「棘・パンダペア」
「がんばろう」
「真希・憂太ペア」
「げっ」
「(げって言った!)」
呪術高専は「呪術」を学ぶ教育機関なだけあって、教師も生徒(一部)も授業内容も一般のそれとは大きく異なる。転校初日だからといっても教室で大人しく机に向かう、なんてことはない。前線で活躍する術師の数よりも呪いの発生件数が上回ってしまっている現状、生徒であっても任務にあたる。互いの趣味思考、価値観を共有するのは呪いが噴き溜まる廃ビルや学校、いわく付きスポットでの方が多かったりするのだ。
「よ……よろしくお願いします」
「………オマエ、イジメられてたろ」
唐突な真希の一言に、乙骨の体がピシッと硬直する。
それだけ強烈な一言だったからだ。
「図星か。分かるわぁ、私でもイジメる」
目を見開き、表情を歪め、完全に自分に対しひるんでいる乙骨の態度に、初めから感じていた苛立ちが少しずつ募っていく。
「呪いのせいか?"善人です"ってセルフプロデュースが顔に出てるぞ、気持ち悪ィ。なんで守られてるくせに被害者ヅラしてんだよ。ずっと受け身で生きてきたんだろ。なんの目的もなくやってるほど、呪術高専は甘くねぇぞ」
指摘はさらに鋭く尖り、乙骨の胸を突いた。
真希の全てを見透かされたような感覚に口ごもり、下唇を噛む。ドクンドクンと心臓の鼓動を強く感じるも、緊張からか胸が苦しくなり、自分にしがみつくように左腕を体に引き寄せた。
「真希、それくらいにしろ!!」
「おかか!!」
「分ーったよ。うるせぇな」
パンダと棘がすかさずフォローに入ると真希は髪を掻きながらそれ以上の言葉は飲み込み、教室の入り口へと歩みを進めた。
そんな生徒たちのやり取りを黙って見つめていた純は、隣に立っている五条に視線を向けて嫌味を一つ呟いた。
『私もああやってイジメられてたなぁ…五条先輩に』
「僕はからかってただけだよ」
『へぇ。私が何回自主退学考えたと思ってんですか』
「でもしなかった。今もちゃんと僕の隣にいるし」
『…しなかったのは周りのフォローのおかげです…』
「純は何だかんだ僕のこと大好きだからな〜」
『話聞けよっ…!』
「ま、僕ら仲良しってことで!じゃあパンダたち!校門でね!」
「ラジャー」
『あ、ちょっ…なに勝手に話しまとめてんですかっ』
楽しげに純の背中を押しながら教室から出て行った五条たちに片手を上げ返事を返したパンダは、若干俯き気味の乙骨に視線を向け口を開いた。
「すまんな。アイツは少々他人を理解した気になる所がある」
「……いや、本当のことだから」
*
目的地の小学校に着くまでの車内。
真希と乙骨の間に生まれた雰囲気は最悪だった。
厳密に言えば真希から醸し出される「話しかけんな転校生」オーラが凄まじかった。どうにか任務を始める前に乙骨の緊張だけでもほぐしてやりたいと考えていた純だったが、そんなことに構うことなく助手席でワンマントークショーを繰り広げていた五条の相手をするだけで手一杯だった。
「(おい、すでに純疲れてんぞ)」
「(しゃけ…)」
「(あんだけ会話のキャッチボールできなきゃ疲れるだろ)」
ゲンナリしている純の肩に腕を回し、まだべちゃくちゃと話をしている五条に呆れたような表情を浮かべる三人。乙骨は自分と対照的すぎる五条を見つめたまま隣を歩くパンダに小声で問いかけた。
「(五条先生って純先生のこと好きなの?)」
「「「!!!!!」」」
パンダにだけ話しかけたつもりだったがその何気ない疑問になぜか真希と棘も反応し、三人の視線が一気に乙骨へと向けられる。なぜか拒絶的な視線をビリビリと感じた乙骨は、その威圧感にビクッと肩を震わせた。
「(んなことあってたまるかっ。やめろ気持ちわりぃ)」
「(おかかっ。明太子っ)」
「(おか…っ、なんて言ったんだ…!?)」
「(ホラ、悟は"あんなだから"純くらいしかまともに相手してくれる奴がいないんだよ。だからああやってうざ絡みすんのさ)」
「(…そ、そうなの?)」
「聞こえてるよ憂太〜」
「…!!えっ、僕っ!?ああぁあのっ、えと、ここは?」
ピタッと足を止めて顔だけを向けてきた五条に「地獄耳だったの!?」と内心呟き慌てて話を逸らそうとする。ここはどこかと辺りを見回す乙骨に小さな笑みを浮かべた五条は、純から離した手を後ろで組み校舎を見つめた。
「ただの小学校だよ。ただの校内で児童が失踪する小学校」
「失踪!?」
「場所が場所だからね。恐らく自然発生した呪いによるものだろう」
「子供が呪いに拐われたってことですか?」
「そ、今んとこ二人」
呪いがどんなものかすらもまだ十分に理解できていない乙骨は、この状況が上手く飲み込めずに唖然とした。
『先輩、こうゆうのは私にも事前に言っといて下さい』
「メンゴ〜」
『(イラッ)』
ニュースでしか見聞きしたことがないような事件が今まさに目の前で起きていて、その犯人は呪いであり、その呪いを祓うことが事件解決へと繋がるというのだから、今日が転校初日の乙骨からしたらなんとも理解に苦しむ状況である。
「大勢の思い出になる場所にはな、呪いが吹き溜まるんだよ」
「学校、病院。何度も何度も思い出され、その度に負の感情の受け皿となる。それが積み重なると、今回みたいに呪いが発生するんだ」
簡単な説明を終え、五条が人差し指と中指を揃えてスッと構える。
「呪いを祓い子供を救出。死んでたら回収だ」
『真希、憂太をお願いね!』
「純先生たち来ないんですか!?」
「僕らはあくまでも引率だから」
自分の両肩に手を置いて熱望するかのような視線を向けてくる純に、またいつものが始まったと真希は呆れ顔を浮かべた。
「母ちゃんかよっ。毎度心配し過ぎなんだって」
『だって五条先輩がテキトーだから…っ』
「僕いつも真面目にやってんじゃん」
「うるせぇ。さっさと帳降ろせ」
「おーコワッ。真希はまじで反抗期だね〜」
生徒の鋭い視線を笑いながら受け流し、構えた指を下ろすことなく五条が口を開き「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」そう唱えた、次の瞬間。
「!!」
ドプッという粘着質な水音が上空で響き、墨のような膜がドーム状に辺り一体を覆い始めた。
「夜になってく…!!」
「"帳"君達を外から見えなくし、呪いを炙り出す結界だ。内側から簡単に解けるよ。純、行こ」
始終不安気な表情が張り付いたままの乙骨の肩にポンッと手を置きすぐに離すと、純を呼び付け校門の方へと歩き去っていく五条。あまりにも説明不足な状況にどうしていいのか分からないでいると、純が乙骨の両手を握りしめて『大丈夫』と言い聞かせるようにそう言った。
『ここで頑張るって決めたんでしょ?』
「…は、はい…」
『じゃあ、そんな不安そうな顔してないで頑張れっ』
「…でも、あのっ…僕まだなにもっ」
『もう一歩踏み出してる憂太なら大丈夫。ねっ』
「……っ…」
『じゃあ真希、気をつけて』
「ああ」
二人のやり取りを黙って見つめていた真希に視線を移し意味ありげに頷くと、五条の背を追い歩き出す。
「そんじゃくれぐれも、死なないように」
『…ちょっと!』
「死って……先生!?」
帳が完全に降り切る寸前でそう言った五条と純に手を伸ばすも、二人の姿は完全に消え乙骨の叫びが届くことはなかった。
『せっかく励ましたのに煽らないで下さいよっ!』
「なにが"頑張れ!憂太なら大丈夫"だよ」
『え…なんでキレてんの…』
帳を出るなり停車した車のフロント部分に寄りかかり愚痴をこぼした五条。どこで地雷を踏んだのかと純が表情を歪めると、五条は子供のように腕を組み分かりやすく頬を膨らませた。
「僕には絶対あんなこと言わないくせに」
『…五条先輩は不安で怯えたことなんてないでしょ』
「純にはいつも怯えてる」
『どうゆう意味。それより本当にいいんですか?』
「憂太のこと?」
『里香ちゃんがどんな形であれ現れでもしたら、また上にドヤされますよ?(五条先輩だけ)』
帳で覆われた校舎の方を見つめて、溜息混じりにそう問いかけた純。五条の決めたことに異議を唱えるわけではないが、若い学生に秘匿死刑を言い渡した連中が五条に対し上からものを言うのが気に入らないのだ。
「ま、いつも通りだよ。僕は好き勝手やるだけ」
『………』
「純が応援してくれる"夢"の為にね」
『…五条先輩…』
純の頭をポンポンと軽く叩き「心配してくれてありがと」と小さく微笑んだ五条。いつもは軽率な発言ばかりだが、こうゆうところなんだと胸の内から湧き上がる温かいものを感じて感謝の気持ちを伝えようと口を開いたその瞬間…上着のポケットに入れておいた携帯が鳴り意識がそちらに切り替わる。
「誰?」と問われて画面を確認すると、そこには大切な同期の名前が表示されていた。
『七海だっ』
「なにそれっ。僕の時より嬉しそうっ」
『出ますねっ』
「僕と一緒ってちゃんと言ってよ?」
プクッと頬を膨らませた五条に配慮し電話に出ると、少し慌てた声色の七海の声が聞こえてきた。
「"七海です。純、早急にお伝えしたいことがあります"」
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