妄想別館 弐号棟


リクエストの絵 その1


俺は某高校の3年生。
美術クラブに所属している。

ある日の放課後、部室(美術室)に向かうべく廊下を歩いていると、
「ん?」
美術科(うちのクラブの顧問でもある)、吉川理沙 先生が、絵を台車に載せて運んでいる。
大変そうだな。
「先生、俺も手伝います」と声をかけると、
「あ、ちょうどいいところに。それじゃ少し手伝ってもらおうかな」
この絵はたしか校舎入口の玄関ホールにかかっていたものだな。
「どうして外すんですか。この絵」
先生の話では、野球部員が、ボールを放りながら歩いていて、この絵にぶつけてしまったそうだ。
なるほど。へこんだ傷ができていて、絵の具がはげているところがある。
見苦しいので先生が修繕するらしい。

この絵は、校舎の玄関にかけるだけあってかなリ大きい。
3m✕2m、いやもう少し大きいかな。
描かれているのは風景画だ。
広がっている原っぱに、あごひげを生やして、シルクハットをかぶった男の人が、数人の少女たちとおしゃべりをしている。
楽しそうな雰囲気だな。絵から笑顔があふれてくる感じがする。
「この絵は『仲良しの丘』という題ね」
「仲良しの丘。なるほどね」
「でも別名の『リクエストの絵』の方が有名らしいの」
「リクエスト?なんですかそれ。希望を聞いてくれるとか」
先生はフフフと笑いながら
「わかんないわ。でもそうかもね」
「え?」
「この絵の前で楽しそうにしてると願いが叶うんだってさ」
「?」

美術室では女子が数人、楽しそうにおしゃべりをしている。
事情により今週は1、2年生は出てこない。
つまりここにいるのは皆3年生。
おまけに、まったくの偶然ではあるが全員学級委員なのだ。
学級委員でないのは俺だけ。
A組の 小林あかね とD組の 松本久美子が寄ってきた。
「どうしたんですかこれ」
先生は手ぶりを交えて事情を説明している。
他の4人も「どれどれ」と言って近寄ってきた。
えーと、一応、残りの子の名を記しておく。
B組 木村理恵  C組 本間 啓  E組 山川美江  F組 松嶋夏希。
この連中は『仲がいい』。言い直す『とても仲がいい』。
もちろんクラスは別々だが、何かの打ち合わせや相談ごとを、この美術室でしょっちゅうやっている。
絵を描く時間よりおしゃべりの方が多いんじゃないか。
この絵を持ち込んだ時も、すごい盛り上がり方をしていたな。
なんの話題だろう。旅行用のパンフレットがちらばっているが。
「え、温泉旅行?」
そうか、彼女たちは卒業前に温泉の1泊旅行に行くとか言ってたっけ。

先生は「ちょっと手伝ってくれるかな」
そう言って、工房と呼ばれている部屋の中に入っていった。
いろいろな工具や画材が置いてある部屋だ。
女たちも「はーい」と軽い返事をして、6人ともついて行ってしまった。
「俺はここでデッサンをしてます」
俺は混ざる気になれないので教室に残ることにした。
そばに置いてあった模型の果物を適当にかごに入れて、静物画のスケッチを始めた。

「よしできた」
どれくらい時間がたったのだろう。
夢中になっていて気付かなかったが、外はそろそろ暗くなってきている。
時計を見ると5時を少し回ったところだ。
まだ作業は終わらないのかな。
俺は工房の中に入ってみたが、室内には誰もいなかった。
電気も消えているし、作業をしていた様子もない。
例の絵には布が掛けられていた。
張り紙があり『明日までいじらないように』と、書かれている。
作業は終わってたのか。でもおかしいな。皆はどこに行った。帰ってしまったのかな。
隣の美術教員室も電気が消えているし。そうとしか思えない。
「帰るンなら一言くらい声をかけてくれてもいいじゃんかよ」
とブツブツ言いながら、消灯、戸締りをして部室を後にした。

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