは、2年後の正月のこと。

この頃、紫穂は忠三郎のことが非常に気にかかるようになっていた。
家老の守善が年始の挨拶に伺う際に、
「わたくしも、ぜひごいっしょに」などと言ってしまった。
守善にたしなめられたのだが、その話が忠三郎に伝わったのであろう。
「おお、是非まいれ」という話になり、数日後に登城することになった。

忠三郎と紫穂は、また、あの氷室を見に行った。
晴れてはいるが、夏とは違い、ビュービューと音を立てて吹きすさぶ風は恐ろしく冷たい。
「身を切るような冷たさですわ。痛いような感じ」
「なんのこれしき、これぐらいの方が、体はしまるわい」
「ふふ、お強そうなこと」
しかし実際のところ、紫穂は寒さについてはあまリ気にならなかった。
それよりも、ときどき忠三郎を見つめている自分にハッとしながら、
(あたしったら、どうしたのかしら?若殿様が気になってしょうがないわ)

少し積もった雪をザクザクと踏みしめて、山の氷室のところまで来た。
例の池を見ると、見事なほど分厚い氷が張っている。
「どうだ、こんなに分厚くなるんだぞ」
忠三郎は、ガシガシと氷を踏んでいる。
そして日の光を反射して目が痛いくらいのまぶしさである。
「美しい。あ!」
沢の水はバシャバシャと勢いよく池に流れ込むので、そこだけは凍ってはいない。
しかし沢の水から飛び出してしまった魚は、すぐに凍ってしまうのだろう。
周りに張った氷の上に数匹、真っ白くなって横たわっている。
「水から飛び出して凍ってしまったのね」
よく見ると、氷の中に閉じ込められているのも何匹かいる。
「若様、あれを」
「ん、なんだ」
「魚が氷漬けに、凍り魚でしたっけ」
「おお、そうだ、凍り魚だ。あの氷の上の白い魚もやがては氷漬けになるんだ」
「まあ!少しかわいそうな気もしますが、でもですね・・・」
「でも?でもなんだ」
「真っ白くなってしまった魚も、それはそれでキラキラと輝いていてとても美しいですわ」
「そなたは何でも美しく見えるのじゃな」
笑った。
「え?」と紫穂もつられてにっこり微笑んだ。

ふと紫穂は、重々無礼とは感じたが、若殿に甘えてみたくなった。
(怒られるかしら)
でも思い切って、
「若様、あの魚を手に取ってみてみたいのですが」
ちょっと足場の悪い、沢の水が流れ込んでいるところに落ちている魚を指さした。
「ん?よし」
忠三郎は何の躊躇もなく、そばの木の枝を折って、魚を手前に寄せた。
「ほら」
「ありがとうございます」
紫穂は魚のしっぽを持ってぶらぶらさせてみた。
「まぁ、カチンカチン。お日様に当たっても融けないのですね」
「ああ、すごく気温が低いからな」
今度は魚の頭を上に向けてみたが、ピーンと立っている。
紫穂は笑い出した。
「まあ、形が全然変わらないわ」
忠三郎は、からかうようにニヤニヤしながら、
「そうだろうな。でも紫穂だって外に一晩出ていればその魚のようになってしまうんだぞ」
一瞬、柔らかい彼女がカチカチになるところを想像してみた。
「まあ、いやですわ。風邪をひいてしまいます」
「風邪をひくか・・・ハハハそうだろうな」
「でも、ずっとずっと美しいままなのでしょうね」
「え?」
「この魚たち、ぜんぜん変わりませんもの」
魚をプラプラさせながら、
「永遠に若くて美しいままというのは少し魅力がございますわ」
紫穂はこの時、永遠の美しさを持った魚を本気でうらやましく思った。
そして氷に閉じ込められて動かない自分が、忠三郎に見つめられているところを想像してしまった。
胸がドキンとしたが、あわてて、
「でもやっぱり死ぬのは怖い」
「そうだろうな。そなたなら美しいだろうな」
「え?」
ちぐはぐな返事に振り返ると、忠三郎もあわててうつむいた。
赤くなっている。
「いやなんでもない。そろそろ日がかげる。もどろう。あ、待て」
忠三郎は、前の時と同じように、また、木の所に行き・・・・を始めた。
「あっ!」紫穂はおもわず声を上げてしまった。
雪の上に黄色い跡が増えていく。
「もういやっ!またですか?」
紫穂は仁王立ちのようになりながらも、しかし今回は顔を背けなかった。
「紫穂は、紫穂は目をそむけませぬ。見ていてあげる」
忠三郎は笑いながら、
「ん?そなたは・・・いったい何を言っておるのだ」
(本当だ!あたしは何を言ってるんだろ!)
しかし彼は、真っ赤になって自分を見つめている紫穂を見ながら、
「ハハハ、寒いのだ。しかたなかろう。おぬしもしたければすればよかろう」
「まあ!そんなはしたない事できませぬよ。それにおなごの大事なところは、そうそう人に見せるものではありませぬ。でも・・・」
「またでもか。でもなんなんだ」
「若様が私を好いてくださるなら、お見せしてもよろしうございますよ(思ってもみなかった言葉が出てしまったわ)」
「フフ。何を言い出すかと思えば、小癪なことを。でも、そなたはなかなか度胸のありそうなやつだな」
かわいいと思った。
「うそでもわたくしを好きと言ってくだされば、すべてをお見せしてもよいですわ」
「う・・・」
詰まったが、
「い、言わん!」むきになって言った。
顔が真っ赤になっている。
紫穂は噴き出してしまった。
「まぁ。でも紫穂はそうお約束しておきますわ。勝手にですけれどもね」
忠三郎も噴き出してしまった。
「勝手にせい」
「フフ、勝手にいたしますわ」
目が合った2人であったが。
そしてお互い、相手が自分をどのように思っているか、何となくわかったのだった。



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