倉庫部屋の怪異 その2
1週間くらいたった頃、美穂はまた残業になってしまった。
「やっと終わったぁ」
少し体を伸ばそうと廊下に出てみるが、他の部署の電気はもう消えている。
「みんな帰ってしまって誰もいないようだな」
ふと、あの倉庫部屋が気になった。
そして魔が差したのだろうか、行って見てみたい気になった。
カギの有りかはもう知っているし、カギを持ち出しても、
「別に物を盗むわけじゃないんだもん。倉庫の中を見るだけだし、いいよね」
扉を開けてみると、廊下の明かりにうすぼんやりとマネキンが浮かび上がった。
倉庫内の状態が変わるはずもなく、この間見た時とまったく同じだ。
奥の方に固まって並び、向こうを向いた恰好で立っている。
美穂はボソリと「この前見た時と同じだ。あたりまえか。しかしなんか薄気味悪いな」
電気をつけようとしたが「あれれ、点かないじゃない。なんだよもう」
蛍光灯が切れているようだ。この部屋の管理はまったく行われていないにちがいない。
「こんななら懐中電灯を持ってくればよかった」
ブツブツ言いながら、廊下の薄暗い光を頼リに中にはいっていく。
しかし足元が良く見えない。
雑に足を進めてマネキンを蹴倒してしまっては大変だ。
おずおずとしずしずとマネキンのすぐ近くまで差し足で近づいていった。
そして一番端のマネキンの顔を覗き込んだが、とたんに体中の毛が逆立った。
思わず「ギャー」と悲鳴を上げてしまった。
彼女は腰を抜かして床にしゃがみこんでいる。
「な、なにこれ、マネキンじゃなくて人間じゃないの」
恐怖心を振り払い、気力をふるい起して立ち上がり、もう一度間近で見てみる。
「まさか死体じゃないよね。生身の人間。何よこれ」
暗くてボーッとしか見えないが、確かに人間である。
動く気配は全くないが、自然に立っていて倒れもしない。
一瞬「まさか剥製では」と思ったが違う。
血色がよく肌つやがある。唇や目も潤んでいる。生きてるようにしか見えない。
例えれば『時間を止められたような』と、いう表現が一番適当のようだが。
いやでも、なにしろ薄暗くてよくわからない。
美穂は空(カラ)笑いをしながら、恐る恐る指で皮膚を押してみる。
「ハハハ、何よこれ、柔らかいじゃないの」
ゆすったり、肩をたたいたり、耳元で呼んでみたりもしたが反応なし。
生きているように肌は柔らかいのだが温かさはない。
美穂は腕を組んで考えてしまった。
「腐敗もないし、みずみずしい剥製。いや違うな。でもマネキンでないこともたしかね」
新しい、そう、最近出てきた、ラブドールとか。
わからなくなってきた。
「やはりここじゃ暗いから、廊下に出してもっとよく見てみよう」
美穂は端っこの一体を廊下に持ち出してきた。
不思議なことに、この人間(のような物)を引きずっても、姿勢・体形は固くて全然崩れない。
立っていた恰好のままだ。
廊下に出てきた彼女はしゃがみながら、手を添えてソッとていねいに床に寝かせた。
室内はまったく掃除がなされていなかったのだろう。
埃(ほこり)のせいか、廊下に出たとたんにクシュン、クシュンとくしゃみが続けて出る。
そして目を開けたら「あーーーっ!」再びゾッとした。
「に、人形がないぃ」
たった今、目の前30cmも離れていない所に置いたのに。
「キャー!!!!!」再びしりもちをついた。
「どういうことなの。ない、ない人形がない!」
そ、そんなバカな。
誰かが持って行った、そんなことできるわけがない。
やっぱり、あの人間みたいなのは生きていて逃げてしまった。
「違う違う、呼吸もしてない、脈もなかった、心臓も明らかに動いてなかったよ」
第一動いた気配はまったくなかったし、くしゃみで目をつぶった時間なんて2秒もなかった。
「え、え、え?それじゃぁ一体、何が起きたのだろう」
美穂は飛び跳ねるように起き上がると、わき目もふらず執務室に走った。
カバンをひったくるようにしてつかむと、出口(社員通用門)に向かって猛ダッシュで。
廊下を走っている時「ちょっと待ちなさい」と、後ろの方で叫び声が聞こえた(気がした)。
美穂は死ぬような思いで「うわ、待ってたまるか」
よくわからない驚異が追っかけてくるようだ。
「怖い!早く人のいる所へ、大勢の人のいる所へ行かなくちゃ」
社員用の通用門を飛び出し、人気のない通りに出た。
チラッと建物の方を見ると、一部屋だけ明かりがついていた。
あそこは確か総務課の書庫・・・誰か残って仕事をしていたのだろうか。
「誰もいないと思ったが、書庫の中でだれかが調べ物でもしていたのかな」
だが深く考えてる余裕なんてない。それに今更建物に引き返スなんて、まっぴらだ。
美穂はただただ、駅に向かって走って行った。
次の日。
電車の中で美穂は、気分がすぐれなかった。
気が重くて休みたい。だけど休むわけにはいかない。
「倉庫の扉は開けっ放しだし、鍵を持ってきちゃった」
朝一番で返さなくては。
それから「榎本さんに相談しよう」
係長は絶対に人形を外に出すなと言ってたっけ。
うっかり忘れていた。
「しかし不気味なことがあるものだなぁ」
会社に着くとまず倉庫のカギを閉めにいった。
ホッとしたことに扉は閉まっていたので、中がどうなっているか見なくて済んだ。
さっさとカギをかけて、事務室に向かう。
「あのぉ」
事務室に行き、カギを返しに来たことを、座っている男性の主任に言ったが、
「ああ、元の所に置いておいて」
そっけなくそれだけだ。
主任は全く関心がない様子で、パソコンで何か打っている。
美穂は昨日の経緯も話そうと思っていたのだが、やめた。
何か知っていそうな榎本さんに直接話した方がよさそうだ。
本棟に戻り榎本さんの部署に向かったのだが、本日は来てないということであった。
驚いたことに無断欠勤だそうだ。休暇届の連絡がないそうである。
美穂は「そうですか」というよりほかにない。
自分の席に戻ってきたが「どうしたものか」と考え込んでしまった。
しかし事態はもっと、大事(おおごと)であったのだ。
榎本さんはその日以来行方不明になった。
警察も懸命に捜査しているらしいが全く手掛かりがないようだ。
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