「えいっ」

投げられた小石が、穏やかな川の中にぽちゃんと音を立てて沈む。その光景をノカゼの隣で眺めていた柱間が一言言い切る。

「ノカゼは水切りの才能が全くないぞ」
「はっ…(ガーンッ)」

ガクッと肩を落とした友人を励ますでもなく、柱間は面白いと言いながらケラケラと笑った。

「ほらっ。もう一回挑戦だ」
「でも…私には才能が…」
「今の時点ではね。でも次は、ニ、三回は跳ねる」
「えっ?」
「オレが教えてやろうぞ!」

得意げにそう言った柱間の言葉に、ノカゼは表情を輝かせて明るい笑顔を浮かべた。

「いいか?できるだけ低い位置から投げるんだ」
「はい」
「体勢は真っ直ぐじゃなくて、軽く前屈みに…」

柱間が手取り足取りノカゼに水切りを教えているそんな穏やかな光景を、近くにある岩の上に座りぼんやりと眺めているマダラ。いつもなら柱間と口論になりながらも、三人で充実した時間を過ごしているところなのだが…。

「"神手の継承者"は私です」

マダラは今、深く思考を巡らせていた。
理由は明白。
数日前に突然ノカゼから明かされた秘め事が、どうにも気がかりでならないからだ。絶対に他言無用だと交わした密約。底知れぬ力を持つ友人のことを、まだ写輪眼を開眼していない自分がどう守っていけばいいのだろうかと、マダラは頭を悩ませた。



ー数日前。

「"神手の継承者"は私です、マダラ様」

手覆いに包まれたノカゼの両腕が、純白に輝く。
これが"神手"かと、その神秘さに息を呑む。
信じていなかったわけではない。
ただ、数百年目の当たりにした者がいなかった力だ。残されている伝承が、眉唾物なのではないかと心のどこかで疑っていた。

「…お前…それ……」

思わず手を伸ばしかけたが、そう易々と触れていいものではないと本能が告げてくる。計り知れないチャクラを目の当たりにしたその瞬間、はっと我に返ったマダラが急いでノカゼが被っていた被衣かつぎを剥ぎ取り両腕に落とす。

「隠しとけ馬鹿!誰かに見られたらどうすんだっ」

キョロキョロと周りを見渡す。自分たち以外の気配がないことを確認し終えると、不安そうな表情を浮かべているノカゼと向き合った。

「…マジかよ」

ふぅ…と気持ちを落ち着かせるために息を吐いたマダラに、瞳を伏せるノカゼ。どう思われ、何を言われるのだろう…。そんな不安定に揺れるノカゼの心情が、雰囲気となってマダラに伝わる。

「あの、マダラ様っ…」
「ノカゼ」

内緒話をするように、少しだけ距離を詰め真剣な眼差しでノカゼを見つめる。

「お前の家族はこのこと知ってんのか?」

マダラの問いに、ノカゼは小さく首を振った。

「他に知ってる奴は?」
「いません…。初めて他人に打ち明けたので…」
「じゃあ今日からは、オレとお前だけの秘密だな」

他言無用でと言ったノカゼの思いを汲み取って、にっと白い歯を見せ笑うマダラ。内心聞きたいことは山ほどあるが、質問攻めになり友人の不安を煽るのは避けたい。いつもどおりの笑顔は、不器用なマダラなりの気遣いだった。

「継承される力…っていったよな?」
「はい…」
「お前は誰からその力を継いだんだ」

その問いかけに、ノカゼの呼吸がわずかに止まる。聞かれるだろうと予想はしていたが、言葉が詰まる。今までずっと、ひた隠しにしてきた力の秘密。自分が特別だと思ったことはなかった。…けれど、"神手"という力の価値を知れば知るほど、どうして自分が選ばれたのだろうと疑問を抱き、同時に恐怖を感じるようになった。この強大な力を抱え込み、人道を外れることなく次の後継者へと引き継ぐことができるのだろうか…と。
しかしそんな孤独を抱えていた最中、ノカゼの目の前にマダラという少年が現れた。

「この力は…」

それはまるで、天啓とでもいうかのように。

「"女媧ジョカ"という名の仙女から与えられました」
「…… "女媧ジョカ"?」

初めて聞く名前のはずなのに、なぜか懐かしさを感じて疑問を抱くような表情を浮かべたマダラ。まるで昔から知っていたような、馴染み深さを感じさせる名前。しかしその感覚はすぐに消えて、ノカゼの話しに耳を傾ける。

「あれは…私がまだ四つか五つくらいの頃だったと思います」

その日ノカゼは、戦場にいた。
医療忍者としての経験を積むために。
後方支援の現場は次から次に運ばれてくる傷ついた仲間たちで溢れかえり、修羅場だったことを思い出す。
体の一部が欠損した者、傷口から内臓が脱出している者、大量の鮮血で濡れた地面。どんなに視線を逸らしても、否が応でも突きつけられる争いという現実。必死に傷を癒しても、また戦場へと赴く姿に深い悲しみを抱いた。短い時間で積み上がる死体の山を目の当たりにして、死という恐怖に耐えかねて、逃げるようにその場から立ち去ったと話すノカゼ。

「私は森を抜け、必死に集落を目指し走りました」
「………」
「ですが道中敵に見つかり…私は…」

落ち着くためにいったん話しを止める。
そして深く息を吸い、震える声でつぶやいた。

「私は一度、死んでいるのです…」

その刹那、静寂が落ちる。
風が木々を揺らし、葉擦れの音だけが二人の間を通り抜けた。
笑い飛ばすことも、冗談を言うなと茶化すこともできない。どくんっ…と脈打つ心臓の鼓動が痛いくらいに体に響き、マダラに強い衝撃を与えた。

「死を覚悟した今際の際に、声が聞こえました」
「…声?」
「美しい、女性の声でした。姿を見ることはできませんでしたが、彼女は自身を "女媧ジョカ"と名乗り、私にこう告げたのです…」

"彼の人、争いの渦を呼ぶ魂なれど、その帰還の折、この力は再び人へと託されん。"

…と。

「傷は塞がり、私は再び息を吹き返した。そしてこの手が…」

そこで口を閉ざし、静かに被衣の内側に視線を落としたノカゼ。

「…到底、信じられるような話しではありませんよね」

正直おとぎ話でも聞かされている気分だった。
しかしこれは全て現実で、今しがた純白に輝くノカゼの両手を目の当たりにしたばかりだ。危うさを感じさせるほど純粋な性格をした友人が、こんな嘘をつけるはずがないとマダラは後ろ髪を掻きながらため息を吐いた。

「信じられねぇくらい壮大な話しだな」
「…信じてもらえないかもしれませんが…」
「いや、それはねぇけど…。なんつーかさ…」
「……?」
「その"女媧ジョカ"って奴に感謝しねぇとって思ってよ」
「え…?」

思いがけないマダラの言葉にノカゼの大きな瞳が見開かれる。

「何があったにせよ、大事なのはお前が生きてるってことだろ」
「……!」
「そんだけで十分だ」

緊張をほぐすようなマダラの笑顔に、ノカゼの頬が赤く染まる。
嬉しい…。
そんな単純な気持ちが胸の中に広がった。

「けどよ、家族も知らねぇことをなんでオレに?」
「それはあの…マダラ様には隠し事をしたくなくて」
「は?」
「少し前に、仰っていましたよね…。"争いを無くす為には、お互いの腑を見せ合わなきゃ駄目だ。"と。だからこそお話ししました。私はマダラ様が心から信頼できる立場の人間でいたいんです」

穢れのない澄んだ空色の瞳が、真っ直ぐマダラを見つめている。少しばかり危うさすら感じるその純粋さに、マダラは少しばかり面喰らったような表情を浮かべた。

「…まあ、そう思ってくれたことは嬉しいが」
「……?」
「そもそもオレとお前は敵同士じゃねぇだろ」
「はい…」
「だから別に、腑を見せ合う必要なんてねぇよ」
「………」
「争ってねぇんだから」

短い沈黙のあと、はっ!と何かに気づいたように小さく体を揺らしたノカゼ。

「やっぱお前馬鹿な」
「(ガーンッ)」
「つーかお前の場合、分かり易すぎて腑を見るまでもねぇし」

どこか放っておけない愛らしさのあるこの友人が、"神手"という類い稀な力を継いでいるという突拍子もない現実。そのアンバランスさに、自然と笑いが込み上げてきた。

「…笑いすぎですマダラ様…」

少しだけ頬を膨らませるノカゼに、マダラが"わりぃわりぃ。"と軽く手を振る。

「いや、お前が大層なもん背負ってるようには見えなくてよ」
「…ひ、酷いですっ」
「褒めてんだよ」

そう言いながら、マダラはふと真顔になる。

「……けどな」

一瞬、風が止まったような静寂。

「真面目な話…その力は狙われるぞ」

低く落ちた声に、ノカゼの肩がぴくりと揺れた。

「さっきの話じゃねぇが、うちはの中にも腐ってる奴等はいる。過激派の連中がその力の存在を知れば、必ずお前を利用しようとする」

ノカゼの指先が、ぎゅっと強く握られる。

「だから今までどおり、力は使わず隠し通せ」
「………」
「"神手"が継承される力だって知らない奴らは当然、仙波の中でも秀でた力を持ってる人間に目星を付けるはずだ。だから、弱いフリして目立たないようにしてろ」
「………」
「姉ちゃんや母ちゃんのことは残念だが…お前まで犠牲になる必要はねぇんだからよ」

ノカゼを気遣っての言葉だが、幼くとも二人は理解していた。ノカゼが"神手"持ちであることを公言すれば、過激派の非道な行為はなくなっていくだろう。しかしその代わりにノカゼが一人…どんな扱いを受けるかは想像に容易い。そして同盟関係を大切にしている穏健派に助けを乞えば、過激派と対立し内乱という悲劇を生む可能性があるということを。

「時々、考えるんです…」
「何をだよ」
「私がこの力を公にすれば、一族の不当な扱いも…」
「それは絶ってぇ駄目だ!!」

ノカゼの言葉を跳ね除けるように、マダラが声を荒げた。

「お前が一人犠牲になれば収まる話じゃねぇだろ」
「………」
「一人でどうにかしようとすんな。一緒に考えっから。解ったな?」
「はいっ…」

抱えていた胸の重荷が、スッと軽くなっていくのが分かる。すごい話しを聞いたと緊張を吐き出すように深いため息吐いたマダラが、両手を後ろについて体を伸ばす。

「具体的にどうっすかだよなー…」

視線をノカゼから、イズナに移し思考を巡らせる。

「どうする、とは?」
「今後何十年、何百年って、その力を持ってる人間を守るためにどうするかってことだ」
「…規則のようなものを設けてはどうですか?」
「それもアリだけど、現に過激派の奴らは守ってねぇから意味ねぇしな。規則は抜け道もある…」

最善策はなにか…。
すぐには答えが見つからず、う〜ん…と渋い表情を浮かべて空を仰ぐと、ノカゼがおもむろに口を開いた。

「……あの、マダラ様?」
「あ?」
「こんな時は、柱間様にお会いしてみてはいかがでしょうか?」
「はっ?なんであいつが出てくるんだよ」
「マダラ様と対等に意見を交わせる間柄ですし、何か良い知恵をお借りできるかもしれません」
「あいつがねぇ…」

笑顔でそういったノカゼの提案に疑問を抱きつつ、マダラはしっかりと柱間のことを思い浮かべていた。



そして、今に至るーー。

「そんなの簡単ぞ」
「あ?」

ノカゼに水切りを教えていた柱間の頭には大きなコブができていて、マダラの右手はじんじんと熱を帯びている。人の話しをまともに聞かず、ノカゼ相手に鼻の下を伸ばしていたからだとマダラは言った。

「特別な人間なら、守ってやればいいだけぞ」
「だから、それをどう守るかって話しなんだよ」
「う〜ん…」

顎に手を添えて、穏やかに流れる川を見つめる柱間。短い沈黙のあと、"こんなのはどうだ!?"と、ひらめいたように指を鳴らして笑みを浮かべた。

「その一族の中で一番強い奴を護衛にするんだ!」
「一番強い奴を…?」
「ああ!それなら誰も文句は言えないだろ?」
「まあ、確かにな…」
「専用の護衛として役目を与えて、いくつか規則を設ければいいんだ」
「さすが柱間様っ。まさに目から鱗ですね!」
「だろ〜?」

へへへっ。と緩んだ笑みを浮かべる柱間に、マダラが呆れたように表情を歪める。

「では、そのお役目の方をなんとお呼びしましょうっ」
「そうだな〜」

目をキラキラと輝かせるノカゼの横で、再び熟考する柱間。

「お守り係ってのはどうだ!?」
「…いやダサすぎんだろ。なあ」
「はい。ちょっとダサいです…」
「(ガーンッ)」
「なんかもっとこう…」
「あ、私思いつきました!」

落ち込む柱間の隣で手を上げたノカゼ。

「見張り番!」
「オレのと大差ないぞ」
「だな。他にも見張り番って呼ばれてる役目と混同するし」
「(ガーンッ)」
「じゃあ、お守り当番!これで決まりぞっ」
「馬鹿か!威厳も何もねぇじゃねーか!」
「…じゃあお前が出してみろよ」

膝を抱えて落ち込む二人に表情を歪め、腕を組む。

「こうゆうのは簡単なほうが良いんだよ」
「カッコいいほうが良くないか?」
「お守り番長とかどうでしょう?強そうですっ」
「おお!良いなそれっ」
「お前らはもう考えんな!オレが決めっから」
「「ええ〜〜…」」

この時はまだ、ただの子供の言葉遊びだと思っていた。
けれどいつか、その理想が現実になったら…その役目を最初に担うのは自分だと、柱間と談笑しているノカゼを見つめる。そしてー。

「決めた!その役目を任された奴のことをこう呼ぶんだ!」


Origin
〜護人〜



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