「完全秘匿での死刑執行?あり得ないでしょ」
上層部の下した決定に、否定的な意見をぶつけた五条の一歩後ろに控えた純は、自分たちを取り囲む様にして位置している六枚の障子戸に映る呪術総監部の長老たち影を静かに見据えた。いつも飄々とし、マイペースな五条ですらストレスを感じる彼らとのやり取りは、正直言って時間の無駄だ。
「しかし、本人が了承した」
『…それ、誰に執行させるおつもりですか?』
答えの解り切った問いをあえて投げかけた純の言葉に、長老たちは一斉に押し黙る。何故ならば現存する呪術師の中で、今それができる術師は五条悟をおいて居ないからだ。自分たちの手に負えない厄介事をこのタイミングで五条に押し付け、加えて罪のない少年の死刑執行など有ってはならない、あまりにも身勝手で残酷な判断といえた。
『五条"さん"にお鉢を回した以上、彼は私の生徒でもあります』
「橘華。お前(1級呪術師)の出る幕ではないわ」
『…(イラッ)』
「純」
沸々と湧き上がる怒りからか、こめかみに青筋を浮かべた純に待ったをかけたのは意外にも五条の方だった。完全にいつもの立場が逆転し、軽く下唇を噛んだ純が小声で問いかける。
『…キレていいですか?』
「ダメ」
五条の立場を考えずに行動しようとは微塵も思わないが、若い少年の命をこうも軽視する長老たちの判断がどうしても納得できない。だが彼の正しい即答に、反論する気は起きず口を閉ざした。互いに表情こそ変えないが、五条はきっと自分の気持ちを理解している。そう感じた次の瞬間には、純の思いを代弁するかのような言葉が五条の意思として伝えられ、すでに犠牲者が出ているうえでのその言葉には、これ以上ないほどの説得力があった。
「未成年……16歳の子供ですよ。逆に何人呪殺されるか分かりません」
「ではやはり」
「ええ。乙骨憂太は、呪術高専で預かります」
*
総監部室を後にした二人が向かうのは、数分前まで死刑対象であった乙骨憂太のいる特別室。暗がりに浮かぶ灯りを頼りに歩みを進めていると、突然五条の左手が純の右手を握りしめた。俯き加減だった顔を上げ、190cmの長身を見上げる。
「怖い?」
『………』
数時間前、事件が起きた高校でされた質問と同じ問いに対し純は小さな溜息を吐いて五条の手を握り返して『怖くないですよ』と口にする。
「ウソ。不安そうな顔してるよ」
包帯で覆われた五条の瞳が直接的に純の姿を映さずとも、確信を得ているような声色でそう言った彼には何もかもを見透かされている気がした。
怖い、ということに関して言えば純の中に恐れはない。橘華純がこの世で恐れを抱く相手は一人、五条悟だけだという事実は少しばかり有名な噂である。
『正直ちょっと、悔しくて』
「乙骨優太のこと?」
『はい』
「何で?お前の望み通りの結果でしょ?」
『もちろん。ただそれが、私の力じゃないことが悔しくて』
「……なるほどね」
長い時間を共にしてきたからこそ解る、言葉の裏側にある感情。教員になった純の第一優先は、五条でもなければ同期の七海でもない…これからを担う「生徒たち」だ。まだ会ったこともない乙骨憂太の存在は、すでに彼女の中では生徒という守るべき対象に位置付いていたらしく、そんな彼を自分の手で守れなかったことを少しばかり悔やんでいると彼女は言った。
『私じゃ彼の秘匿死刑は止められませんでした』
「別にそれはお前が責任感じることじゃないよ」
『そうだとしても、先輩がいなかったらって考えると…』
「怖い?」
『……はい』
この問いに対してだけは、意地など張れない。
張れるほどの余裕もなかった。
現に五条がいなければ、一体どれだけの呪術師が立場を追われてその姿を消すだろうか。その中の一人に、自分がいるという現実を強く噛み締める。今の自分が在るのは間違いなくこの男の後ろ盾のお陰であって、五条悟にしか救えない命があるということに、純は恐怖に近いものを感じている。
こんなことを以前にも聞いたことがあったような…と空いている手を顎に添えた五条は「てか…」とシリアスな空気を明確な答えで跳ね除ける気満々の声色で口を開いた。
「そんなことで怖がってんならさ」
『…?』
「明日にでも僕と結婚しちゃえばいいじゃん」
『………ん?……えっ…ナンデスカ?』
「そっちの方が僕の仕事も減るし」
『…………』
「"五条悟の正妻"って肩書きは超デカイよっ!何でも出来る」
『…正妻?…嫁候補何人いるんですか?』
「正直無敵。マ○オのスター状態がずっと続いてる感じ」
『……聞いてねぇし』
ヤバくない?と人差し指を立て一人盛り上がっている五条に対し、かなり真剣な悩みを話したのにと冷めた視線を送る純。ああやっぱりこの男は五条悟であって、それ以上でも以下でもないんだと改めさせられた。『私ヨッ○ー派なんで』と繋いでいた手を振り払うと、すぐに肩を抱かれて引き寄せられた。
『歩きづらっ…』
「つまりさ。可愛い生徒を守りたいなら手段なんて選んでないで覚悟決めろって話し」
『………』
「アレもコレも嫌だ、でも大事なもんは守りたい。そんなイヤイヤ期の子供みたいなことしてたら絶対手遅れんなるよ?」
『………』
「そんなのイヤでしょ?」
飄々と、痛いところをダイレクトに突いてくる五条の言葉に反論することが出来い。…否。反論などいくらでも出来るのだが、その気さえ無くなるほど的を得ている言葉だった。恐らくは自分を鼓舞してくれているのだろうが、いかんせん嫌味ったらしくて純は心底不快そうに頬を軽く膨らませた。
「僕は純を手放す気ないし、一緒にいたい。んで、お前は"大嫌いな御三家"の一つの権力ってカードが手に入る」
『………』
「そうすればドヤ顔でジジイたちに反論できるし、何かあったらみんなを守れる。そんでさらに実は"特級呪術師"としての実力ありました!ってサプライズぶちかませば、もう怖いもんないでしょっ」
『…先輩はそのサプライズぶちかました時の周りの人間の間の抜けた顔見たいだけでしょ…』
「へへへっ。バレた?五条悟の一世一代サプライズ!」
『……ホント頭の中中2の夏ですね』
「用意周到なの。これはお前にしかできないことだよ。純」
一方的な期待を込めた五条の言葉を聞きながら、純は乙骨憂太がいる部屋の扉を静かに見つめた。
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