木々が重なり合い、空の色さえ細く切り取られた森の道を先導するイタチのあとに続くリクハ。湿り気のある、苔むした柔らかな土に時折り足をとられると、イタチが振り返り手を差し伸べてくれた。

「大丈夫か?」
『うん。ありがと』

人の手が入らず長い間放置されてきた薬草林は草木で覆われ、雑草と薬草の見分けがつかなくなるほど荒れ果てている。そんな変わり映えしない景色の中、言葉は多く交わさずとも明確に伝わってくる互いの気配を頼りに進んでいく。

『イタチ』
「?」
『さっきの鷹、シスイからの伝書だったよね?』

"なんて書いてあったの?"というリクハの問いに、イタチは歩みを止めることなく前を向いたまま、わずかにその表現を歪めた。
シスイからの伝書には、"リクハに似た容姿の仙波一族の少女が里内で殺害されたこと。事件の調査にはカカシ率いる暗部のろ班、フガク率いる警務部隊、そしてシスイとオビトが加わり現在調査中だということが記されており、次の伝書を飛ばすまでは里には戻ってくるな。"という注意喚起の内容だった。

『イタチ?』

自分に似た、同族の少女が殺害されたと知れば、リクハは間違いなく自分を狙った犯行だと気づく。そうなれば、これ以上の被害が出ないようにとすぐにでも里に戻ると言い出すだろう。しかしシスイと同様に、イタチも里に戻るのは賢明な判断とは思えなかった。それに今は、やるべきことが他にある。事件はカカシをはじめ信頼に足るシスイも加わり調査に乗り出しているのだ。任せるべきだとイタチの意思が固まり、不自然なほど間を置いてから口を開いた。

「オレたちの身を案じて連絡を寄越しただけだ」
『経過報告しろって?』
「ああ」
『シスイらしいね』
「そうだな」

小さく笑ったリクハに対し、嘘をついた。
胸にちくりと痛みが伴う。
だが話しの通じない相手ではない。きちんと思いを伝えれば、リクハは必ず理解をしてくれる。そんな風に考えながら、イタチが行く手を阻んだ折れかけの枝に腕を伸ばし、そっと持ち上げる。

「先に行け」

リクハが"ありがとう。"と言い身をかがめて通り抜けるあいだ、枝はしっかりと支えられている。すれ違いざま、ほのかな体温が一瞬だけ交差した。

『道悪いね。表札でもあればいいのに』
「誰しもが辿り着ける場所じゃないってことだろう」

再びイタチが先導し、歩き出す。

『さっきの"護人"の話し、どう思う?」
「一族繁栄の為には、合理的な役割だと思う」
『でも、戦時でもない今の時代に必要かな…?』
「必要だからオレたちはここにいるんだろう?」
『まあ、それはそうなんだけど…』

護人はね、神手継承者を命を賭してでも護ると誓える、想いの強さで決まるんだよ。

『さっきムスビさんが言ってた…』

ふと思い出したムスビの言葉に、イタチの背中を見つめながらリクハが語りかける。

『護人は、想いの強さで決まるって』
「ああ」
『私それ聞いた時、ちょっと嬉しかったんだ』

言いながら背後で笑うリクハが、照れくさそうにしている姿が容易に想像できた。だから先ほど恥ずかしそうに顔を背けていたのかと納得したイタチが、どうしてそう思ったのかとリクハの心情に耳を傾ける。

『護人に選ばれた人間には力が与えられる。それがどんなモノなのか分からないけど、少なくとも選ばれる条件が痛みや悲しみを伴うものじゃなくて良かったなって』
「………」
『イタチやシスイには、辛い思いはしてほしくないから』

穏やかに微笑んだリクハが、しっかりと地面を踏みながら会話を続ける。

『それに、父さんと母さんが二人を選んだことも嬉しかった。今さらだけどなんかそれって、特別みたいで嬉しいなって』

リクハにとっての特別な存在は、自分でありたいと心がつぶやく。この想いに迷いや不安は微塵もない。あるのはただ、大切な幼馴染を守りたいという強い覚悟と一途な愛情だけ。

「だが選ばれなかった場合、互いの信頼が不確かなものだと証明されるな」
『えっ…』
「オレやシスイ以外の人間だって可能性もある」

そう言いながら浮かんだのは、カカシの姿。
その存在がイタチをわずかに苛立たせる。
決して表には出さないが、このタイミングでリクハとカカシのあの・・やりとりを思い出してしまった。村にきてから怒涛のような出来事が続いていたため、良くも悪くも記憶の奥にしまい込めていたというのに。

『イタチとシスイ以外は絶対ないよ』

自己嫌悪してしまいそうになるイタチ自身の感情を払いのけるように、リクハがはっきりとした口調でそう言った。

「お前を信頼している人間は多いと思う」
『それって例えば誰?言っとくけどオビトさんはないよ』

"あの人リンさん以外の人間に興味ないから。"と冗談っぽく笑うリクハ。それに一方通行の信頼じゃ意味がないと言ったリクハの言葉を背に受けながら、イタチが胸に抱えたわだかまりを吐き出すようにつぶやいた。

「カカシさんがいる」

と。

『………』

その名前に、一瞬リクハの歩みが止まる。
だが動揺を気取られたくなかったのかすぐに歩みを進めると、まるで互いの心の距離を表すかのように二人のあいだに物理的な距離が生まれた。

『…なんでカカシさん?』
「お前の師でもある。昔からお前を気にかけているだろ」

リクハの声のトーンがあからさまに下がる。
自分の鬱憤を他人にぶつけるなど、人として未熟な証拠。リクハはカカシを想っているのではないか…たったこれだけの不安を取り除いてほしくてこんなにも遠回しな聞き方をするのは、稚拙で情けない。シスイのいうとおり、リクハに対する想いを前にすると器用でいられず嘘すらつけない。そんなまだ若干十三歳のイタチが顔を出す。

『カカシさんが私を気にかけるのは、父さんや四代目の意思を汲んでるからで…』
「あの人はどこかお前を、特別に見ている気がする」

リクハの中で、あの日カカシから告げられた想いが鮮明によみがえる。と同時に、シスイに打ち明けたイタチに対する想いもすべて。自身を取り巻く状況を口実にしまい込んでいた感情が、このタイミングで荒波のようにどっと押し寄せてくる。

『それどうゆう意味?』

リクハの歩みが止まり、イタチも合わせて歩みを止めるが背は向けたまま、なかなか振り返ることができない。一方のリクハはあの日のできごとをイタチに見られていたのでは?と気まずそうに視線を伏せる。

「そのままの意味だ。…カカシさんはお前を…」
『イタチが思ってるような感情じゃっ…』
「そうでなきゃ、お前に好意があると伝えないだろ」
『…!』

恋とか愛とか、そういったフィルターが一枚絡むと途端に思考回路にバグが生じる。いつもなら冷静になれるのに、どうして心にもないことを当てつけのように口走ってしまうのか。すれ違いのような気持ちを抱えた気まずさが、空気となり伝わる。

『イタチ…知ってたの?』
「…ああ」

やはりあの場にイタチはいた。
その真実にリクハが表情を歪める。
そうでないかとは思っていた。
そうであるなと祈ってもいた。

『あの時はいろいろあったし、今もだけど…その…』
「……」
『話さなくてごめんね…』

長い髪を耳にかけながら、リクハが申し訳なさそうに謝罪をする。

「…オレには関係のないことか?」
『え…?』

イタチの声に、かすかな哀しみが滲んでいた。
その問いに一瞬、胸を突かれたような痛みが走る。不安を抱き抱えるようにして、リクハが体の前で組んだ両手をぎゅっと握りしめる。

「カカシさんの、お前に対する気持ちは本物だ」
『……』
「あの人の、日頃のお前への態度を見てれば解る」
『……』
「返事、してなかったろ」

今の今まで無風だった深い森の中に、ふわりと湿った風が流れる。木々のざわめきが遥か遠くに聞こえていて、意識のすべてがイタチに向いているのが分かる。

「カカシさんが好きか?」

漆黒の瞳に影が落ちる。誰のものでもないリクハを、まるで自分のもののように思ってしまったがゆえに生まれた、可愛げのない醜い嫉妬心。

『イタチ…』

「ちゃんと向き合え、イタチと。好きなんだろ?」

ああ、そうだ。
あの日シスイに打ち明けた気持ちがこんなにも募っているから、ムスビに護人の話しを聞いた時、心の底から嬉しかったのだ。幼馴染のイタチが他の誰でもない、自分だけの特別になるような気がして。

『私が…』

けれど、その強い想いの分だけの苦しさが教えてくれる。

『私が護人になってほしいのは…あの人じゃない』

きっと自分が思っているよりもずっと…。

ずっと…。

ずっとずっとずっと…。

イタチのことが、大好きなのだと。

『イタチじゃなきゃ駄目だよ…』

イタチの背を見つめたまま、精一杯の思いを吐き出す。どうして振り向いてくれないのだろうかと切なさの入り混じった疑問を抱くリクハを背に、ゆっくりと振り返ったイタチは、眉を八の字にして悲しそうな顔をしていた。

「もういい、リクハ」
『…?』

歩み寄ってきたイタチの両手が、リクハの頬に添えられる。いつものように、優しくて、穏やかに微笑む幼馴染。幼い頃から大好きなイタチが、そこにはいる。

大好きな、幼馴染…、

大好きな…、

だいすきな…、

「オレがお前の護人になる!文句あるか?」

刹那、視界が揺らぎ、イタチの姿が霞のように薄れていく。
頬に添えられていたはずのイタチの手が、温もりが消えていき、他の誰かの、知らないそれに変わっていく。ゆっくりと、ゆっくりと、まるで自分自身が
知らない記憶を俯瞰しているような感覚になっていく。

「兄さんずるい!僕もなる!」
「お前はまず写輪眼を開眼するのが先だ、イズナ」
「え〜〜っ」


だれ……?

「お前のことはオレが絶対守るから。だからもう安心しろ、ノカゼ・・・

ノカゼ・・・って、誰……?

霞む視界の端に映る、無邪気な笑顔を浮かべた幼い少年が、リクハと同じ髪をした少女の手を引き歩き出す。そして空いているもう片方の手を、サスケ…いや、サスケに似た少年が引きともに歩く。イタチでもサスケでもシスイでもない。

「マダラ様、イズナッ…ありがとう」
「その様ってのやめろって…つーか泣くなよ」
「本当泣き虫だなー、ノカゼ姉様は」


遠のいていく意識の中、マダラという名前が自分自身の中で心地よく響き染み渡る。深い愛情のようなあたたかいものがじんわりと胸の奥から湧き上がり、そのあまりの愛おしさに身を委ね、瞳を閉じた。







薬草林に入ってすぐのことだった。

「リクハ…!おい、しっかりしろ」
『……………』

リクハが突然意識を手放し、倒れ込んだのは。

「……始まったナ」
「…っ?」

"記憶ノ遡り"が。


Our time has begun to move.
〜動き出した私たちの時間〜


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