妄想別館 弐号棟


凍り魚 その3


時は流れて・・・
忠三郎が18歳になった年、殿様が亡くなった。
彼が新しい殿様になるわけだが、その時に藩を二分するお家騒動が起きた。
忠三郎の弟を跡取りにしようと、反対派が騒動を起こそうとしたのだ。
そして、反対派の頭目は、なんと紫穂の父親の榎木戸守全であった。
が、しかし、この謀反は忠三郎派によってただちに鎮圧されてしまった。
そして・・・

「あらかたの仕置きは済ンだな」
「はい、おおせのとおり、家老一族はほぼ処刑いたしましたが、娘の紫穂のみはまだ」
「申しおいたとおりにいたしてあるな」
「はっ」
紫穂は、城内の座敷牢に入れられている。
通例なら、謀反者は即刻処刑なのだが、厚遇である。
「会ってまいる」

座敷牢の所に来ると、紫穂は膝をただした。
「わか・・・いえ、お殿様」
「そなたの一族は、定法にのっとり、処刑した。悪く思うな」
「存じております。やむをえません」
「そなたのみは、予はできれば追放等の措置で済ませたいと思っている」
「いえ、それでは、法を曲げることになります。それにわたくしは独り身で生きていくのも辛うござります」
生きのびても娼婦のような境涯に落ちてしまうのはわかりきっている。
忠三郎は
「しかし、予はそなたを死なせたくはない」
「それはなりませぬ」
さえぎるようにピシャリといった。
「これは、一族郎党同罪、全員の罪でございます。わたしも武士の娘でございます。わたしひとりだけ生き延びようとも思いません。どうか存分なお仕置きを」
「そうか」
忠三郎はうなだれながら、
「やむをえまい。では明朝、首を打つことにいたそう」
「お待ちください]
「?」
「若殿は、いえ、忠三郎様は、わたくしめのことを、紫穂のことを、どう思いですか」
「え?」
一途に見つめている目が潤んでいる。
紫穂の意図はわかりきっている。
しばしの間があり、やがて、
「好きだ」と言った。
彼女は微笑み。
「もったいなきお言葉です。でもうれしい」
紫穂は続けて言った。
「今生に、もう思い残すことはございません。わたくしも殿、いえ若様に、報いるような死に方を選ばせてくださいませ。お願いいたします。どうかお聞き届けくださいますように」

数日後。
6人ほどの屈強な男たちに担がれた駕籠が城から出てきた。
中には紫穂が乗っている。
彼女は死装束を着ているが、その下には何もつけていない。
風もなく雪も降っているわけでもないのだが、凍てつくような厳しい寒さである。
「寒い・・・」
ボソッと彼女はつぶやいた。
駕籠はしずしずと山道を登っていき、やがて例の池の所でとまった。
男たちは駕籠を下ろすと大の字形の磔木の組み立てを始めた。
彼女は駕籠のすきまからのぞき見た。
(私の体は、永遠に残る。美しいままで)

彼女が忠三郎に望んだ処刑方法は、自ら氷漬けになることであった。
『美しいまま永遠に忠三郎様のおそばにいられる』
忠三郎は驚き、止めようとしたが、紫穂は必死に嘆願し、ガンとしてきかなかった。
「どのような死に方でも同じでございましょう」
「しかし」
「それに、あの魚たちのようにわたくしも美しく永遠に輝ければと思います」
「だが、凍り付くまで苦しいのではないか」
「忠三郎様のことを思っていれば、何ほどのことがありましょうや。それに・・・」
「それに?」
「忠三郎様とのお約束がまだ・・・」
「約束?」
紫穂はうつむいた。
「はい。お約束です」

忠三郎はついに折れた。
「わかった。そなたの好きなようにせよ」
彼女はさらに忠三郎にいろいろとお願いごとをした。
そして最後に『わたしが完全に氷漬けになってから見てほしい』とたのんだ。
「若様はお願い通りにしてくれるかしら」
男たちが吐く息は真っ白で、外の寒さを物語っている。
磔木はついにできあがった。
手足を大きく開けるように、そしてややそりかえるように仕立ててある。
「紫穂さま、準備はできましたぞ」
「ご苦労様です」
紫穂は駕籠からでてきた。
冷たい!
足の裏は痛いほどであるが、しかし彼女は何気ない様子を装い磔木まで歩いていった。
「さあ、わたくしを縛り付けてください」
紫穂は罪人であるため「本当にいいんですか」とも聞けない。
「どうぞ」
紫穂は足を大きく開いて、足の磔木に合わせた。
男たちはしゃがみこみ、ひもでくくりつける。
逃げるなんてことは微塵も考えていないが、寒さで錯乱などして動かないように、固定するためだ。
足が終わり、手も縛り終えた。
この寒さで一晩いれば、紫穂はカチンカチンに凍り付いてしまうだろう。
「明日の明け方に、もう一度来て、池の上にお寝かせすればよろしいのですね」
そうすれば、徐々に水に浸り、そして徐々に凍っていく。
「はい、そうしてください。そうすれば・・・そうすれば翌日、いえ翌々日にはまちがいなく・・・」
あとはさすがに言葉に出せなかった。
(わたしの立派な氷漬けができあがるでしょう)
「一つだけお願いが」
「なんでしょう?」
彼女の顔は寒さで、もう真っ青になっている。
それでも震えながら、
「意識がなくなれば、どんな粗相(そそう)をするかわかりませぬ。
 その時は後始末をよろしくお願いします。お見苦しいところを殿には見られたくないのです」
「も、もちろんですとも」
「それから、もし目をつぶってしまっていたら、まぶたを開けてほしいのですが」
「・・・・・」

紫穂は去っていく男たちと駕籠を見つめていたが、やがてそれも見えなくなった。
どんよりとした灰色の空を見上げるが、すぐにも降ってくるかと思った雪は、なかなか降ってこない。
「忠三郎様は、わたしの氷漬けを見て美しいと思ってくれるかしら」
彼女の白い体は、さらに白くなっていく。
「そしてずっとずっと大切にしてくださるかしら」
痛かった感覚も、今は、ジーンとしびれるようなっている。
「目をつぶってはいけないわ。笑ったまま凍らなければ」
しかし、気が付くと目をつぶっている。
目の痛みもなくなり、もうだるいだけになっている。
「まぶたがこんなに重たいなんて。あ、いけない!」
気力を奮い起こそうとはするが、もう意識も朦朧としている。
「あ、降ってきた」
雪はヒラリヒラリと風に翻弄されながら舞っている。
そして雪の積もった白い地面にふれれば、もうどこに落ちたのかわからなくなってしまう。
「はかないものね」
紫穂はうわごとのように言い、氷室の魚たちを思い出した。
「でも、あのお魚たちは美しいままね。紫穂も凍り魚のようになって永遠に・・・」
朦朧とした頭の中に情景が浮かんでくる。
氷室の中には、凍り魚が美しく並べられている。
しかしなんといっても中心に置かれている紫穂の氷柱がひときわ輝いている。
「美しいだろうな」
ヒラヒラと舞っている雪とあたりの雪景色がなんとなくぼやけてきた。
「あら?」
目の前はさらにぼやけていく。
白かった雪景色がだんだん暗い色に変わっていって・・・




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