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「今日のヒーロー基礎学だが……」

学校生活やヒーロー学にも慣れてきて、食後の授業で眠気と戦う余裕の出てきた今日この頃。相澤先生の授業で気の緩みを見せては、また“退学処分”だなんて脅されそうで、必死にあくびを噛み殺しながら涙の滲む目を抑えて前を向く。

「俺とオールマイト、そしてもう一人の3人体制で見ることになった」

「ハーイ! なにするんですか!?」

瀬呂くんの少し間延びした声がふわふわと耳の中を通り抜ける。ね、眠たい……!

「災害水難なんでもござれ。人命救助訓練だ!!」

いつも通り少しやる気のなさそうな先生が見せたのは、前にオールマイトが私たちに見せたのと同じカード。でもそこに書かれているアルファベットは『BATTLE』じゃなくて『RESCUE』だ。
相澤先生の言葉が私の頭の中で反芻する。人命救助……、人命救助訓練!! 眠気のことなんか忘れて生唾を呑んで先生の話に耳を傾けた。

「今回コスチュームの着用は各自の判断で構わない。中には活動を限定するコスチュームもあるだろうからな。訓練場は少し離れた場所にあるからバスに乗っていく。以上、準備開始」

人命救助。それこそヒーローだ。そしていざとなったときに自分が可愛くて周りの見えない私がヒーローになるために必要な素質。忘れもしない雄英の入学試験、人命救助こそが、私の一番の課題なのだ。



私が意気込んでいる間にみんなから出遅れてしまったようで、慌てて最後の人の後に続いてバスに乗り込んだ。肩の力が入りすぎて結局周りが見えていない、もっと視野が広く持てるようになりたいのに最初からこれじゃあ先が思いやられてしまう。

バスの先頭で席を見渡すと当たり前だがほとんどの席が埋まっていた。と、いうか一つしか空席がないから私は必然的にそこに座らなければならない。恐る恐る足をバスの後部へと動かした。

「あ、あの、と、とど、轟くん。と、なり、いいかな……?」

ああ、いつも以上にどもってしまう。俯いていた視線を動かして轟くんを伺い見ると、あの鋭い眼光がこちらに向けられていて私はまた視線を下げた。

「好きにしろ」

怖いけれどとりあえず了承が得られたので会釈をして彼の隣に腰を下ろす。気まずくて通路側に寄って座ってしまったけれど、それをまっすぐ座り直すのすら気まずく感じてしまった。こう、なんていうか、空気を揺らすのすら申し訳ないような。息もひそめなくちゃいけないような。前の席の響香ちゃんに助けを求めたいけれど声を出す勇気がなかったので、できるだけ存在感を消すように努めることに決めた。


私の右隣に感じる気配が居心地が悪くって轟くんの方を盗み見ると、彼は静かに目を閉じて眠っているようだった。閉じられた彼の目を数秒凝視して、彼が本当に眠っていることを確信する。

「はぁ…………」

全身の力が抜けると同時に喉からため息が漏れた。脱力して自分の膝とにらめっこしながら彼のことについて考えた。

別に彼の性格に問題があるのだとかそういうことではないのだろうけれど、その、彼は怖い。個性が強くて、私たちには興味がないようで、孤高の美少年という感じで。彼はいつもどこかその表情に影を落としている、気がする。

そんなことを頭の中で羅列しながら彼の整った顔を覗き込んだ。寝ている轟くんは少し幼く見えてちょっと微笑ましい。汚れを知らない純粋な子供のようにも見えて、先程までの私の警戒心はどこへやらだ。
改めて、顔整ってるなぁ。イケメンは寝顔もかっこいい、いや、可愛い感じもする。

彼の目はどんな色だったかな。

「そんなに見られてたら寝るに寝れねぇ」
「ご、ごめん! つい!!」

私の心を読んだかのように彼のその目が開いてまぶたの奥からエメラルドグリーンが私を映した。まさか起きているとは思いもしなくて上体を逸らして飛び退くと、反対側の肘置きに背中を思い切りぶつけてしまった。顔から火が出そうとはまさにこのことで、穴があったら入りたいとも思った。幻想的な彼の緑の色が私の視界に残像となって揺れていた。

重なる失態で熱の昇った顔を見られたくなくて俯いていたけれど、どうにも右側がひりひりして落ち着かない。いたたまれなくて、カーテンのように垂れた髪を耳にかけるふりをして隣の彼を見ると、遮るものを失くした彼の視線が私を直接貫いた。彼の視線が、痛い。

「と、どろきくん、だって……こっち、見すぎ……」
「わりぃ」

わりぃ、じゃなくて! 心の伴ってるのかどうか微妙なそれに心中で文句を漏らす。悪いと思うなら視線を逸らして、あわよくばもう一度眠りについてほしいのだけど。

「轟くん、すごいよね。この間の戦闘訓練もあんなに大きなビル、丸ごと凍らせちゃうなんて、」

刺さる視線から意識を逸らしたくて、容量の得ない言葉が口からこぼれていく。それでも心なしか、彼の圧が和らいだ気がした。

「轟くんは、強くて羨ましい……私、訓練とか苦手で、どう個性を使えばいいのか考えるのも下手だから。それに、私の個性は轟くんのと違って攻撃範囲が狭いし、なぁ……」

自分で言って、気分が沈んでくる。こんな冴えないやつと個性を比べられたら轟くんだって困るだけだろう。顔の熱は無事に引いたけれど、肩が少し重くなった。

「? お前の個性、よく知らねぇけど、充分強いだろ。体力テストもすげぇ跳んでたし」

「え、あ! よく覚えてるね……! ……そう、多分、個性のせいじゃなくって、私の使い方がなってないんだよ」

きょとん、とした顔でそう言われてしまえばその言葉はすんなり私の中に落ちていった。数多ある個性の中でわかりやすくヒーローを目指せるこの個性が、決して悪いものじゃないと知っていたはずだったのに彼の言葉に改めて気づかされる。轟くんなら、八百万さんや緑谷くんなら、私が羨ましがるほどにこの個性を使いこなせているはずだ。もっと私が柔軟な思考と広い視野を持てるなら「っけほ、」轟くんが少し咳き込む声が聞こえてはっとする。

「あっ、酸素過多……! 喋りすぎたので黙ります……!」

バスの狭い座席の間なのに緊張と照れでまくし立てて、酸素を吐きすぎたかも知れない。



「派手で強えっつったらやっぱ轟と爆豪だな」
「ケッ」

斜め前から舌打ちが聞こえて、ぼーっとしていた意識を浮上させた。

「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気出なさそ」
「んだとコラ出すわ!!!!」
「ホラ」

梅雨ちゃんの率直な感想に、ぐわっと席から腰を上げてまで反論した爆豪くんの唐突な声量にびくりと肩が跳ねる。大きな動きをした彼から仰け反って通路側に顔を出した響香ちゃんと目が合って、音を立てないように小さく苦笑した。

「この付き合いの浅さで既にクソを下水で煮込んだような性格と認識されるってすげぇよ」
「てめぇのボキャブラリーは何だコラ殺すぞ!!」

梅雨ちゃんも電気くんも遠慮ないなぁ……なんて少し絶句。私には絶対無理だ。
……それは置いといて、私はなんだかんだ爆豪くんは人気が出ると思う。彼はただ理不尽に性格が悪いわけじゃないと思っているし、もし違ったとしてもヒールヒーローはコアなファンがつくような気がした。
ふと隣の彼の反応が気になって轟くんの方をこっそり盗み見ると、初めのように静かに目を閉じていた。彼もきっと 、溢れかえるようなファンに囲まれるようになるんだろう。その時、せめて話しかけたら返事をしてくれる距離に私もいられたらなぁ、と見えない先に思考を馳せた。

「もう着くぞ、いい加減にしとけよ……」

「ハイ!!」

眠そうな声色だったにも関わらず相澤先生の声にビシッと背筋が伸びて私にも、ちゃんとこのクラスの条件反射が染み付いている。みんなに置いていかれないように、今日の訓練も頑張ろう、と先程の轟くんとの会話を反芻させて自分に喝を入れた。


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