「純、泣きそう?」
『…ぅ…っ』

呪術高専2年。特級呪術師・五条悟。
有名呪術師の家系、御三家が一つ五条家嫡男として無下限術式と六眼を抱き合わせ爆誕した彼は、まだ若干17歳という若さではあるが呪術師最強とその名を轟かせる存在である。天は二物を与えないという法則を思い切り無視して、完璧なまでの容姿と強さを兼ね揃えている五条悟だが、彼にも唯一の欠点がある。
それは…。

『うえぇえんっ!!死ぬかと思った〜〜っ』
「プッ…あーあ、泣いちゃった」
『頭打った!痛いっ…うぅ…五条せんぱ〜いっ』
「純〜、こっち向いて」
『写真撮るなぁっ…!』

入学したてで2級呪術師になったばかりの後輩に自分の任務を押し付け特級呪霊と戦わせるという、その性格の悪さである。

「悟のヤツ、またやってるね」
「あれさー、毎回思うけどワザとやってんでしょ?」
「本人いわく純のポテンシャル強化だとか」
「ちげーだろ。泣きながら自分頼ってくる純見たいだけだろ」

「なにがポテンシャル強化だ白々しい」と冷めた視線を五条に送る同期の家入。彼女の視線の先では無理矢理任務に同行させられ、特級に勝てなかった悔しさやら恐怖やら痛みやらで泣いている純がいる。そんな彼女をこれ見よがしに抱きしめて、頭を撫で慰めている五条はどこかこの状況を楽しんでいるように見えた。

「夏油さー、あんたからも言いなよ。危なすぎるって」
「言ったさ。で、結果がアレ。誰が言っても聞かないよ」
「あれじゃー純が可哀想じゃん」
「まあね。でも彼女、もう悟の"所有物"になっちゃったから」
「…クズめ」

苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら五条に中指を突き立てた家入。彼よりは幾分常識的な考え方ができる夏油だが、ターゲットにされてしまった哀れな後輩を本気で悪魔の手から救い出そうとは思っていないらしい。

『うぅ…悔しい…痛いっ…勝てなかったぁっ…』
「次はいけんじゃん?」
『…テキトーなこと言わないで下さいっ…』

ポロポロと大粒の涙を流す純が五条の胸板を押し距離を取る。強打した頭をヘラヘラ笑いながら撫でてくるその軽薄な態度が敗戦を面白がっているようにしか見えず、純は残った力を振り絞り五条を思い切り睨みつけた。

「なんだよ」
『…五条、先輩のっ…ひくっ…』
「あ?」
『先輩のっ…修行の付け方が下手くそだから負けたっ!』
「はぁっ?人のせいにすんな泣き虫が!」
『だって私まだ2級術師なのに特級相手なんて無理っ…』
「無理なもんを無理じゃなくすための修行だろーが」
『1級ならまだしも特級はまだ無理っ…!』

泣きながらギャーギャー文句を言う純に後ろ髪をかき、口をへの字に曲げた五条はやれやれとため息を吐きながら純の顔の前にスラリと伸びた人差し指を突き出しこう言った。

「俺、弱いヤツと強くなろうとしないヤツ嫌いなんだよね」
『…!!』
「だから今の純は嫌い!」

敗戦の後で精神的にも落ち込んでいるのにさらに追い打ちをかけるような五条の言葉に、純の大きな瞳からさらに涙が湧き上がる。絶対逆ギレして突っかかってくるだろうなと踏んでいた五条は、子犬のように自分を見つめてオロオロしている純の姿に両手で口元を覆い眼を見開いた。

『なんで…ひくっ…そんな意地悪なこと言うんですか…うぅ…』
「…!」
『私もっと頑張るからっ…嫌いにならないでくださいよぉっ…』
「傑ー!純が最高に可愛い!!」
「純、こっちおいで。馬鹿から離れな」
「五条、あんたもうその子に近づくな」

両手で涙を拭いている純の体をぎゅっと抱きしめて「ごめんなっ。冗談に決まってんじゃん」と白い歯を見せそう言った五条に、純は大きく頷いて安堵の笑顔を浮かべた。



「え〜、もう片付けちゃったの?」

人差し指一本で1級呪霊を祓いながら、上空にあったより禍々しい呪いの気配が消えたことに口をへの字に曲げた五条。ゆっくりと帳が消えていき、満月が輝く夜空が姿を見せる。
見慣れた東京の街並みを眼下に数メートル上空から呪霊を祓い終え戻ってきた純に体を向けると、不服そうに「つまんない」と小言を言われた。

『敵が弱すぎて?』
「それもあるけど、そうじゃない」
『じゃあなんですか?』
「学生の頃は特級相手に泣きべそかいて僕のこと頼ってた純が、今じゃ一人で片付けちゃうからつまんないんだよ。僕としてはあの頃みたいに頼って欲しいの」
『じゃあ五条先輩が戦って下さいよ』
「もっとこうさぁ、純がピンチになってるとこが見たい」
『相変わらず癖に難アリですね』

当時のことを思い出しながら軽く五条を睨みつけるも、意味をなさない。「僕の周りちょろちょろして泣きついてくる純可愛かったな〜」とニヤニヤし始めた五条にため息を吐き、隣に並んで眠らない街を見下ろした。

「でもさ、そう思う反面嬉しいんだよ」
『なにがですか?』
「純が僕の隣にいれるくらい強くなってくれたことが」
『それはだって、約束しましたから…強くなるって』
「へへっ。お前がそばにいてくれてよかったよ」

背後から純の体を抱きしめて、肩に顎を乗せ顔を覗き込む。相変わらず可愛いな、なんて思いながら柔らかな頬にキスをすると、気持ちが満たされ自然と笑みがこぼれた。

『私の背中は先輩が守って下さいよ?』
「もちろん!でも死ぬ時は一緒だよっ」
『え、やだ…っ。それは一人でお願いします』
「純の腕の中で死ぬより一緒に死にたい」
『声のトーンがガチすぎて怖いです。さ、帰りますよ』
「え〜、もうちょっと二人でいようよ」
『また学長との打ち合わせ遅刻する気ですか?勘弁して』

軽く口を尖らせて不服そうにしている五条の腕の中から抜け出すと、エレベーターに繋がる扉に向かって歩き出す。「純〜、あと少しだけ〜」と予定されている打ち合わせをサボろうとする五条に対して足を止め振り返り、進んだ分だけ歩み寄る。

『私も一緒に行きますから』

そう言い自分よりも大きな手を取り今度は一緒に歩き出すと、五条の弾んだ笑い声が聞こえてきた。

「純」
『はい?』
「こうやっていつも、僕のそばにいてね」


*今も



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