身勝手な私の選択を、どうか…お許し下さい杏寿郎さん。
貴方がこの命を守り、慈しみ、愛してくれたように…これからを生きるあの子達を守り、未来へ送り出していくことは、私の最後の務めであり、使命であったのだと…そう、受け入れて欲しいのです。
心身共に未熟な私が死を覚悟できたと言えば嘘になってしまいますが、貴方を…杏寿郎さんを想うと、不思議と胸の内から力が湧いて来るのです。体が弱く、叶わないと思っていたことも、貴方が居たから現実となり、生きる意味を見出せた。このような病弱な娘をいつも近くで励まし続け、歩みの遅い私の手を取り共に歩んでくれたこと…本当に、感謝しています。
私はこの世で一番の幸せ者であったと、胸を張って言えます。

だからどうか、悲しまないで下さい。

私は…誠実で、正義感に溢れ、いつも前向きな…太陽の様に明るく愛に満ちた杏寿郎さんが大好きです。
貴方には、陽の光のように眩しい笑顔がとても似合う…。私の命が尽きたとしても、大好きなその笑顔を、絶やさないと約束して下さい。



『炎ノ呼吸…特式、零ノ型…』
「……ッ!?」
『…"炎華"っ…!』

鬼の体を貫いている日輪刀が、燃えるように赤く輝く。

『っ…!!』
「ガッ…!」

華奢な手に不釣り合いな刀の柄を力一杯握りしめ、肉を抉るように半回転させ勢いよく引き抜くと、無数の紅い火花が散り賢鬼の体に凄まじい衝撃を与える。それはまるで鉛玉を間髪入れずに喰らっているかのような強い衝撃。灯華が刀を引き抜くと同時に血を吐いて膝から崩れ落ちていった賢鬼が胸を押さえて声にならない声を上げる。初めて味わう全身が麻痺したような感覚に身動きの取れない鬼を視界に収めながら、よろめき数歩後退った灯華の口端から…ツーと赤い血が伝った。

『ゴホッ、ゴホッ…ゴホッ…!』

今の攻撃で著しく消耗した体力。
霞んでいく視界。
息苦しく、気を抜いたら気絶してしまいそうな意識を強い意志で何とか保ちながら踏み止まると、着物の裾で血を拭い千寿郎たちの走り去っていった方角に視線を向けた。

「ガッ…グガッ……(何しやがったっ、この女!!!)」
『…私には、貴方の頸を斬ることはできませんが…』
「…!?」
『足止め程度なら出来る…』
「…ザッ、けっ…ん、ナッ…!!!」

赤く輝く日輪刀を握り直し、呼吸を整える灯華。
何故か不思議と、命の終わりが見えた気がした。
あと二回。
あと二回この技を使用すれば、間違いなく自分は死ぬ。
『炎華』は、同じ病に侵されながらも最後の最後まで鬼と闘い柱となる夢を諦めなかった彼女の母親が考案し、残していった忘れ形見。僅かな力を最大限に活用し、鬼の動きを一時的に強制制止させる技。
体の一部に刃を突き刺し、捻り込むように刀を半回転させる。その際刀から放出される火花が鬼の血液と癒着し、体を麻痺させ動きを止めるのだ。非力な灯華では鬼の頸を斬ることができないが、足止めの時間を稼ぐのには十分だった。

『(杏寿郎さんが来るまで、何としてもあの子達を…)』
「…ッ!」
『ゴフッ、ケホッ…(私が、守るんだ……)』

口元を押さえた手の平に広がる赤い鮮血を見つめ、覚悟と共に刀を握り締めた。覚束ない足取りで千寿郎たちのあとを追うため駆け出した灯華の後ろ姿を、賢鬼は憎しみと怒りの眼差しで睨みつけた。



「千、じゅ、ろう、にいちゃ…っ」
「…っ!!十四紀君っ!?」

無我夢中で走り続けていた十四紀が、木の根に足を取られ力なく倒れ込んだ。千寿郎がすぐさま足を止めて様子を伺うと、折られた腕が赤紫色に腫れ上がり、その激痛から幼い十四紀の意識は朦朧としていた。

「酷い熱だっ…(まずいっ…ど、どうしようっ…)」
「い、たいよ……せん、じゅ…にいちゃん…」
「(これじゃあ逃げるなんて無理だっ…)」

表情を歪めながら周囲を見渡し、目に滲んできた涙を濡れた袴の裾で拭う。逃げることに意識を集中していたからか、滝壺に落ちてから起きた出来事の整理がまだついていなかった。自分たちが生きていることに違和感すら感じながらも、最後に見た灯華の姿が目に焼きついて離れない。病魔に犯され床に伏しているはずの彼女がなぜ、兄と同じように日輪刀を手にしあの場に居たのかが理解できないのだ。千寿郎は肩で息をしながら押し寄せて来る複雑な感情の波を振り払うと、今すべきことに意識を向け、十四紀の体を抱き抱え近くにあった大木の影に身を潜めた。

「……ねえちゃん、の声…きこえたんだ……」
「………」
「…たすけにきて、くれたのかな……?」
「…うん。灯華さんが、僕らを逃してくれたんだ」
「…ねえちゃん、きょ、じゅろうみたいに、つよくないのに…へいき、かな?」
「………」
「しんで、ないよね……?」
「……分からない」
「…………せん、じゅろうにいちゃ……」
「分からないんだっ……ごめんっ。ごめんねっ…」

千寿郎の大きな瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。

「でもっ、僕らは生きなきゃダメだ!絶対助からなきゃっ」
「…………う、ん…」
「僕が背負って行くからっ、もう少しだけ頑張って、十四紀君っ」
「………」

虚な瞳でどこまでも自分を励まし続けてくれる千寿郎を見つめたまま、十四紀は力なく小さく頷いた。それを確認した千寿郎が涙を拭い少しでも安心させようと無理矢理笑顔を浮かべたその時だった。

『十四紀っ…千寿郎君…?』
「!!!」
『そこに居るの?』

聞き慣れた優しい声色が自分たちの名前を呼び、近づいて来る足音が聞こえたのは。

「…っ……」

千寿郎が慌てて大木の幹の影から飛び出すと、そこには息苦しそうに胸元を押さえ不安そうにこちらを見つめている灯華が立っていた。見るからに疲弊していて、その姿は弱々しい。

「…灯華さんっ!!!!」
『良かったっ、無事でっ…。十四紀はっ…』

千寿郎の姿を視界におさめた瞬間、いつもと何ら変わらない、穏やかな笑顔を浮かべた灯華。堪らず駆け寄り小さく震えている両手を握りしめると、不安に満ち満ちた表情で灯華を見上げた。

「兄上はっ、貴女がここにいることを知っているのですかっ?」
『…………』
「…まさか…何も言わずにここへっ…?」
『…実は、外に出るなという杏寿郎さんの言い付けを破るのは初めてで…』
「…えっ?」
『…でもっ。…怒られる覚悟はできています』
「そ、そうじゃなくてっ…」

ふふっとこの場に似つかわしくない柔らかな笑顔を浮かべた灯華に、握っている手に力を込めて誤魔化さないでくれと訴えかける。

「…っ!…灯華さんっ、なぜこんな無茶をっ…」
『………』
「そんなっ…傷ついた体で…なんでっ…」
『…大丈夫です、千寿郎君。それより、十四紀は無事でいる…?』

穏やかだが問答は受け付けないと言っているような青い瞳に、千寿郎が瞳を逸らす。
納得のいかぬまま彼女の手を引いて十四紀の元へと誘うと、大木の幹に寄りかかりぐったりとしている幼い身内を前に灯華は表情を歪めて十四紀の前に歩み寄り優しく小さな頬を撫でた。

『十四紀…聞こえる?私が分かる…?』
「…………」
『十四紀…?十四紀っ…?』
「……灯華……ねえ、ちゃん…」
『…よかった…。すぐにここから離れましょう…』
「…っ、さっきの鬼がまだっ?」
『ええ。残念ながら私には、足止めをするのが精一杯で…』

持っていた包帯を十四紀の腫れ上がった腕に巻き付けながら、千寿郎の問いに答える灯華。急いでいるからか少しだけ雑な仕上がりになっているが、気にせず幼い体を背負うために背中を向ける。そして、千寿郎に視線を向け確信めいた眼差しで口を開いた。

『けれど、杏寿郎さんが来てくれます。だからもう大丈夫です…』
「……灯華さん…」
『十四紀を守ってくれてありがとう。千寿郎君』
「…っ、僕は、何もっ、何もできなくてっ…」
『いいえ。貴方は本当に賢くて強い子です…』

兄に良く似た大きな瞳を真っ直ぐ見つめて優しく微笑む。
なんて立派な、誇らしい家族なのだろうと胸の内に溢れて来る思いを感じながら灯華は千寿郎の頬に左手を添え、包み込むような声色でこう言った。

『貴方は私の、自慢の義弟(おとうと)ですよ。千寿郎君』
「…っ……!」

深い愛情と純心に触れ、千寿郎はその小さな拳をギュッと握りしめた。悔しそうに唇を噛み締めて、必死に溢れそうになる涙を堪える。

『さあ、行きましょう。私の力ではそう長く鬼を足止めできなっ…』
「……?」
『千寿郎君っ…』
「わっ……!?」

穏やかだった灯華の表情が一瞬で曇り、千寿郎の腕を引き寄せる。一体何事かと視線を向けると人差し指を口元に当て『息を潜めて』と訴えかけて来る灯華の姿が映り込んだ。

ーパキッ…

小枝を踏んだ足音が響き、再び鬼の魔の手が迫り来る。

「死に損ないのクソ女がっ!ふざけた真似をしやがって」
『………』
「そのガキ諸共、今すぐあの世へ送ってやるよ」
『……言ったでしょう…私の家族には手を出させないと』

自分を不安そうに見つめて来る千寿郎の肩に手を置いて、小さく頷き立ち上がる。赤く燃える炎の色に輝く日輪刀を強く握りしめ、大木の陰からゆっくりと姿を見せた灯華。こちらを睨みつけている賢鬼と神妙な面持ちで対峙すると、鋭い爪の生えた人差し指が向けられる。

「お前からは、死の臭いがする」
『………』
「自分が死ぬって解ってて、一丁前に自己犠牲か?」
『………』
「言っておくが、お前じゃ何も守れねぇよ」
『……(臆しては駄目。杏寿郎さんが、必ず助けに来てくれる)』
「何もできずにお前は俺に…喰われるんだよ」
『…スッ…(大丈夫…大丈夫。だって私には…私の中にはっ…)』

短く息を吸い込み、ほぼ同時に地を蹴り一瞬で距離を詰めた灯華と賢鬼。日輪刀と鋭い爪がぶつかり合い、火花を散らせた。体が病に蝕まれてさえいなければ、灯華は間違いなく母の跡を継ぐ優秀な隊士になっていたことだろう。炎柱を担った曾祖父の素質と母の優れた感覚を受け継いだ彼女の太刀筋は、煉獄杏寿郎のそれを思わせるものだった。

『…っ!!』
「ぐっ、この女っ…」
『…!!(私の中には…いつだって貴方が、杏寿郎さんがいてくれるっ…)』
「死に損ないがぁぁぁっ!」
『私は炎柱、煉獄杏寿郎の妻!鬼になど、絶対に屈しない!』

目の前にある恐怖を払拭させるほどの深く、純粋で、温かな愛が胸の奥で揺らいでいる。徐々に小さくなっていく命の灯火の隣には、いつだって彼がいて、今までの思い出が走馬灯のように蘇ってきた。

「俺はずっと、君のそばにいると約束しよう。灯華」

炎 華
(尊し命の華を生けて…)

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