『あの…エルヴィン団長』
「なんだ」
『失礼ながら私は…』

彼が苦手です。

苦虫を噛み潰したような表情でそう言った新兵のクロエに、調査兵団13代団長であるエルヴィン・スミスは小さくため息を吐いた。

「すまないが、決定事項だクロエ」
『…で、ですが団長っ…』

調査兵団は通年通して人手不足。
そんなことは百も承知だ。

調査兵団所属だった今は亡き兄の分まで強くなって巨人を駆逐する、そう胸に秘めた想いは今も潰えることはなく炎を灯し続けているし入団したことに悔いはない。自分から望んで死と隣り合わせの道を歩む選択をした事にはもちろん文句はないが、入団して1ヶ月そこらで配属された班から異動しろという命令には些か…というか不満しかなかった。

先日初めてとなる壁外調査に参加し多くの犠牲者が出た中で、こうして帰還する事はできたが何故新兵の自分なのだという疑問。適任者なら他に沢山いる筈だと言いたいが、エルヴィンの全て分かった上で「異議は認めない」と訴えかけてくる威圧的な瞳の前ではその言葉は飲み込むしかなかった。

「君の腕を見込んでの事だ」
『わ、私には荷が重過ぎますっ…』
「いや。君が一番の適任者なんだよ」

だから頼むよ、クロエ。

ガチャリという効果音と共に閉められた扉。
結局団長であるエルヴィンの命令を跳ね除ける事など到底できず、クロエは渋々ながらに部屋を後にした。扉の前でガクン…と肩を落とし深いため息をつく。一週間後にはやって来てしまう地獄の日々を想像すると、涙が出そうになった。

「あれ、クロエじゃないかっ」
『…ハ、ハンジ分隊長!』
「お疲れ様。どうしたの?こんな所で」

鼻をすすり自室の荷物を整理する為戻ろうとしたその時だった。聞き慣れた中性的な声が自分の名を呼んだものだから振り返ってみると、そこには大好きな上官の姿がありクロエの顔がパッと輝きを取り戻した。

『お疲れ様です。えっと、団長に呼ばれて…』
「エルヴィンに?君、何かやらかしたの?」
『い、いえっ。違うんです…それが…』
「ん?」
『…異動命令が、ありまして』

そう言うとハンジは少しだけ目を見開き、少し興奮気味にクロエの肩を掴んで迫った。

「ついに私の班に行くよう言われた!?」
『えっ?』
「いやね。クロエは優秀だから是非私の班に配属するようエルヴィンに頼んでおいたんだ。オマケに君は可愛いし、愛想もいいから」
『ハンジ分隊長っ…!』

ウィンクしながらそう言ったハンジの気づかいと言葉に、クロエはパチリとした丸い瞳をうるうると揺らし感動する。いくら周りに変人と言われていようがやはり尊敬する上官は輝いて見え、なんていい人なんだろうと思わずにはいられなかった。

「で、何て言われたっ??」
『…(ズーン)』

が、その感動も数秒で幕を閉じる。
答えを今か今かと待ちわびているハンジ。
この人の下で働けたらどんなに幸せだろうかと感じながらも、その問いかけにクロエは重々しい口調でこう答えた。

『…ハンジ分隊長、私』
「うんっ」
『…リヴァイ兵士長の元へ異動になりました…』
「へ?」


地獄への片道切符
(一度来たら、もう戻れない)

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