『…下戸なのにお酒飲むとか傍迷惑です』
「そんでね〜1日10箱限定のチーズケーキがついに届いたの」
『人の話しを聞いて下さい…』
「純には分けてあげる」
『ケーキはいいんで…それより五条先輩』
「ん〜?」
『お願いだから寝ないで下さいね。私先輩担ぐとか無理ですから』

黒の大型SUV車を走らせながら、純が気まずそうな表情を浮かべて軽くハンドルを切る。シートをわずかに倒し横になっている五条をチラリと盗み見ると視線が重なり甘い声で名前を呼ばれた。体を純のほうに傾けたまま、長く柔らかなアッシュブラウンの髪に手を伸ばし、梳かすように頭を撫でた。

「純ホント可愛い。僕の自慢」
『…まじで酔ってますね…』
「純には泥酔してんの」
『上手いこと言ってないで酔い覚まして下さいよ』
「覚めないよ〜、僕純と結婚するもん」
『…あー、もう、めんどくさいなあっ』
「来年には夫婦かな〜」
『五条先輩は絶対結婚向いてないですよ』

自分たちの結婚生活を想像するも、もって三ヶ月なんじゃないかと純は本気で思い苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「僕を扱えるのは純しかいないじゃん」
『手に余りまくって制御不能なんですけど』
「ここまで惚れさせといてよく言うよ〜」

長い髪を耳にかけ、整った純の横顔を目を細めて見つめる五条。歳を重ねるごとに魅力を増す外見的な美しさも、内面的な強さや弱さも、純の全てが愛おしいと思える感情が確かにある。他の誰かには抱かない、抱くことのできない特別な想いを自覚すると、無意識のうちに「大好き」と呟いている自分がいた。

「今日は純の家に泊まる」
今日も・・でしょ?無理です。入り浸らないで』
「お前が仕事に集中するっていうから、僕三日は我慢してんだよ?」
『たかが三日でしょ…?あと一週間は禁欲して下さい』
「純が一緒に住むっていうなら考える」
『…私の利点が見当たらないんですけど?』

なにを言っても聞く耳なんて持たないか、と小さな溜息を吐いた純。自分の髪を撫でている五条の手をやんわりと掴み握りしめると、片手でハンドルを切りながら言い聞かすような口調で口を開いた。
 
『でもまあ今日は…大人しく帰って下さい』
「え〜…純といたい」
『来週になれば仕事も落ち着くし、その時は先輩に付き合います』
「絶対?」
『絶対。それに今日は朝から学長と打ち合わせですよ』
「……ん〜。ま、それもそうか。なら我慢するよ」
『…………?』

この時純は思った。やけに聞き分けが良過ぎるのではないか、と。疑問符を浮かべたように表情を歪め、この会話を最後に口を閉ざしてしまった五条を盗み見る。体を前に向けて暗闇で変わり映えしない景色を見つめながら、感情の読みづらい表情を浮かべていた。なにはともあれ静かになり納得してくれたなら上々だと、純はアクセルを強く踏み込み車を走らせた。

ー10分後。

「…停めて」
『え、は?…こんな所でですか?』
「……気持ち悪い」
『…!!!』
「う"っ………」
『うそっ!ちょ、待って!今リバースしないでっ』

短い静寂を破ったのはやはり五条だった。
なんの前触れもなく突然車を停めてくれと言った彼に視線を向ければ、すでに片手で口元を押さえ表情を歪めている。これはマズイッと五条の肩に手を添え"新車だから先輩!"だから絶対吐くなと遠回しに切願した純は、運良く現れた待避所に車を停車し運転席のドアを開いた。

『最強なのにバカなんですか!?』
「うぇっ…」
『あぁぁっ!もう!その辺でテキトーに済ませて来て下さい!!』

助手席から二メートル近い大男を引きずり下ろし、背中を摩りながらガードレール下の崖を指差す純。そんな彼女の手をやんわりと離しながら、五条は後部座席を指差し「僕のかばん取ってきて…」と苦しそうにそう願いを口にした。完全に呆れ、わざとらしい溜息を吐いた純が渋々ながらに後部座席のドアを開き、運転席の後ろにあるバッグを取るため乗り込んだ…その時だったー。

「へへへっ。やっぱ引っかかると思った〜」
『…………は?』
「はい、奥詰めて〜」
『ちょ、え、なに!?』
「素直だから絶対騙せると思ったんだよなあ」
『いつものやつかぁぁぁっ!!』
「そ。いつものヤツ」

驚愕している純にニコリと綺麗な笑顔を浮かべ、後部座席の扉を閉めた五条。いつものヤツというのは学生時代から続いている彼の悪戯の度を超えた嫌がらせというヤツで、『ハメられたー!!!』と叫びながら背後の扉から逃げようと試みる。が、すぐに腹部に腕が周り後ろから抱き寄せられると、五条の長い指先がドアロックをゆっくりと下ろした。

「捕まえた」

耳元に唇を寄せ、甘ったるく囁かれた声に純の体が小さく跳ねる。

『……っ』
「今日はもう我慢できないから、ここでしよ。純」



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