妄想別館 弐号棟


芸術の街 その1


ある日の午後。
都内Q地区に、突如謎の霧が発生した。
霧に包まれたのは半径5キロくらいの円の範囲。    
霧とは言っても、規模が大きくて雲のようなものだ。
実際、雲の円柱が天まで伸びているように見えた、という証言もあったほど。
誰もが『変な気象現象だな』とは思いつつも、さほど大事とは考えていなかった。
ところがこの霧、非常に不可思議な怪現象を伴っていたのだ。
そして時間が経つにつれて混乱が広がっていった。

まず、Q地区内外で連絡がまったく取れなくなった。
SNSやネット、その他の無線通信、さらには固定電話などの有線による通信もダメであった。
連絡通信手段は完全に途絶えてしまった。
怪現象は他にもあった。
霧のQ市の中から人が出てこなくなった。
車や電車も含めて、何一つ出てこない。
いや、少し訂正する。鳥や猫などの小動物は、霧の内外を何事も無く移動している。
不思議なことに、出てこないのは人間のみである。

あきらかな異常事態に、警察はこの区域を立入禁止にした。
しかしながら・・・少々無理がある。
「なんで立入禁止なの?」「理由を教えてよ?」
警察は『危険だから』と言うが、これだけでは説得に足る程、十分な根拠や理由にならない。
当然のことながら指示に従わない者が続出した。
「仕事なんだけどね」「授業はさぼれないよ」「家族や知人が心配」「どうしても外せない用事があるの」等。
また物好きな者ももちろんいた。
『霧の中はどうなっているんだろう?』
Q地区とは直接関わりがないにもかかわらず、わざわざ霧の中に入っていく者さえ現れた。
そして全員・・・それっきりであった。
Q地区内にいた人たちはどうなってしまったのだろうか?
霧の中では何が起こっているのだろうか?

ついに、所管署の警察官数名が状況を調べに霧の中へ。
しかし1人も戻ってこなかった。
彼らからの連絡はすぐに途絶えて内部の状況はわからずじまい。
事ここに至って、ようやく政府も動き出し、正式な調査隊が組織されてエリア内へ。
しかしながら結果は同じだった。
徒歩や車で入った者はやっぱり戻ってこず。
調査用の飛行機やヘリコプターも出動したが原因不明の故障が続出。
霧の中に入った途端、すべての機で計器類が狂いだす始末。
突然、レーダー画面が消えたり、エンジンが止まりかけたり、と。
あわてて霧の外に逃げだしてきた、という有様である。
ただし、地上部隊の調査班は戻ってこなかったが、少しだけ収穫があった。
観測車から、映像や現場の状況が送られていたのだ。
そして連絡が途切れる直前までの報告とは・・・

(碧)「報告内容はさ、本当は部外秘なんだけどね」
(夏美)「何をもったいぶってんのよ!」
美穂も夏美もさっさと話せと催促する。
(夏美)「いったい中はどうなってたの」
(美穂)「教えなさいよ。どんな状況だったのよ」
(碧)「あのね、驚いちゃいけないよ」
(夏美)「うん」
(碧)「あのエリアの中では、時間が止まっているようになっていたの」
(夏美)「はぃ?どういうこと?」
(美穂)「あんた何を言ってるの?」
碧が言うには、人のみが動いていなかったと言っている。
カラスなども飛んでいたし、犬も吠えていたそうだ。
信号機も動いていたし、電灯もついていたみたい。
ただ人間だけがどういうわけかまったく動かないそうだ。
(美穂)「死んじゃってたってこと?」
(碧)「よくわからないけど、少し違うみたい」
止まっている人たちは皆、まるで何かの動作の途中だったようだ。
(碧)「歩いていたり スマホを見ていたり、話をしていたり、とかさ。
なにかやりかけている途中で動かなくなってしまった感じだって」
(美穂)「だから時間が止まったって言ってるのか」

夏美が納得しない顔で、
(夏美)「なんなんだろ。そんなことって起きるのかな」
(碧)「でも事実だよ。それにもっと奇妙な事なんだけれどね」
霧のエリア内にいる人は、ほとんど全員が裸だったとか。
(夏美)「は、裸ぁ?」
突然、脈絡のない語彙がでてくる?!
(碧)「そうなんだよ。丸裸。何も身に着けていないんだって」
夏美が笑い出した。
(夏美)「碧、あんた何言ってんのよ!」
碧は大真面目な顔で、
(碧)「いやいや、本当なんだってば」
大事な所を隠そうとせず丸出しだったと。
(夏美)「それはまあ、そうだろうねぇ。動けなければ隠せないもん。でも何で服が消えるのよ?」
(碧)「さあ?」
さっぱりわからない。時間が止まっていることも、服が消えることも。
(美穂)「夏美、妖怪の仕業っていう可能性は?」
夏美は「ないな」と、即答する。
こんなことしても妖怪には何のメリットもない。
(夏美)「大騒ぎになるだけでしょ。無駄、無駄」
(美穂)「それはそうかな」
そもそもこれだけの規模なのに妖気は何も感じない、と言っている。

(夏美)「調査隊はどうなったのよ?」
10分くらい報告を続けた後、突然連絡が途絶えたという。
(夏美)「まさか調査隊も固まってしまったとかね」
夏美は冗談半分、憶測半分で言ったのだが、
(碧)「その通りだったみたい」
(美穂)「えっ本当に!」
微動だにしなくなった隊員たちの映像が送られ続けていたそうだ。
カメラのバッテリーが切れるまでの間中、ずっと。
夏美は腕を組んで考えている。
(夏美)「フーン。全滅か。すると何、中に入ってしばらくすると時間が止まってしまうということなの?」
今わかっているかぎりの情報ではそのようだ。
(美穂)「中の人たちを連れ出してくることはできないの?」
救出事項も作戦の中にあったということだったが・・・
(碧)「時間が全然足りなかったみたい」




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