「純ちゃん」
『はい?』
「怖い?」
『何がですか?別に怖くないですけど』
「いいよ、僕の前では強がらなくて。…ハイッ」
『……何ですかこの手』
「せっかくムードあるし、手繋いでこっ☆」

記録ー2016年東京。
同級生による執拗な嫌がらせが起因となり
首謀者を含む4名の男子生徒が重傷を負う

都内某所の高校で起きた、呪いによる悲惨な事件。
ロッカーの中に押し込められた4名の男子生徒は全員重体で今も目を覚さずにいると報告を受けた。事件が起きた学校は休校処置を取っていて、その間に呼び集められてしまった呪いの一掃と、現場調査を兼ねて派遣されたのは、東京都立呪術高等専門学校一年担当の五条悟(特級呪術師)と副担任である橘華純(一級呪術師)だった。

『いや…だから怖くないんで大丈夫です』
「そうじゃなくてっ、お化け屋敷だと思ってさ!」
『本物の脅かし役が五条先輩の存在にビビってるのに?』

ただのアトラクションに過ぎないお化け屋敷など比にならないくらい、重々しい負の感情が吹き溜まった校内。目当ての教室に行くまで互いにポイポイ祓った呪霊の数をいちいち数えているわけではないが、低級呪霊ともなると五条のかもす圧に恐れをなし逆に姿を隠そうとする。普通視線を合わせるだけで襲ってくる呪霊達が、だ。
差し出された手から五条に視線を上げると、プクッとと小さく頬を膨らませて自分の提案に乗ってこない純に対して不満を抱いているようだった。

「学校だよっ?昔思い出してさぁ〜青春しようぜ」
『こんな悪臭漂う場所で"悪春"思い出したくないですよ』
「処女奪われたこととか?」
『………』

ーヴォンッ
という音の後に無下限と純の呪力の籠った拳がぶつかり、それによって生まれた衝撃波が辺りに伝わりガラスを砕き、近くにいた数体の低級呪霊を祓う。「おーコワッ」と片手の人差し指と中指をクロスさせながら白い歯を見せた五条には、焦りなど微塵も感じられない。

『それは言っちゃいけないヤツだろーが』
「いいじゃん、愛してんだから」
『言っときますけど世間的にはやったことクズですからね?』
「でもほら、純にだけだから」
『いや人数の問題じゃないんですけど』

ニパッと笑いながら筋の通らない言い訳をした五条が、純の背後に迫った呪霊を人差し指でサッと祓う。長いアッシュブラウンの髪がわずかに揺れて、小さな溜息が聞こえてきた。

「まあなんでもいいや。ハイッ、手繋ご」
『……』

人の処女を奪っておいて「なんでもいいや」はないだろと内心反論するも口には出さない。何故なら、また面倒な問答が始まるのが目に見えて分かるからだ。嫌味を言われるのも嫌だしと、差し出された手に『も〜っ!分かりましたよっ』と言いながら渋々自分の手を重ねると、出会った頃からずっとそばにある、変わらない温もりが伝わってきた。



「特級過呪怨霊かぁ」

事件が発生してからまだ清掃途中の4人が押し込まれていたという掃除用ロッカーには、乾いた血がべっとりと付着していて床にまで溢れ出ていたのかいろんな意味で穢れていた。恐怖と絶望、死を体験した生徒から生まれた負の感情がやはり呪いを生んでいたが、それより何より肝を冷やされたのは、今回の調査対象である「特級過呪怨霊」が出自し残った残穢の方だった。呪術師最強五条悟の持つそれとはまるで違う別次元の禍々しさがあったが、教室に着いた二人が放った第一声は意外にも『「ヤバくね?」』という呑気なものだった。

『2級術師が三人、1級術師が一人…でしたっけ?』
「そっ。んで上の奴らが僕にお鉢を回して来たってわけ」
『…それで私も巻き込まれてると…』
「僕と純ちゃんはハッ◯ーセットみたいなもんだから」
『全然ハッピーじゃないんですけど。私1級ですよ?』

さっきの残穢だけで分かったでしょ?私もその返り討ちにあった呪術師と同等級です五条先輩。だからハッピーなんちゃら言ってないで一人でなんとかして来て下さい。と言いたげな表情を向けてきた純に対してビシッと人差し指を立てた五条は、この場の空気に似つかわしくない陽気な声色でこう言った。

「大丈夫!純が特級になれないのは僕のせいなだけだから!」
『自分の過失を自信満々に言わないでもらえます?』
「まあさっ、お前は若人の暗〜い心に寄り添うの上手いじゃん」
『未だかつてないんですけど。背中に核ミサイル積んでる少年の心なんて』
「ちなみに僕はずっと純の心に寄り添ってきた」
『今日なんかちょいちょいウザいです。何のアピールですか?』

しら〜っと冷めたような眼差しで五条を見るも、華麗に受け流されて「ところでさっ」とお得意の話の切り替えが始まった。

「純は"例の彼"の詳細聞いたんだよね?」
『ええ。彼に"憑いてる女の子"のこともね』
『「………」』
『…な、なんですか?なんで急に黙るんですか…』

カッチカッチという高校の前に停めた車のハザードランプの音が車内で静かに響き渡る中、この案件を受ける際に提示された少年と少女の今に至る生い立ちを思い出しながら五条は運転席に座っている純をジィーっと意味ありげに見つめ、そして…。

「僕が死んで純に憑いたらメンゴ」

片手を上げ、比較的真面目な声色でそう言った。

『なら先輩より早く死にます。自分大事なんで』
「はっ…!名案浮かんだっ」
『はいはい。高専戻りますよ』
「僕が死ぬ寸前に純を道連れにすればいいんだっ」
『どこのラスボスのセリフですかそれ!』
「へへへっ。それだけお前と一緒に居たいの」

『冗談に聞こえないから怖いんですけど』と呟きながら静かにアクセルを踏んで車を走らせた純の横顔を見つめ、五条は柔らかな髪に手を伸ばした。



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