『あれ…兵長どこ行ったんだろ』
仕事の合間を縫って掃除用具の買い出しをするのも、リヴァイ班の大切な仕事の一つである。今日も書類整理をしている最中、突然リヴァイに呼び出され「深刻な問題が起きた」と真面目な声のトーンで言われたものだから、何が起こったのかと息を飲んだら、リヴァイがこの世で最も信頼を置いているであろう雑巾様が切れたと言うではないか。
思わず『バカなんですか?』と口を滑らせたその瞬間、光の速さで頭を一発叩かれた。部下になって半年、壁外調査での一件があり距少しだけ距離を縮められたかな、なんて調子の良いことを考えていたがリヴァイはあくまでもリヴァイだった。
『人に買い出し押し付けて…全く』
手に入れた真新しい雑巾が入った紙袋を手に、店の周りをキョロキョロと見渡す。人通りが多い中で小さいリヴァイを見つけるのは至難の技なのだから勝手にうろちょろしないで欲しいと内心呟きながら、クロエがその場から離れようとしたその時だった。
「うわっ…!」
『ん?』
何かに驚く子供の声がして、それが近くの路地裏の方から聞こえて来たものだと分かると、クロエは不思議に思いながら声のした方へと歩み寄る。
「あははっ!んだよ、もう終わりかよっ」
「弱虫で気持ち悪いんだよお前は」
「いつも気味の悪いことしか言わねぇしな!」
「……っ」
どんっ!という鈍い音が路地裏に響き、金髪の少年は尻餅をついた。体を押された衝撃で持っていた本が手を離れ地面に落ちる。すぐ目の前にはその様子をニヤニヤしながら見下している三人の少年達がいて、毎度毎度のやりとりに嫌気がさしたがこの状況を跳ね除ける力はなく俯くしかなかった。
「まーただんまりかよ弱虫が!!」
「なんとか言ったらどうだよっ」
「まだ殴られたいのかっ!?」
「…っ!や、やめてよ…っ」
少年の言葉にびくりと体が震えて顔を上げればすでに拳が握られていて、また殴られると思い反射的に目を瞑った。が…いつまで経っても予想していた痛みが襲ってくることはなく、違和感を感じ恐る恐る目を開けるとそこには一人の女兵士が自分を庇うかのように立ち塞がっていた。
見覚えのある団服のマークを見て、少年は驚愕の表情を浮かべた。
『ちょっと君たち!何してるの!』
「な、なんだよ!!関係ねぇだろっ!」
『男のくせに3対1なんてかっこ悪いわよ!』
「お、おいっ…この人調査兵団だぜっ…」
「うわ、まじだ!」
少年たちがクロエの胸章を目にすると、さっきまでの勢いはどこへやら、表情を引きつらせて後ずさる。クロエはいじめをした罰として、少し脅かしてやろうとわざとらしく目を細めた。そして、威圧感たっぷりな雰囲気で『巨人の所に連れてこうかな』なんて脅し文句を吐くと、少年たちは一目散にその場から逃げて行った。あまりにも単純なその姿に苦笑いを浮かべ、落ちていた本を拾い上げる。
『はい。君の本だね』
「……は、はいっ……あ、ありがとう…ございますっ」
『ううん、いいの。大丈夫?立てる?』
「………」
『ケガはしてない?』
「だ、だいじょうぶ…です」
『そっか。ならよかった』
目の前でふわりと微笑んだクロエを前に、少年はぽかんと口を開けたままフリーズしている。突如現れた自分をいじめっ子から救ってくれた救世主は、呑んだくれの駐屯兵団でも屈強な男でもなく、ましてやケンカの強い友人でもなく笑顔の似合う綺麗な女性だった。団服を着ていなければ、絶対に兵士だとは思えない容姿をしている。
「あ、いた!おーい!アルミン!!」
「…!エ、エレンッ」
『??』
今だに座り込んだままの少年に手を差し出したのと、黒髪の少年がこちらに気づいて駆け寄ってきたのはほぼ同時のタイミングだった。クロエはとりあえず少年を立ち上がらせると持っていた本を返す。
「おい、大丈夫か!?またやられたのか!?」
「う、うん…ごめん」
「ったく、アイツらしつこいんだよっ…」
エレンと呼ばれた黒髪の少年は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら拳を握りしめた。どうやら金髪の少年アルミンがこういった目に合うのは日常化しているらしく、今回だけではないらしい。つまらない事をする子供たちだなあ、なんて考えていたら服の袖を引っ張られて視線を移すと、エレンの大きな瞳と目が合った。
「お姉さん、調査兵団の人っ?」
「ちょ、ちょっとエレン…」
「アルミンを助けてくれたんだよな?」
『君、この子の友達?』
「うんっ。オレはエレンで、こっちがアルミン」
ヘヘッと嬉しそうな笑顔で自己紹介してくれたエレンの可愛さに自然と頬が緩んでいくのが分かる。クロエは二人を交互に指差しながら名前を復唱すると、今度は自分の名前を伝えるため口を開いた。
『クロエよ。よろしくね二人とも』
「よろしくクロエ!」
「エレン、いきなり呼び捨てはマズイよっ」
「大丈夫だって。この人優しそうだし。なっ?」
『あははっ。構わないよ』
「ほらっ!」
かなり人懐っこいエレンと、おずおずと気まずそうな表情を浮かべているアルミン。そんな二人の対極さに思わず笑みがこぼれる。
「アルミンを助けてくれてありがとな!」
『ううん。ちょうど通りかかって良かった』
「クロエさんは、調査兵団の人ですよね?」
『そうだよ。よく分かったね』
「かっけぇなぁ!その自由の翼!」
『くすっ。ありがとう』
目をキラキラと輝かせながら団服の背中にある調査兵団の象徴を覗き込むエレン。その姿はまるで、幼い子供がヒーローに夢中になっている時と同じ、無邪気で純粋。かわいいなあと内心呟く。
「クロエは壁の外には行ったことあんのっ?」
『うん、あるよ。二回』
「すげっ!じゃあ生きて帰ってきたってことじゃん!」
「ほ、本物の巨人を見たんですか!?」
『見たよ。すごく大きかった』
「「うわ〜〜っ!」」
クロエの言葉に歓喜の声を上げる二人。外の世界を知らない二人にとって巨人なんてただのおとぎ話のような存在なのだろう。あの恐怖を味わったことがないからまだこんなにも純粋で夢を見ているのかもしれない。調査兵団には、悪い奴らやっつけるスーパーヒーローなのだと。
「じゃさっ、クロエ!」
『あ、ごめんね二人とも…私人を探してるの』
「え、人を?僕たち手伝いましょうか?」
『ううん、多分すぐ見つかると思うから大丈夫』
「えー、せっかくダサダサの駐屯兵じゃなくて調査兵に会えたのによー。もう行っちゃうのか?」
『あはは…ごめんね。一応仕事中なんだ』
子供たちから見た駐屯兵団はダサいんだ…と苦笑いを浮かべるクロエ。
「な、また会える!?」
「ちょっとエレン!ダメだよ、相手は兵士さんだよっ」
『ん〜、どうかなあ。私の上司はとっても厳しい人だから』
「もっと話聞きたかったのにさ〜」
『エレンは何?調査兵になりたいの?』
「あったり前じゃん!」
『おっ』
「一番かっけぇもん!」
拳を突きつけながらそう言ったエレンの姿が、幼い頃の自分と重なる。ただただ兄エクトルの姿がかっこいいからという理由で調査兵団に入ろうと夢見ていた頃の自分と。
『じゃあ、エレンが調査兵団に志願してくれたらまた会えるかもしれないね』
「へへっ。そうだな!」
『楽しみにしてるよ』
少しばかり名残惜しかったがエレンとアルミンに別れを告げてその場を後にしたクロエ。その後すぐにリヴァイと無事合流できたが、案の定不機嫌全快で宥めるのに時間を要した。
『そう言えば兵長、あのですね』
「なんだ」
『さっき調査兵団に入りたいって男の子と会ったんです』
「なんだそのガキは。死にたがりか?」
『兵長の部下になるかもしれない子ですよ?もうちょっとこう…期待してあげて下さい』
「……お前と同じくらい優秀ならな」
『…兵長っ…!』
数年後の君たちへ。
(またクロエに会えるかな?)
(くすっ。エレンってば嬉しそうだね)
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