月下氷人 その1
明日から冬休み。
高校生の翔太は年末年始にかけて、北海道に家族旅行に行く予定なのだ。
「楽しみだな」
想像しているだけで頬が緩んでくる。
「スキーをやって、おいしいものを食べて、温泉に入って」
突然、後ろから、
「ちょっと翔太」
振り向くとクラスリーダーの理沙が立っている。
「あんた年明けの予定表のプリント、みんなに配ってくれた」
ほんわりとかみしめるように味わっていた空想が消し飛んでしまった。
ムッとしながら、
「なんだよ。配ったよ。しつこいな」
「さっきも忘れてたから、確認してあげたのよ」
「恩着せがましく言うなよ。うるさいな。まったく。チェ、あ!」
舌打ちをして体をひねったら、肘(ひじ)が机の上の筆箱に当たって飛び散った。
そして筆箱の本体は、彼女のアソコにもろに命中した。
「しまった」と思うよりも早く、
「きゃっ!何すんの。イヤラシイな」
彼女は手でジーンズのジッパー部分を覆って、
「わざとでしょ。何考えてんのよ」
「わ、悪かったよ。わざとじゃないんだってばさ」
キャーキャー言い合っている2人だが、実はひそかに理沙は翔太のことが好きなのだ。
そして翔太も理沙のことが本当は好きなのである。
『相思相愛』のはずが、なぜかいつもけんかのようになってしまう。
2人とも心の中で、
(あーぁ、またやっちゃった)
話は進んで数日後。
翔太は「あー気持ちいいな」
湯船に1人浸かりながらノホホンとしている。
結構有名な旅館だ。スキーを一日楽しんで、こうしてお湯に浸かって。
「ん?」ふと気がつくと浴室の奥に扉がある。
(あんな奥に扉なんてあったっけな)
『川沿いの露天風呂への入口』と書いてある。
(露天風呂?そんなのあったんだ)
パンフレットには露天風呂のことは載ってなかったと思ったが・・・
しかし非常に興味をそそる。
(せっかくだし、入ってみようかな)
扉をガラリと開けると、みごとな雪見風呂であった。
形の良い岩でなにげなく縁取り造られた湯船。
上には雪が積もっていて、白い雪と黒い岩のコントラストが美しく映えている。
「うゎぁ、これは風情があるな」
湯船から湧きたつ湯気がすごい。
霧が湧いているみたいで、周りがまるで見えない。
しかし、これはこれで幻想的な雰囲気を醸(かも)し出している。
すぐ向こうに川が流れていて、ザォーザォ−と音がしている。
(後で川の方にも行ってみようかな。う、寒い。早く入ろう。あれ)
翔太は、一足、湯船に足を入れたところで、体が止まった。
(誰かいる)
しかも女性のようだ。湯気でよくは見えないが、こっちを見ている。
(まさかこの露天風呂は混浴)
どうもそのようだ。
ここの露天風呂は男の内湯からも女の内湯からも入れるようになっているんだろうな。
この女性も、女性専用の露天風呂と思って入る気になったのだろう。
混浴と知っていたなら入らなかったに違いない。
(どうしようかな)
せっかくだし、混浴ならなおさら興味をそそられる。
まあね、別に女性の裸を見れるとは思っていないし、期待もしていない。
いやいや、期待はするけどそんな僥倖(ぎょうこう)はほとんどないだろう、という意味。
変な事すると、通報されてしまうし、ここは理性的、紳士的に行こう、と思った。
翔太は腰に巻いた手ぬぐいを締め直して「失礼します」と言って、奥の方に行こうとした。
(この人まだ見ている)
女性は動かないでじっと翔太の方を見ている。
男(翔太)が入ってきたので警戒しているのだろう。
風がスット吹いて湯気が少し薄れた。
とたんに、その女性はバシャンと湯船に肩までつかり、叫び声をあげた。
「ギャッ!翔太じゃないのよ!」
「え?えぇぇ!!」
よく見れば理沙であった。
2人はしばらく目を大きく開けたまま固まっていたが、
「どうしてお前がいるんだよ」
「それはこっちのセリフ」
どうやら理沙も北海道に旅行に来たらしい。
そして同じ宿に、たまたま、本当にたまたま泊まったらしい。
いや、まったくの偶然が重なってね。
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