「おい、何だったんださっきの音は…っ」
「綱手様…それがですね」
「………」
「ああ?」
*
少し肌寒い夜道をイタチに手を引かれ時々転びそうになりながら歩く…と言うよりは小走りで付いて行くリクハ。いつもなら歩くペースは絶対に合わせてくれるのに、一言も発することなくただアパートまでの道を歩き続けるイタチの背中に酔いが回っているリクハでさえマズイな…と自覚していた。
『……(ど、どうしよう)』
生まれた時から一緒にいるとても長い付き合いだけれど、イタチが本気で怒る姿というのを数えるほどしか見た事がなくてこうなった時は今だに対処に困るし、正直怖い。いつも穏やかな性格の持ち主ほど怒らせると怖いというが、まさにそれだ。飲み過ぎてまた問題を起こさないようにと念を押され、それでも心配だからとお目付役にシスイを同行させ送り出してくれたイタチ。周りにかかる迷惑を最小限に、リクハ自身に何かあっても嫌だと思ってそうしてくれた彼の心遣いを無にしてしまっただけにかなり心苦しい。
「…リクハ」
『…!!は、はい…』
いつもより明らかに低いトーンの声に体がビクッと反応する。
「怪我は」
『え…っ?』
「さっき頭を押さえてただろ。打ったのか?」
『…あ、平気…。大丈夫…』
「そうか」
何を追求されるのかとビクビクしてしまったがイタチの口から出た言葉はリクハの体を気遣うもので、その優しさに申し訳なさが一気に募っていく。けれど伝わってくる雰囲気はいつもの穏やかなそれとは違って、やはり怒っているんだと分かった。それからまたしばらく沈黙が続いて、アパートに着く頃には意識的な酔いは覚め切っていて嫌な汗がこめかみを伝った。
数ヶ月前に婚約して一緒に生活し始めたのはいいが、こうゆう時には逃げ場がない。非常に気まづい空気のまま靴を脱いで上がろうとすると、突然体が宙に浮き脱ぎかけの靴が落ちる音が聞こえた。
『イ、イタチッ…?』
一瞬何が起きたか分からなかったが、自分が横抱きにされてるんだと気づいた時には寝室のベッドの上に座らされイタチの深い溜息が聞こえてくる。窓から差し込む月明かりだけでは表情を確認することは難しいが、想像は容易についた。
「もう酔いは覚めたのか?」
『うん…。あのイタチ…ごめんなさ…』
「お前、さっきの事も謝れば済むと思うなよ」
『え…』
「いい加減にしろ、リクハ」
真剣な表情に低いトーンでそう言ったイタチに、驚き唖然とするリクハ。今まで怒られることはもちろんあったが、今回は何かが違うとすぐに感じた。何も言い返せずにただ俯く。
「誰なんだ」
『知らない人…』
「なんでああなった」
『…シスイたちのところに戻ろうとしたら声をかけられて少し話してたの…そしたら、その』
声をかけてきたのは複数人いた中の一人の女性だった。だから疑いを持つことなく足を止めてしまったのが間違いだったと今では思う。
「お前に好意を持っていたんだろうな」
『……』
溜息混じりにそう言ったイタチに、申し訳なさが募る。リクハから離れ近くにあるソファに座ると前髪をかきあげてからその手をだらんと力なく下ろした。
「こんなことは言いたくないが…」
『…?』
「もう少し、自覚を持って行動しろ」
瞳を伏せ湧き上がる感情を抑えながらそう言ったイタチ。うまく平常心を保てているだろうか。先程の光景を思い出すと腹わたが煮え繰り返りそうになるのだが、自分のことを一番に理解しているリクハのことだからそんなことはお見通しなんだろうなと感じた。
「お前には悪いと思うが、オレはうちはをまとめる父さんの息子で…嫌でも周りの期待がある」
『……』
「一族のしがらみにお前を巻き込みたくはないが、オレはそうゆう立場にいる人間なんだ」
そうじゃなければもっと自由にいれたかもしれないのに、ごめんな。という謝罪の言葉に胸が苦しくなった。うちはフガクの長子であるイタチと共に歩んでいくということは、人としてそれなり以上の器や常識がなくては務まらないと婚約を決めた時シスイに言われた。それに関して言えばイタチは人格者なうえ腕は立つしで文句のつけようがないけれど、自分はそれに見合う器ではないような気がしてしまって泣き出したい気分になる。一族のこともイタチの立場も一緒に背負う覚悟があるからそばに居ると決めたのに。
『イタチ…』
「……」
消え入るような声でイタチの名前を呼んだリクハに視線を移すと、ゆっくりとベッドの側から立ち上がり目の前まで歩み寄ってくる。暗闇に目が慣れてきて月明かりに照らされたリクハは俯いた瞬間顔にかかる髪を耳にかけながら、ごめんなさいと呟いた。
『〜っ…婚約破棄?』
「…バカお前、そんなことするわけないだろ」
『う〜っ…』
「…はぁ」
ポロポロと涙を流し始めたリクハを前に、もう諭そうなんて気は起きずそんな甘い自分に呆れて出た溜息。駄目だなオレは…と内心嘲笑いつつ涙を拭うリクハの両手を優しく取ると、自分の膝の上へと引き寄せ座らせる。まだほんのりと赤い頬に伝う涙を何度か拭ってやると、ぎゅっと自分の首元に腕を回し抱きついて来た。そんな可愛らしい行動に、自然と笑みがこばれる。
「どうした?」
『ごめんなさい…』
「泣くくらいなら今度から気をつけろ」
『うん…っ』
柔らかく、指通りのいい髪を撫でながらリクハが泣き止むのを待つイタチ。ぐすっと鼻をすする音が止まり「大丈夫か?」と問いかけると、体が少し離れ下唇を軽く噛んで拗ねたような表情を浮かべているリクハと目が合った。
「なんだよ」
『さっき怖かった…』
「もう怒ってない」
『…ホントに?』
「ああ。怒ってはいないよ」
今目の前にいるのはいつもの穏やかな雰囲気のイタチで、自分を見つめたまま目を細め微笑んでくれるものだから本当に怒ってないんだなと胸を撫で下ろす。が、今まで散々イタチの優しさに甘え、今回もこれで話がついた…次からは本当に気をつけようと自己完結したのがいけなかった。
次の瞬間にはイタチがリクハの体を軽々と抱き上げベッドに下ろし、そのまま頭を支えて押し倒す。抵抗する隙など与えず両手を押さえ、唖然としているリクハを至近距離で見下ろした。
「お前、オレの性格をよく理解してるよな」
『…へ?』
「確かにもう怒ってはいないが…」
『え、ちょ…待ってイタチッ…んんっ』
有無を言わせまいと強制的に塞がれた唇に驚き目を見開く。熱を帯びた舌に口内を侵されると持ち合わせていたはずの余裕はすぐに無くなり、されるがままで深いキスに堕ちていく。唇を離しリクハの頬を優しく撫でると、まるでお酒に酔った時のようなとろんとした瞳と視線が重なり欲情する。
「…怒ってはいないが、オレは嫉妬深いって…お前ならよく知ってるよな?リクハ」
一度捕まったらもう逃げられない
(そう、彼からは絶対にね)
*前 次#
○Top