月下氷人 その2
翔太は立ったまま固まっていたが、理沙の視線に気がついた。
手ぬぐいで腰を覆っているとはいえ、前が出っ張っている。
理沙は口まで湯船に浸かって、目を大きく見開いて凝視している。
「あ!」
ザボンとばかりに、翔太は慌てて湯船にとびこんだ。
今度はバシャッと、水(お湯)しぶきが、もろに理沙の顔にかかる。
理沙は舌を出しながら「ぶえぇ、何すんのよ」
「いやらしいな、おい!どこ見てんだ」
「何言ってんのよ。わいせつ物陳列が。
そっちこそあたしの裸を見に、北海道までついてきたんでしょ。いやらしい」
「バカ言ってんじゃないよ」
翔太は、しかし動悸がする。
めちゃくちゃドキドキしている。
目の前に裸の女、しかも大好きな理沙がいる。
夢のような話だ。
(これはうまく行けば・・・)
理沙は理沙でやはり同じようなことを思った。
さっき翔太がチラと後ろを向いた時に背中が見えたが、
(やっぱ、翔太って結構たくましいんだな。胸もぶ厚いし)
なんか顔が赤くなって、体がうずいてくる。
この場はチャンスである。
翔太はわざと穏やか口調なって、
「まあ、落ち着いて話そうぜ」
「あんたが襲わないと約束するなら、いいよ」
翔太は再びムッとして、
「何で俺がお前を襲わなきゃなんないんだよ」
「わかったわかった。そう。それじゃお話ししましょう」
何気なく深呼吸をして、理沙の方から話の口火を切る。
「あんた旅行で北海道に来たの」
「そう、お前もか」
「そうだよ」
「そうか偶然だな。しかも風呂の中で一緒になるとは」
「お風呂で一緒って、なに考えてんのよ、スケベ」
「え?なんだって?」
「いやなんでもない。飛行機で来たの?」
「ああ、飛行機で。お前も」
「うん、あたしも飛行機で来たの」
状況が状況だし、お互いドキドキしていて、気の利いた会話にならない。
ちぐはぐな会話が続く。
気をつけて話さないと、普段のようにすぐに口喧嘩の方向に行ってしまいそう。
翔太は言葉を選びながら、
「ここ有名な旅館なんだよな」
「そうらしいわね」
「やっぱりそうか」
「そうよ。それがどうかしたの」
「なんだその言い草。いやなんでもない」
(理沙:あ、口答えしちゃった)
理沙はしまったぁと思った。
(理沙:あたしってバカね。なんとか会話をつなげないと)
2人はしだいにあせりだした。
(翔太:このままだと『もう風呂から上がる』とか、いいだしそうだな。何とか引き止めないと)
(理沙:翔太と良い仲になれるチャンスなのにぃ。いや、もしかして一線を超えちゃうかも。キャー)
うまい具合に雪がちらついてきた。
これを話題にしよう。
「雪が降ってきたな。雪見風呂って風流でしゃれてるね」
「そうだね、ロマンチックだね。でも寒くなるね」
「そうだな。いやいや、湯船に浸かってれば寒くないだろ」
「湯船の中ならね。でも頭は寒い、いえ、なんでもない、そうだね」
2人はうつむいてしまった。
(翔太:どうしよう、まずいな)
(理沙:このままじゃまずいわ)
その時、理沙は(そうだ!)と思い出した。
「あのさ、SNSで見たんだけど、この宿って神様がいるんだって。知ってた」
「知らん」
「どんな神様なのかな」
「知らないよ」
理沙はムカッときて「なんだよ。あたしの話に少しは興味を持てよ」
「そんなこと言ったってな、じゃあ、お金の神様、スキーの神様」
「・・・・・」
腹を立ててそれの軌道修正が続く。
話は全然弾まずに、しだいに気まずくなってくる。
しかし、翔太がとにかく興味のあるのは理沙の裸ことだ。
理沙はふくれてにらんでいるが、
(翔太:ここはよけいな事を、あれこれ考えるより、ストレートに持って行った方がいいな)
「お前、俺の裸を見たいんだろ」
「いっ、今なんて言った」
もろに直球が来た。
理沙はこのセリフに驚き、ドキーンときたようだ。
しかし意地を張り、かろうじて『何気なく』を装う。
「あたしの裸じゃなくて、あんたの裸を。フン。いやだ見たくない」
顔が赤くなって、目がキョロキョロと定まらなくなった。
そうかと思うとジーッと翔太を見ている。目線が合うとまたキョロキョロと。
(翔太:これはビンゴだな。よし)
「本音で言ってみろよ。気にしないからさ。どうなんだよ」
理沙は上を向いて考えていたが、やがてボソッと小さい声で、
「見てみたいな。でもさ、あんたもあたしの裸を見たいんでしょ。どうせ」
「どうせって・・・まあな。いやぜひ見てみたい。どうしても見てみたい」
「ふうん。ただじゃイヤだな」
そうくると思った。
理沙は『ナイスバディ』ではない。
自慢するように見せるとは思えない。
翔太も自分から進んで自分のナニを見せる程、自慢できるものじゃないと思っている。
「どうするかな」
お互いに、相手の裸は見てみたいが自分の裸を見せるのはいやだ。
2人ともにらめっこをしたまま湯船に浸かっている。
その時だ。
入口の方から「失礼いたします」と女性の声がした。
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