特級被呪者 乙骨憂太
特級過呪怨霊 折本里香

記録ーーーーーー 6年前 宮崎県仙台市

純が高専を卒業し教員としての道を歩み始めていた頃、その悲劇は、幼い二人に呪いをかけた。

「他人事とは思えないって顔してるね」
『…私の顔見えてないでしょ』
「見なくても分かるよ。何年一緒にいると思ってんの」
『………』

分厚い資料で隠れているはずの表情を見透かされ、純は浮かない表情のまま目の前でコーヒーに砂糖をこれでもかと投入している五条に視線を向けると小さなため息を吐いた。乙骨優太の身柄が高専に引き渡され、その処遇を巡って五条にお鉢が回ってくる少し前のことだ。彼と里香の身に起きた悲劇を知り、将来を誓い合った幼い二人の幸せがなんの前触れもなく奪われる、この世の不条理に改めて憤りを感じたのは。

「変に感情移入するなよ?お前の悪い癖」
『………』

五条の言葉に、図星をつかれたかのように溜息を吐いた。当時小学生だった乙骨憂太と折本里香は、幼いながらに「大人になったら結婚しようと」約束をしていた。それはまだ、人を愛するという意味など知らない子供の可愛らしい約束であったが、乙骨の誕生日に里香が贈った婚約指輪には…とても純粋な一途さが込められていた。しかし運命とは残酷なもので、里香の命はいとも簡単に交通事故という偶然に奪われる。潰れた頭から大量の血を流し、見るも無惨な姿になった里香を目の前にしながら様々な感情に駆られたであろう乙骨憂太。きっと、折本里香は花が咲いた様な優しい笑顔で笑っていたであろう少女だ。そんな幼子が、突如呪いに転じた瞬間の彼の気持ちを想像すると、目の前で呪いとなり自分を殺そうとして来た母親を自らの手で祓った純にとっては、とても他人事とは思えなかった。

『…乙骨憂太は、今もその指輪を?』
「みたいだよ。泣けるお話しだねぇ」
『興味なさ過ぎでは?』

右手で頬杖をつき、すっかり苦味の消えたであろうコーヒーをティースプーンを使いクルクルとかき混ぜる五条は、いつも通り楽観的な口調で短い感想を口にする。大半の人間が可哀想だと感じてしまう内容だとしても、彼にとっては他人の人生に起きた経験はそれほど重要ではない。一見冷たいように思えるが、純にとってはそれがよかった。自分の生徒のことになると無条件に『なんとかしてやりたい』と気負ってしまう彼女のお人好しすぎる一面に、他人は他人、それはお前が介入する問題ではないんだという価値観を生んでくれたからだ。

「だって僕が悲しんだってしょうがないじゃん」
『それはそうですけど…』
「重要なのは彼がこれからどう生きたいかでしょ」
『じゃあ、もし先輩の大切な人が目の前で突然死んだら?』
「…なにいきなり」

唐突な純の問いかけに、カップを持とうとした手をピタリと止める。

『大好きな人が目の前で死んで、呪いになったら?』
「それ、純がってこと?」
『誰でも構いませんけど…』
「…そうだねぇ」

人はいずれ死ぬ。それは争うことのできないこの世の断り。呪術師はその確率が一般の人間よりも高く、純が言うようにいつ命を落としても不思議ではない。そうゆう世界で生きている。五条は「う〜ん」とアイマスク越しに純を見つめたまま、思考を巡らせたが、いくら考えても答えは出ない気がした。今までも多くの人間の死を見てきたが、心から愛した人間の死を考えたことなどなかったからだ。それどころか、質問に答えるために巡らせた思考が純の死を拒み考えるのを止めることにした。

「…それは、その時になってみなきゃ分かんない」
『………』
「つーかさぁ、僕にお前が死ぬ時のことなんて考えさせんなよ」
『いや、どう思うのかなって…五条先輩人の心とか無いし…』
「普通に嫌に決まってんだろっ。ほんっと空気の読めねぇ女だな」
『…うわっ、素が出たっ。やっぱ聞くんじゃなかった』

ぶつぶつと文句を言いながら立ち上がり、自分の分のコーヒーを淹れに行った純の姿を追いながら、五条は小さく「なに不安がってんだか」と心の声を見透かしたかのように呟いた。




「ってな感じて、彼のことがだーい好きな里香ちゃんに呪われてる乙骨憂太君でーーす。皆よろしくーー!!憂太に攻撃すると里香ちゃんの呪いが発動したりしなかったり。なんにせよ皆気を付けてねーー!!」
「おい純っ!なんとかしろよこのクソ教師!」
「しゃけ…」
『ごめん真希。みんなもホントにごめん』

教室内が破壊された机や椅子でごった返す中で、ばーん!っと本人の変わりに軽い調子で乙骨の紹介をした五条に対し、真希から「なんでお前がついていながら!」と咎められる純。里香の攻撃を受けて軽く負傷している生徒に対し申し訳なさが募り五条を睨んだ。

「コイツら反抗期だから、僕がちゃちゃっと紹介するね」
「「「………」」」
「(この先生が悪い気がする…。純先生キレてるし)」

人差し指を立てて口元を吊り上げた五条は、何事もなかったかのように乙骨の隣に立ち自らの生徒の紹介を始める。

「呪具使い、禪院真希。呪いを祓える特別な武具を使うよ」
「………」

自分に向けられている鋭い真希の視線に、乙骨の背筋が若干伸びる。

「呪言師、狗巻棘。おにぎりの具しか語彙がないから会話頑張って」
「こんぶ」
「通訳は純ちゃんがしてくれるよ!」
『勝手なこと言わないでください』
「パンダ」
『…聞けよっ』
「パンダだ。よろしく頼む」
「とまぁ、こんな感じかな」
「(一番欲しい説明がなかった……)」

パンダをパンダと紹介した五条。間違っているわけではないのだが、当然理解に苦しむ乙骨憂太。当の本人も妥当な紹介だと言わんばかりに説明を加えるわけでもなく軽い挨拶をしただけ。真希や語彙がおにぎりの具しかないという棘よりはコミニュケーションが取りやすそうだが果たして上手くやっていけるのだろうかと不安を抱えていると、五条が「はっ!」と思い出したかのように純の背後から両肩に手を置き白い歯を見せ笑顔を浮かべた。

「あとは改めて、僕の可愛い後輩紹介するね!」
『は?』
「純ちゃんは一年の副担任兼僕専用の雑用係ね。任務のこととかここでのルールとか、まあいろいろ面倒なことは全部純に聞いて!呪術師としての実力は僕が保証するから安心してね」
『ちょっ…!』
「は、はぁ…」
「職務放棄だな」
「しゃけ…」
「バカより頼りになるのは確かだろ」

表情を歪める純の顔を覗き込み、ヘヘッと笑っている五条に冷ややかな視線を送る三人。

「それからこの通り見た目は可愛いけど、性格超〜っキツくてすぐキレるから気をつけてっ」
「えっ…?」
『……ぶっ殺しますよ?』
「ほらね」
「(…この先生が悪い気がする…)」

純の脅しを笑いで流し、一通りの紹介(テキトーな説明)を終えた五条に苛立つも、それが労力の無駄だと理解している純は気を取り直すための一息を吐き出した。

「さあこれで、一年も4人になったね」
「(3人と一匹…)」
『午後の予定どうするんですか?』
「午後の呪術実習は、2ー2のペアでやるよ」

ビシッと腕をクロスさせ、両手で2を表すようにピースサインを作った五条。その言葉に、乙骨はさらに不安げな表情を浮かべた。




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