偶然出会ったマダラが連れてきた、ノカゼという名の少女は多分、仙波一族の人間なのだと柱間は思ったが、三人で共に過ごす時間が多くなるにつれて、その疑念を胸の奥にしまい込むことにした。
理由は明白。もしもノカゼが仙波の人間ならば、マダラは必然的にうちは一族ということになる。うちはと仙波は千手の敵。その真実にたどり着くのは今じゃなくていい。そんな身勝手な子供心が三人の絆を深め、そして…。
「あれ?今日ノカゼは来ないのか?」
「ああ。家族の手伝いがあんだってよ」
「そっか。会いたかったのに、残念ぞ」
「………」
少しずつ、小さなすれ違いを生み始める。
*
「ノカゼ!こっちだこっち!」
「お待たせしてごめんなさい二人ともっ」
うちはと仙波一族の集落から、数分の距離にある小さな河原。今日はここでイズナの修行をつけるから、弟の治療役にと呼ばれたノカゼ。快く引き受けはしたものの、約束の時間よりわずかに遅れてやってきたノカゼに対し、イズナは頬をプクッと膨らませて両腕を胸の前で組んだ。
「遅いよノカゼ姉様っ」
「ごめんなさい、イズナ」
「来てくれないかと思っただろ?」
怒った姿も可愛いな、なんて呑気なことを考えながら、遅れた理由を説明するためイズナの前にしゃがみ込む。
「実は、途中道に迷ってしまって…」
「集落からは一本道だよ!?」
「はい…」
「だから兄様に鈍臭いって言われるんだ…」
「(ガーンッ)…酷いですマダラ様」
「事実だろ」
この打たれ弱い一面は、柱間とよく似ている。
わかりやすく肩を落とし、幼い弟に慰められているノカゼ。まあこんなひ弱な性格でも自分がそばにいてやれば問題はないだろうと二人を眺めていると、胸の前で組まれているノカゼの両手が小さく震えていることに気づく。
「もーっ。次からはちゃんと時間どおりに来てよ?」
「もちろんです!」
すぐさま理由を問いただそうと口を開いたが、弟の前では聞かないほうがいい。なんの根拠もないがその直感に従うことにしたマダラは、小さな肩に手を置きいつもどおりの兄に徹することにした。
「よしイズナ。ノカゼも来たし、修行始めるか!」
「うん!」
この小さな違和感を払拭するかのように声をかけると、イズナの元気な返事が返ってきた。
それから数時間が経ち、イズナが砂利の足場に両手両膝をつき、息も絶え絶えの状態になった頃。ようやくマダラから休憩の声がかかった。やはり兄は特別で、あれだけ動いていたというのにチャクラはおろか呼吸すら乱れていない。これでまだ写輪眼を開眼していないなんて…そんな憧れと悔しさが混在した感情を胸に抱きながら、イズナはわずかな休憩を挟むとすぐに自主的に修行を始めた。
「イズナは強くなりますね」
「当たり前だろ?オレの弟だ」
「あの年にしてはチャクラの練り方も上手です」
「そうゆうことは分かるのな」
「(ガーンッ)」
木陰に座っているノカゼの隣に腰を下ろし、水筒に口をつけ喉を潤す。
「なあ、ノカゼ」
「はい?」
茶化すような声色から一変して、マダラの声が若干低くなる。穏やかな雰囲気に少しだけ緊張が混じる。視線を向けると、マダラは目と鼻の先にいるイズナを見つめている。しかし意識はノカゼに向けられたまま、先ほど感じた違和感のワケを問いただすため口を開いた。
「何かあったろ?」
「えっ……?」
ノカゼの指先がわずかに強張る。
その微細な気配すら、マダラは見逃さない。
弟の拳が空気を切る音が、妙にはっきりと耳に届く。数秒の沈黙のあと、ノカゼが膝の上に乗せていた両手を重ね合わせ服の裾をきゅっと握りしめた。
「…その」
マダラに嘘は通用しない。
それくらいのことは未熟なノカゼでも分かる。
どれだけ取り繕った言葉を並べても、マダラは絶対に納得しないだろうと。
「…ごめんなさい私、嘘をつきました」
一度目を閉じて、ゆっくりと呼吸をする。
「ここに来る途中で何かあったんだな?」
ノカゼが無言のまま頷いた。
「…人に、会って…」
「人?」
マダラの眉がわずかに歪み、視線がノカゼに向けられた。集落周辺を見回っている警備の人間にでも会ったのだろうかと考えながら、言葉を待つ。
「その人たちは…うちはの方たちで…」
ノカゼの声がわずかに震えはじめる。
うちはと仙波は敵ではない。むしろ友好関係にある一族で、恐怖を抱く対象ではない。なのに何故…?とマダラの中で不安と疑問が湧き上がる。
「…"誰の娘だ"って……聞かれて…」
「…は?どうゆう意味だよ」
「分かりません…。分からなくて、母の名前を伝えて……そうしたら…」
ぎゅっと、裾を握る力が強くなる。
「…ちょっと待てノカゼ」
「…………」
「…お前、そいつらに何かされたのか…?」
そうであってくれるなと強く願うも、核心に迫るマダラの問いにノカゼの肩がびくりと揺れた。その反応が問いの答えなのだと理解するのに時間はかからない。自身の鼓動が早くなるのが生々しいほどよく分かる。
「……囲まれて、髪を触られて……怖くなって私っ…」
マダラの指先が、わずかに動いた。
沈黙が訪れて、風の音がやけに大きく聞こえる。
弟の気配はあるが、すごく遠くにいるような感覚がした。
目に見えて分かるほど怯えているノカゼの姿を目の当たりにしたその瞬間、マダラの中で何かが切れる音がした。
「誰だ、そいつら」
言葉にならない怒りのような黒い感情が、胸の奥底から湧き上がる。明確に"怒り"が乗っているその声と、光のない漆黒の瞳。
「ま、待ってくださいっ。もう大丈夫ですからっ…」
「よくねぇだろ」
ノカゼの制止を払いのけるようにそういったマダラの表情は、酷く歪んでいる。
「それで終わりか?」
「……え」
「それだけで済んだのかって聞いてんだ」
伝わる怒り。
逃げ場のない問いに、話さなければよかったのだろうかとほんの一瞬後悔する。だがもう誤魔化しはきかない。マダラの問いに答えるように、ノカゼは悲しそうに視線を逸らした。
「……チッ」
小さな舌打ちが落ちる。
二人のただならぬ様子にイズナが一瞬だけこちらを見るが、それに気づいたらマダラが無理くり浮かべた笑顔で答えると、不思議そうに首を傾げながらもすぐに修行へと戻っていく。
「で?」
再び問いかける。
「…途中で、振り払いました…。怪我をさせてしまったかも…」
言いながら自身の両手を見つめるノカゼ。
医療忍者としての言葉なのだろうが、今は相手へのその気遣いが余計にマダラを苛立たせた。
だがノカゼにこの感情をぶつけるのは違う。
そう自分自身に言い聞かせた。
「今日の見張り役の連中だよな」
「……えっ?」
マダラが膝に手をつき立ち上がる。
「ちょっと行ってくる」
「!」
はっと顔を上げるノカゼ。
「やり返さねぇと気が済まねぇ」
「待ってくださいマダラ様!私は大丈夫でっ…」
今は戦時中。
一族の内乱などあってはならない。
それも自分が理由で。
ダメだ!ダメだ!とはやる気持ちで慌てて立ち上がり、マダラの腕を掴もうとしたその瞬間ー。
「兄さん?」
今度は明確に、二人の異変に気づいたイズナが修行をやめて兄を見つめる。
「どこか行くの?」
その一言で、マダラの足が止まった。
一瞬の沈黙が流れる。
そしてゆっくりと息を吐き、再びもとの場所に座り直した。続くようにしてノカゼも腰を下ろす。二人の間にあった空気が変わり、イズナは首を傾げている。
「何でもねぇ!またノカゼがバカなこと言っただけだ!」
「また〜?」
イズナがいてくれてよかった。
心底そう思ったノカゼは、両手を合わせて苦笑いを浮かべてみせた。
「…ごめんなさい」
呆れた様子を見せたイズナを見つめながら小さく謝罪の言葉を口にすると、マダラが不機嫌そうな表情でノカゼを見る。
「なんでお前が謝んだよ…」
「だって、私が気をつけていればよかった話で…」
「それは違うだろ」
冷静さを保ったまま、即座に否定する。
「うちはの人間が仙波に手を出すのは禁忌だ。そうゆう奴らから仙波一族を守るために同盟を結んで友好的な関係を築いてきたんだからよ。だからお前のせいじゃねぇ」
その言葉に、ノカゼの瞳がわずかに揺れる。
「……こういうこと、今までもあったのか?」
投げかけた問いに、息が詰まるような感覚がした。
しばらくの沈黙のあと、観念したようにノカゼが小さく頷く。
「……はい」
その一言が、重く落ちる。
知っていた。うちはと仙波の歴史は族長である父親から聞いていたから。でもそれは遠い過去の話しで、そんなことはもう起きないと思っていた。だから触れずにいたのだ。
「うちはの中に…一部そうゆう過激思想の連中がいるって話しは聞いてた」
「マダラ様はどうして…過激派と呼ばれる方々が仙波を囲うかご存知ですか?」
俯いていた顔を上げて、マダラを見つめる。
表情から察するに、父タジマもそこまでの詳細はまだ幼い息子に話すべきではないと考えたのだろう。子を思う父親の思いを、自分が無にしてしまっていいのだろうかと躊躇いをみせると、マダラのほうから"話してくれ。"と願い出た。
「彼らの目的は力の独占です」
「力の…独占?」
「はい。こんな話しを聞いたことはありませんか?」
"白き輝きを帯びたる手を持ちて生まれし者ありけり。
その力、人の理を越え、生死をも掌に収めると云ふ――。"
「これは仙波一族に伝わる血継限界…"神手"という力を謳ったものですが、この力を持って生まれた人間は、ここ数百年は現れていません」
「過激派連中が欲しがってんのはその力なのか?」
「…そう母から聞いています。その為に強い忍同士の血のかけ合いが必要なのだと」
「なんの根拠もねぇだろっ。力を生み出す為だけに無理矢理子供を産ませてんのかよ…」
「実際私には父がいません」
「…っ」
「誰なのかさえ分からない」
その言葉はあまりにも静かで、それでいて、耳を疑うほど重い。
「暴動が起きてもおかしくねえ話しだ。なのにっ…」
「うちは一族には写輪眼があります」
「っ…」
空気が、凍りついた。
風が止まったようにすら感じる。
それは禁忌中の禁忌だとマダラが拳を握りしめた。
「……ふざけんな」
ぽつりと落ちる声。低く、押し殺された感情の底に、見えない怒りを孕んでいる。
「仲間を…なんだと思ってやがる」
ノカゼは何も言えない。言えるはずがなかった。それが、自分の一族にとって"当たり前に存在してきた現実"だから。異論を唱える者も中にはいる。しかし自分たちはあくまでも守られている側であり、うちはほどの力を持った一族を現時点では敵に回そうとは思っていない。
「マダラ様…」
「……?」
「私が今からお伝えすることは、絶対に誰にも話さないと約束をしてください」
「…は?」
改まり、姿勢を正してマダラと向き合う。
「あなただから、私は信じてお話しします」
「……ノカゼ」
今までに見たことがないほど真剣で、偽りのないノカゼのまっすぐな瞳。空色の澄んだ美しい瞳の中には、強い意志が宿っている。
「仙波一族に伝わる"神手"の発現者は、今現在確認されていません。その力はあまりにも未知数で、人の生死を自由に司れるほど強力な力です。もし一族の中でその存在が公になれば…事態は混乱を招き、同盟関係を大切にしてくださる穏健派と過激派の衝突は避けられないと思います…」
それだけは絶対に起きてはいけないと、ノカゼは続ける。
「彼らは"神手"の力をものにしようと躍起になっています。ですがこの先、未来永劫…"神手"を宿して生まれてくる人間は現れません」
「…?」
「残されている伝承には誤りがあります」
「誤り…?」
張り詰めた空気の中でノカゼが瞳を伏せ、両手を祈るように重ねる。
「この力は宿し生まれてくる物ではなく…"選ばれし者にのみ託され、受け継がれる力"なのです」
その刹那ーー。
手覆いに隠されているノカゼの細い両腕が白い輝きを放ち、マダラは目を見開き驚愕する。
「ノカゼ……お前…」
噂には聞いていた。
だが実際にそれを見るのは、これが初めてだった。
「"神手"の継承者は私です。マダラ様」
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〜光と闇〜
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