凍り魚 その4
翌日の夜明け前。
男たちが再び登ってきた。
彼女は目を見開いて、ガチンガチンになっていた。
しかし恐怖や苦痛の表情はもちろんなく、穏やかに微笑んでいた。
男たちは、涙や鼻水がガチガチに凍り付いている、顔の周りをていねいに拭いてやった。
拭きとると、顔が光を反射するように輝きだした。
「う、美しい」
おもわず誰かがつぶやいた。
男たちはすばやく手入れを始めた。
白装束の前の股の周りから下が黄色くなっている。
これもしかたがないことでアろう。
「脱がすぞ」
白装束を脱がされた紫穂はあられもない姿をさらけだしたが、周りの白い景色に白い体が溶け込んでいて、あまり違和感がない。
真っ白な人形のようになっている。
1人がおそるおそる大事なところをぬぐってやる。
雪をつけて、ゴシゴシやってみるが、弾力がまったくなく
「石をこすっているような感じだな」
他の者も腹や足など拭いているが、なるほど、白い石を磨いているようで変な感じだ。
次に手足の紐をほどき、
「おい、気を付けて運べよ」
池にはすでに氷が張っているが、ゆっくりとあおむけにおろした。
手足の先端が、反り返った胴体を支えるようにしている。
「これでいいかな」
男たちはうなづくと、沢の水の関を開けて池に水が流れ込むようにした。
紫穂の手足の先端が水に浸かり始めるが、すぐにその周りから凍りだした。
水はチョロチョロと流れ込むが、もうすでに手の肘、足の膝のあたり、さらには尻や背中まで水に浸かりはじめた。
みなはその様子をしばらく見ていたが、ふと誰かが気が付いたように空を見上げ、
「やあ、降ってきた。しばらくは雪が降り続きそうだな」
と言った。
さらに数日たち、再び男たちが登ってきた。
この日は、供の者数人をつれて忠三郎も現れた。
すでに切り出された氷が、池の横に置かれている。
氷の中にはもちろん、全裸の紫穂が大開きの恰好で空を仰いでいる。
男たちは氷柱の周りに立ち、これを見下ろしている。
「これにて、紫穂の処刑も終了でございまするな」
「うむ」
忠三郎はほとんど無言で見ている。
(紫穂の成れの果てか)
磔木で凍った時は真っ白だったが、氷の中に閉じ込められた彼女は再び色がついている。
透明な氷の中で輝いているようだ。
言葉には出さないが、誰もが本当に『美しい』と思った。
忠三郎が覗き込むと、彼女は微笑み返しているようにもみえる。
「おや?」
どこからか紫穂の声が聞こえたような気がした。
『若様、これでわたくしも約束を守れましたわ。さあ、わたくしのすべてを存分にご覧くださいませ』
ドキリとして氷を見るが、紫穂の顔はニッコリとしたままだし、目は空を仰いだままである。
「そんなことはあるまい」
忠三郎は笑いながら首を振った。
「さて殿、これをいかが致します。すぐに氷室の中に入れて・・・」
「いや、一応罪人の娘である。冬の間中、市中にて晒せ。氷室に入れるのは春になる少し前でよい」
吹っ切れたように、いや、吹っ切るように言った。
後日談である。
紫穂の氷漬けは、市中でしばらくの間、晒された。
むごいことをするという者、気の毒だという者、様々なうわさが立ったが、なにせ、若い娘の全裸である。
とうとう、いたずらする者もあらわれはじめた。
股の氷の所に穴があいていたり、乳房の所の氷が削られていたりと。
しまいには、見張りを立てるような始末となった。
しかしある晩のこと、見張りが目を離したすきに、紫穂の氷が消えてしまった。
「なにぃ、盗まれたと。すぐに探し出し、犯人を捕らえよ」
忠三郎は嘆いたがどうしようもない。
結局、氷は紫穂ごと見つからなかった。
そして数年後、近隣の地方で妙な興行のうわさが時折聞こえてくるようになった。
「冬になると、氷漬けの全裸の女の見世物がくる」と。
さらに余談ではあるが、忠三郎の城は、ほどなく隣国に攻め滅ぼされてしまった。
あの氷室も、その際に破壊されて、跡形もなくなってしまったとのことである。
しかし例の興行については、なぜか末永く続いたようである。
凍り魚 完
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