妄想別館 弐号棟


倉庫部屋の怪異 その1


『七人ミサキ』、ご存じですか?
今回はそれをヒ・ン・トに考えたお話。

舞台は、と、ある企業。
本間美穂は今年、そこに入社した新人である。
彼女を含めた新人10数名は、新人研修の一環として建物内を見学していた。
引率を担当しているのは、入社5年目、人事担当の榎本係長。
美穂は(なかなか素敵な人だな)と思った。

各建物を見て回り、各部署の説明も一通り受けて、ぼちぼち『本日の研修カリキュラム』も終わろうかという頃。
別棟の廊下を歩いていると、横切った通路のつきあたりに、
「ん?」
神棚のようなものが見えた。
「榎本さん、あそこは何ですか」
彼女はフッと一瞬顔を曇らせたが、すグに笑顔に戻り、
「あそこは只の倉庫よ。いらなくなった物が置いてあるだけ」
「神棚みたいなのがありますね」
「商売の繁盛を願って祭ってあるの」
「へぇ、そうなんですか」
いらない物の倉庫を神棚で祭る。
よく考えれば、おかしな組み合わせだが、美穂は別段気にせず、その日はそれで終わった。

研修も終わって、ひと月ほどたったある日。
仕事の内容も少しづつ覚えてはいるが、まだまだ新人の域を出ていない。
ほとんど雑用係で、彼女は決済書類を別棟の各担当部署に渡すため、棟内をあっちこっちと歩いていた。
すべて終り、帰り際に例の廊下を横切ったのである。
再び神棚が目に留まり立ち止まった。
やはり気になり、すぐ近くまで寄ってよく見てみることにした。
たしかに倉庫にふさわしい大きな扉である。
そしてカギ。
「ずいぶんガッチリとしたカギがかかっているね」
通常の南京錠の倍くらいの大きさだ。
それに『社員の立入は厳禁とする』の紙が貼ってある。
まあでもこれくらいなら、特別『奇妙』というわけでもない。
しかし扉の上隅の方を見ると、
「何よこれ。お札(ふだ)じゃないの?」
破れかけたお札がかろうじて貼りついていて、
消えかかったような文字だが『女人禁制』と読んでとれる。
「ばかみたい」
時代錯誤も甚(はなは)だしいと思った。
昨今のご時世、女性が入ってはいけない倉庫なんてあるのだろうか。
しかし「一体何が置いてあるのかな」と少し興味もある。

執務室に戻り、さっそく周りの先輩に聞いてみると、
「あの神棚の倉庫のこと、私もよく知らないな」
「お札?そんなのあるの。神棚の一部ってことじゃない。商売繁盛っていう意味の」
榎本さんと同じようなことを言っている。
この先輩は入社3年目だが、何も知らないらしい。
さらに年配の人たちにも聞いてみたが、同じような答えだ。
おまけにまったく興味がない様子だ。
まあ、直接仕事に関係はなさそうだし、仕方がなイことではある。
しかし美穂は俄然興味が湧いてきた。
わからないとなると妙に知りたくなった。
(美穂:何があるんだろう。あ、でも、もしかしたら、榎本係長は何か知っているのかもしれないな)」

さらに、ひと月ほど経った、ある夜のこと。
たまたまこの日は残業になった。
天気が崩れて外は大風に大雨だ。
「神棚は大丈夫かな」
なぜかちょっと気になり、用もないのにわざわざ別棟に行ってみた。
「あっ」
感が当たった。
なんと倉庫部屋の前の廊下が水で浸っている。
天井から雨漏りが起きているではないか。
「大変だ、どうしよう」
勤務時間はとっくに過ぎていて、この別棟にはもう誰も残っていないようだ。
美穂は水が滴っている所にバケツを置き、そばにあったモップと雑巾をつかって床を拭いた。
これでよし。応急措置は終了。あとやることは・・・
もしあの倉庫の中に貴重品でも置いてあったら、いやそんなことはないか。
しかし中を見られるチャンスでもある。
「でもカギの置き場所がわからないな」
美穂は本棟の事務室に誰かいないか行ってみた。

「あ、しめた」
たまたま榎本係長が残っているではないか。
「どうしたの、残業なの」
榎本係長に雨漏りの話をした。
「神棚の廊下が水浸しでした。だいたいは片付けましたが、倉庫の中を見てきますので、カギを貸していただけないでしょうか」
彼女は何か考えこんでいる。
美穂はさらに急かすように、
「倉庫の中の物が、水浸しになったら大変だと思いますけど」
榎本係長は観念したようにフゥとため息を吐き「そうね」と言った。
(美穂:なんだろう。ため息なんかついて?)
「あの倉庫の中には5体のマネキン人形しか置いてないんです。でも・・・」
「でも・・・?なんなんですか?」
「いやなんでもない。変な事しなきゃ大丈夫でしょう。いいですか本間さん」
「はい」
なんか榎本さんの顔つきが、いつになく怖くなった。
「私の言うことを絶対に守れますね」
「はぁ、もちろんですけど。なんでしょうか」
彼女は答えずに「いいからついてきなさい」
榎本さんが向かったのは別棟の事務室だった。
事務室に入ると奥の壁にかかっているカギ(しかしかなり端っこに掛けてあり、あきらかに他のカギ類とは区別している様子)を持ち、
「では倉庫に行きましょうか」
(美穂:なんだ、カギはこんなところにあったんだ)
倉庫部屋に向かって階段を下りて行った。

(るい子)「で、結局どうだったの」
(美穂)「それがさぁ」
次の日のお昼。
美穂は同僚の、野口るい子、山田玲子、成田直美の3人と話をしている。
倉庫の中には、榎本係長が言ったように裸のマネキン人形があったが、それだけだった。
美穂が言うには、マネキンは全部後ろ向き。
お尻をこっちに向けて、前の方は見えなかったと。
さらに5体とも倉庫の奥の奥、かなり隅っこにギリギリに押し込まれていて、
(美穂)「要するに、廊下からだと、どんなマネキンかわからなかったってことよ」
(るい子)「なんで中に入ってよく見なかったの」
(美穂)「榎本さんが、外で待ってろってさ。入れてくれなかったのよ。別に室内に浸水の様子もなかったし、すぐに出てきたわ」
(るい子)「はあ、そうなんだ」
(美穂)「暗かったしさ、あ、電気も点けちゃだめだって」
(玲子)「なんでよ。見えないじゃない」
(美穂)「なんでか、わかんない。とにかく点けないでって」
(るい子)「ふーん。それからどうしたの」
(美穂)「それだけ」
(るい子)「なんだ。それだけなんだ」
(美穂)「しかし変だと思ったこともあったんだ」
(玲子)「何が変だった。マネキンが動いたとか」
(美穂)「そんなことはなかったよ。だけどさ、倉庫部屋に行く時に、榎本さん『絶対にマネキンを部屋の外には出さないように』、だってさ」
(直美)「どうして」
(美穂)「わかんないよ。そう言うんだもの。はぐらかされて教えてくれなかったよ」
(直美)「変と言えば変だけどさ、言うほど変なことでもないでしょうに。単に言いたくなかったからかな」
(るい子)「マネキンが年代物の希少品だったとかさ」
(美穂)「まさかね。でも何か理由はあるんだろうね」
昼休み終了のチャイムが鳴った。
4人は執務室に戻っていった。
雨漏りの話題は全然出てこなかった。
まあこれは、係長が翌日すぐに修理屋さんを呼んで修理した、で終わったようだ。

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