『あれ〜?体温計どこだっけなぁ』
「…ゴホッ、ゴホッ」
『呪いの方の治療は済んでるから、完璧風邪だよね』
「…ケホッ…」
『任務は真希たちに行かせるから、恵は治るまで休みね』
「…!いや、これくらい大したことじゃっ…」
『無理しないの。入学したばっかりなんだから』

簡易な医療道具の詰まったバッグの中を漁りながら、ベッドの上で不服そうな表情を浮かべている伏黒に笑みを向ける純。数ヶ月前、2級呪術師として入学してきた優秀な生徒に少し任務を任せ過ぎたかと反省しつつ、バッグの中から解熱剤を取り出し箱の裏面に記載されている服用量を確認する。

『あれ、恵っていくつになったの?』
「…15。教師なんだから普通分かるでしょ…ゴホッ」
『うわぁ、もう15歳かっ。最近までこんなだったじゃん』
「何歳で時止めてんすか」

自分の腰よりも低い位置に片手を下げて、出会った頃の幼い伏黒のサイズを表現する純に半分閉じかかった瞳を向ける。
今の自分と同じ高専生だった五条と純が、突然伏黒の目の前に現れ禅院家との繋がりを語り出したのは、まだ小学生の頃の話。本当に唐突だった。それこそ何の前置きもなく、かなりセンシティブな内容の話を五条が軽快な口調でし始めたことを覚えている。そしてその横で彼の人間性にドン引きしていた純を見て「ああ、この人は"まだ"まともな部類の人間なんだ」と幼いながらに感じた感情が懐かしい。

『恵ももう15歳か〜。大きくなったなぁ』
「橘華先生はあんま変わってないっすよ」
『え、そうっ?それってまだまだ若いってこ…』
「今だに中身幼稚なとことか…ケホッ…」
『……いや。それ私じゃなくて五条先輩の方じゃん』
「…どっちもどっちでしょ…」

一緒にしないで!と薬の入った箱を少し雑に開けた純が、白い錠剤を2粒取り出しコップに注がれた水と一緒に伏黒に手渡す。それを受け取りながら優しく微笑む純に一瞬視線を向けると、いつからか感じてしまうようになった胸の奥に押し込めたはずの感情がトクン…と小さく揺れ動いた気がした。
手の届く距離にいても、絶対に叶わないと分かってる。
彼女は教師で、自分は生徒だ。
普通に考えてもあり得ない。
そしてなにより、すでに彼女の隣には…。

『…げっ…五条先輩から着信10件も入ってる…暇かよっ』
「…………」

五条悟という、絶対的な存在があるのだ。

『体温計ないから買ってこいや。送信…と』
「…先生」
『ん〜?』

口に含んだ薬を水で流し込み、コップの淵についた水滴がゆっくり水面に落ちていく様子を興味なさげに見つめたまま、反らされた意識を自分に向けさせる。
子供染みている、なんて自身の行動を内心鼻で笑いながらも『どうしたの?』と注がれた視線に何も感じないわけではない。

「…ガキん時、俺や津美紀が風邪引く度によく作ってくれてたスープ、ありましたよね」
『ああ、チキンスープね。お腹空いた?作ろっか?』

部屋にある備え付けの炊事場を親指で指差しながらそう言った純の問いに、なんの感情もなく素直に頷けたらどんなにいいだろう。
あの頃のように…ただ純粋に純という存在を受け入れ慕っていた時のままでいれたなら…、

「橘華さん…ケホッケホッ」
『純でいいってば。てか、恵も津美紀も風邪引いたの?』
「…俺メシとか作れないから…なんか作って…ゴホッ」
『待ってて!すぐ作るからっ』


どんなに、楽だっただろう…。

「自分で作りたいんで、作り方だけ教え…」
『さすが恵。材料揃ってるじゃん』
「ちょ…ケホッケホッ…」

伏黒の要望を無視して冷蔵庫の中を確認し始めた純に「人の話し聞いてねぇな…」と呟きながらも、込み上げてくる嬉しさにわずかに口角が上がるのが自分でも分かった。

『待っててね』
「…!」
『すぐ作るから』

そういって向けられた、変わらない笑顔に胸がトクンと高鳴った。

「…寝ます。できたら起こして下さい…」
『いいよ〜』
「(バカか俺はっ……)」

純に背を向けるようにしてベッドに横になると、自身に怒りをぶつけながら枕に顔を埋めて表情を歪めた。

「(教師相手に可愛いとかっ…ありえねぇだろっ…)」


*チキンープ



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