ー翌朝

昨晩のことは幼い二人に言わないでほしい。
純との間にできた秘密を持って迎えた朝は、思いのほか気分が良く晴々としていた。背負っていた重荷を共有することで互いの心の距離が縮まった気がしたからだ。

『痛む?』
「ううん。なんか昨日からあんまり痛くない」

朝食を済ませ、天馬の顔の傷を隠す包帯を取り替える純。この前取り替えた時よりも、傷の範囲が広がっていることに表情を歪める。表面の白い包帯を外していくと、その下には細かな文字が刻まれた呪符のような布が巻かれていて、さらにそれを外していくとー。

「"角大師つのだいし護符"か」
『…五条先輩って意外と物知りですね』
「意外とってなんだよ」

鬼の姿が描かれた一枚の護符「角大師護符」とは、平安時代に疫病が流行した際、ある強大な力を有していた僧・元三大師の一人が鏡に映った鬼の姿を弟子のひとりに写させ、それを厄除け、疫病除けの護符として配ったともの伝えられている。

「なるほど。この護符にお前の呪力を乗っけて効果倍増させてんのか。庭に埋められてる呪い除けの呪具で結界張って、それと併せてこの護符と同じ効果のある黒水晶で呪いの進行を遅らせてると」
『はい』

純の隣で天馬の様子を見守っている五条が顎に手を添え理解を深める。

「これってさ、より強い術師の呪力ならさらに効果上がる仕組み?」
『呪力の質っていうより量ですね』
「純の呪力でどれくらい抑えられてる?」
『半分くらいだと思う』
「呪いの影響は?いつから?」
『だいたい一年くらい前から』
「そんでこの進行具合か」

"これ外していい?"と天馬に了承を得てから護符をゆっくりと剥がす五条。あらわになった傷口は、想像以上に深刻な状態だった。顔の左半分、隙間がないほど赤黒いみみず腫れが、なまずのように這っていて、目は開けられなくなるほど腫れ上がっている。もはや左半分に天馬の顔の面影はなく、別の何かが入り込んでいるように見えた。これが「呪霊化」というやつなのかと、五条が珍しく口をつむいだ。

「…気持ち悪いですよね」
「全然?なあ、純」
『はい?』
「試しに俺の呪力も乗っけて護符使ってみるか」
『確かに先輩の呪力があれば段違いで効果は上がるけど…』
「けどなに?」

怪訝そうな表情を浮かべた五条に、純が何かに気づいたようにハッと目を一瞬見開いた。

『…むしろもう上乗せされてるかも』
「え?俺なにもしてないよ」
『九十九さんから貰った物だから使い方しか聞かなかったんですけど…。昨日から天馬、少しだけ体調いいみたいで。そうだよね?』
「うん。五条さん来てからいつもより痛くない」
「つーことはさ」

"呪い除けで使ってる呪具やら護符やらは、呪力持ってる人間から自動で呪力吸い上げる仕組みになってるってことだろ?"と五条が続けると、純が笑顔を浮かべて天馬の小さな両手を握る。

『やっぱり私の師匠天才だっ』
「いや、俺のおかげだよな?」
「あはは…」

ムスッと自分を指差し同意を求める五条に苦笑いを浮かべる天馬。

『五条先輩の呪力も上乗せされれば、天馬の呪いの進行をもっと抑えられるし、龍心も外出れるかもしれないってことですよねっ?』
「可能性ある!ついでにお前の養父母も目ぇ覚ますかも」
「本当っ?」

純同様、突然湧いた希望にパッと表情を明るくした天馬が声を上げると、近くで遊んでいた龍心が何事かとかけ寄り座っている五条の背中に飛びついた。

「さとるなんのはなし?」
「お前が外出れるかもって話し」
「純ねえほんと!?」
『うんっ。またお庭で遊べるかもしれないよ』
「わぁっ。それさとるのおかげ?」
「そゆこと♪」
「さいきょーすげー!」

"そうと決まれば早速やるか!"と、五条がパチンッと指を鳴らして携帯を取り出した。



ー1時間後。

『なんで…』
「質より量なら人数いたほうがいいっしょ」

純は大戸口の前に集まった良く知る顔ぶれを前に、唖然としたまま立ち尽くしていた。先ほどの電話で五条が呼んだのは、事情を知る夏油だけだと思っていたから。

「純!」
『灰原…』

純の姿を見るなり一目散に駆け寄って来た灰原が、純の肩を揺らし"心配したよ!"と感情に溢れた声で訴える。そのあとを追うように歩み寄ってくる七海の姿が視界に入ると、純が唇をぎゅっと結んだ。

『七海…』
「五条さんから事情は伺いました。純、どうして…」
「なんでもっと早く話してくれなかったの!?」

灰原が七海の言葉を代弁する形で遮ると、七海は表情を歪めながら灰原の肩に手を置き宥める。

「灰原、落ち着いて」
「僕ら同期なのに水くさいよ!」
『…ごめんっ。巻き込みたくなくて』
「そんな風に思わないで。力になります」
「うん!もっと頼ってよ」

普段から他者に対してあまり関心を示さず、一定の距離感を保っている七海だが、今は穏やかな表情を浮かべて灰原と共に純に寄り添い手を差し伸べる。

「僕ら何があっても純の味方だから!ねっ、七海!」
「え、ええ…」
『二人とも…!』

大きな目に涙を溜めて感極まる純の両手を取って、"もう大丈夫だよ!"と満面の笑みを浮かべる灰原。そんな後輩たちの姿を少し離れた場所から見守っていた夏油が、隣に立つ五条に問いかけた。

「事情は解ったけど、悟は立場的に大丈夫なのかい?」
「あ?」
「もしかしたら禅院家と揉めるかもしれないんだよ?」
「お前までそんな心配すんな」
「?」

昨夜の純とのやり取りを思い出しながら、五条が軽く握った拳で夏油の腕を叩く。

「立場なんて関係ねぇよ。俺がやりたいようにやる」

"そんだけ。"と屈託のない笑顔を浮かべた五条が、三人のもとへ歩み寄っていく。そんな親友の姿を見つめながら、夏油は何かを察したかのようにクスッと穏やかに微笑んだ。




*前  次#


○Top