01
今日も私は酸素の海に溺れている。

まるで海に放たれた淡水魚のように。

***


「うわぁ……」

思わずあげたマヌケな感嘆の声。
でも小さくあげたその声は存外響かなくって、冷えた空気と静かな緊張感に吸収されてしまった。

倍率300倍、偏差値79とはとても恐ろしいものだ。

学校とはとても思えない、もはやテーマパークなんじゃないだろうかとさえ思えてしまうほどの広大な敷地。大きいのは遠目から見てもよく知っていたけれど、いざ目の前にするとそれは圧巻だった。

それは、世界にヒーローが必要とされていることの象徴。

周りを見渡せば、数え切れないほどの人たちが私を抜かしていく。マンモス校で有名な私の中学校の全校生徒数なんて比べ物にならないくらいのたくさんの人。目に見えてわかる異形型の個性だって、私が今までに見たことのないような色々な人たちが視界に映る。

こんな大勢の中からヒーロー科には、たったの37人しか入れないなんて。

止まりかけてしまった足を周りの人たちと同じように動かして、憧れていた雄英高校の門を呆気なく跨ぐ。

『今の成績じゃ少し厳しいんじゃないか?』『もっと近くて学力的にも余裕のあるところにしたらどう?』『あそこのヒーロー科はとても大変らしいけど、それでもあそこに行きたい?』

先生も両親も、本当は雄英高校どころかヒーロー科だって勧めたくなかったに違いない。だって私にはあまりに向いてないから。せっかくだから記念受験させてあげよう、という彼らの優しさなのだろう。私がちゃんと現実を受け入れて諦められるように。

でも、彼らに何と言われようとも、何と思われていようとも。やっぱり私には雄英高校以外の選択肢は思いつかない。オールマイトに助けてもらったあの日から、私は彼のようなヒーローになりたい。

今日ここに来るまで、雄英高校なんて、私にとっては実在するのかも怪しい幻のような場所だった。私の性格なら、夢は憧れのままにありふれた大人になっていたと思うし、事実そうやって諦めてきたことは多い。
だって自分の行動にすら、自分で責任を持つ勇気がないから。周りの大人たちの言う通りにしていれば、何かあっても私のせいじゃないって言い訳して。

私の人生は後悔の連続だ。
流れに流されるまで放っておいたのは自分なくせに、それで満足したことなんてほとんどなく、思い描く未来とは全く違う人生を生きている。主体性がないなら全部人に任せておけばいいくせに、それじゃ嫌だと嘆くだけの自分がいる。
そんなこと言うけど、この高校受験以外で自分から行動したことなんてあった? 責任逃れすることしか考えなかったでしょう?

久しく自分で決めた“今”は、とても私を不安にさせる。
周りの反対を押し切って、実力の届かない学校を受験する、そんな資格と価値が私にはあるのだろうか。仮に合格したとして、雄英高校にふさわしい生徒になれるのだろうか。
臆病な私には受験することさえ烏滸がましいんじゃないかとも考える。

何もせずうじうじしているだけの私はもう終わりにしたい。胸を張って、これが私だと言えるようになりたい。ここで、私は自分を変えたい。そう、思って受験を決めたのに。

普通科ならどこだっていい。けれど、それでも、ヒーローを志すならここしかないって思う。
雄英高校を出てヒーローになる、それだけは私の譲れない夢。

『他にもヒーロー科はあるんだから雄英高校に拘らなくったっていいんじゃない?』
『ううん、雄英高校はオールマイトの母校だから。ヒーローを目指すならそこがいいの』

私のためを思う大人の人たちに説得されそうになってもそう答え続けてきたことに、私は珍しく後悔をしていない。
どんなに無茶だと、無謀だと言われたって、行動しなければ何も変わらないから。

それでここで雄英高校に落ちたら、ヒーローは諦める。それが私のけじめになる。妥協して入った学校でヒーローを目指すなんて、私には無理だ。ならいっそ潔く、周りの言うことを今まで通り受け入れて、普通科で普通の人生を送ればいい。それも雄英ではないどこかで。
それくらいの覚悟を持って、少し大袈裟かもしれないけれど、私はこの受験に人生をかけたのだ。

そんな緊張と不安が私の中をぐるぐると巡る。息が上手にできなくって目眩がする。ブリキのように固まってしまった自分の足を、周りの人たちの真似をして懸命に動かして、なんとか前へと進め続けた。それを次々に飲み込んでいく建物はまるで怪物のよう。

こんなに大人数で実技試験なんてどうやるんだろう。ヒーロー科の受験なんだから当然個性を使うのだろう。私の個性は一応常時発動型だけど、人より少しでも秀でてしまうことで何かを言われるのが怖い私は、今までその個性を使いこそすれどほとんど活用してこなかった。だから、いくら私が今日に備えて個性を鍛えてたってたかが知れている。それに鍛えてきたのはみんな同じだし、そもそも個性には向き不向きがある。

なんだかんだ高校生活に夢を見て意志を固めたって、心の中で強気になってみたって、最終的に模試でなんとかB判定にまでしか届かなかった私の合否は、今日の実技試験との相性にかかっているのだ。

願わくば、持久戦なんかじゃありませんように。


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