リクハの父、アキトは考えていた。
真っ逆さまに崖から落下していく(突き落とした)同胞の少年二人に冷ややかな視線を向けながら、この崖を1分以内、先に上がって来た方に娘を守らせようと。
南賀ノ川上流の崖。数十メートル先に流れている川は、昨日の雨で濁流と化している。崖上まではかなりの高さがあり、忍であっても並の子供が登って来れるような場所ではなかった。
「イタチが先か、シスイが先か…どっちやろなぁ」
崖の淵に腰を下ろし、イタチとシスイについて思考を巡らせる。二人とも、一族に固執し続けるうちはの中でも類い稀な思想と力を持ち合わせた若者であると思う。名や能力に依存し、依存していることにも気づかず「我々はうちは一族だ」と傲慢な考え方しかできない一部の大人たちとは違う。だからここへ連れて来た。
眉目秀麗、文武両道。側から見ればまさに完璧な人材と言える。というか周りからの評価がまさにそれだ。
だが、そんな天才も可愛げと愛想は平均点以下。何であんな無愛想なやつが愛してやまない娘の幼馴染なんだと悪態を吐きながら、アキトは苦い表情を浮かべた。
「20、21、22…」
シスイには、将来的にイタチとリクハを導いてもらわなければならない。愛想も良く、真面目で情に厚い理想的な兄貴分といっても過言ではない彼ならば、二人をうまく扱えるはずだ。ならやはりシスイか…?と思った次の瞬間、眼下から一本のクナイが飛んで来た。少しばかりの殺意を感じながらそれを顔に突き刺さるか刺さらないかというギリギリのところで難なく掴み停止させると、ほぼ同時にイタチとシスイが崖上に上がって来た。
突き落としてからこの間、たったの30秒である。
「…っ…!」
「ハァッ…ハァッ…」
「…30秒か。うちは一族ならもっと気張らんかい」
膝に手をつき体全体で呼吸をしているイタチとシスイに労りの言葉をかけるでもなく、突然突き落としたことに謝罪するわけでもなく、淡々とした口調で嫌味を放つ。だが予想以上の記録にアキトの口元が弧を描いた。
「オレはさ、男に修行つけへんの。基本的に」
「…これ修行なんですか?」
アキトの言葉にイタチは表情を歪めたまま問いかける。
「何でかっていうとな…」
「相変わらず人の話を聞かないな」
「よせイタチ…話すだけ疲れるぞ」
「何でかっていうと、オレのお眼鏡に適う忍が居ないから!」
立ち上がり、一瞬のうちに二人の背後に移動したアキトが意気揚々とそう宣言する中でイタチとシスイは目で追いきれなかったその動きに冷や汗を垂らした。当の本人はイタチの投げたクナイを人差し指でくるくると回しながら、一人演説を続けていく。
「はたけカカシのような逸材はおるけどね」
「他にも優秀な忍は大勢居ますよ」
「ならお前、アカデミーで自分とリクハ以外に目を引かれる奴おった?」
アキトがイタチに問う。
「それは…」
「オレが言いたいのは普通次元の強さやないよ?」
「「…??」」
「オレが言いたいのは、規格外かどうかってこと」
「このイケメンで強いオレみたいにね」と、躊躇することなく言ってのけたアキトに対し、イタチとシスイは顔を見合わせ冷ややかな視線を向けた。謙遜するということを知らないこの男が、リクハの父親だというのだから理解に苦しむ。だが実力は確かなのだ。今しがたそれを突きつけられたばかり。
「確実に見込みがなきゃオレは見ない」
「…なら、オレたちには見込みがあると?」
腰に手を当て、溜息混じりに問いかけて来たシスイ。だがその問いに答えるつもりはないらしく、アキトは回していたクナイをパシッと掴み先端をそれぞれに向け怪しい笑みを浮かべた。
「お前ら二人に、頼みたいことがある」
「「嫌です」」
*
そのあとシスイと共に、再び崖の上から突き落とされたのは言うまでもない。笑顔を貼り付けたアキトは容赦が無く、死という感覚を感じたのは戦争を体験した時以来だったとイタチは隣にいるリクハに視線を向けた。
『もし生きてたら…今度は私が父さんを突き落とすね…』
「いや、別にそれはいいんだ。修行自体は有意義だった」
『ううん、タダじゃおかない』
「………」
どす黒いオーラを放出させながら笑顔を浮かべたリクハを前に、イタチは「話さなきゃよかったな…」と内心呟いた。
『父さんの頼みって、何だったの?』
「ああ。…後日談になるんだが」
『うん』
修行という名の体罰と暴力を働いたアキトは、数日後にイタチのところへやって来たという。自分の好物をこれ見よがしにチラつかせて、リクハには内緒にしていて欲しい頼みごとがあると意味深なことを口にしながら。
『私に秘密の依頼?…思い当たる節もない…』
「なら上手く隠しきれたという事だ」
『…シスイにも?』
「ああ」
『…私一人だけ知らなかったってこと?』
「知らなくても差し支えのないことだ。…ちなみに」
『??』
「内容を聞いて引き受けはしたが、オレは断じて、物に釣られたわけじゃない」
大真面目にそう言ったイタチに対し、リクハは『そこ!?』とすかさずツッコミを入れた。
「ただ、アキトさんに頼まれなくとも…オレもシスイもはなからそうして行く意思があった。だからこうしてお前の隣にいるのは、紛れもなくオレの意思だ」
『イタチ…?』
「あの日、アキトさんはオレたち二人にこう言った…」
漆黒の瞳を細め、リクハの手をぎゅっと握りしめた。
「お前たち二人に、リクハを託す。…死ぬまで守ってくれ」
Mission.3
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