大きなホールをぐるっと見渡せば、コンサートホールにでも来たのでは? と勘違いしそうになるほどの空間が広がっていた。驚きで思考が不安定なまま、入口を塞がないようにホールの端へ逃げる。これでは自分の席を探すのも一苦労だ。
容量の悪い私は数分間歩き回ってやっとの思いで席を見つけ、そこに座ってみたら、なんだか途端に急激ないたたまれなさに襲われた。誰も私なんて見ていないのに、人の視界に私が入っていることを後ろめたく感じた。自意識過剰も大概にしろと、自分に言い聞かせなければならない。
「おはよう清浄さん。すごい空気綺麗だね、緊張してる?」
規格外な全てに対する戸惑いに鬱々として、気を取り直すために深呼吸していると、空席だったはずの隣の席から私に声がかかった。
「心操くん、おはよう……! ごめんね、深呼吸してたから……」
綺麗な空気を吸うとリラックスできて、俺も落ち着くよ。そう言って少し笑った心操くんは私の数少ない友人だ。2年生の時に同じクラスで、別のクラスになってしまった今も私を気にかけて、話しかけてくれる。
周りを見ればもうほとんどの席が人という人で埋め尽くされていた。倍率300倍、ヒーロー科の定員は推薦も合わせて41人だから、おおよそ40人×300=12000人だと考えても多すぎない……?
心操くんが声をかけてくれるまでの間、私は思いの外長くトリップしていたらしく、腕時計を確認するとそろそろ試験の説明が始まろうとする時間だった。
『今日は俺のライヴにようこそー!!! エヴィバディセイヘイ!!!』
いつもの自分の部屋でならノリよく答えたけれど、この空気で合いの手をうつなんてできっこない。
大量の受験生の視線を引き付けて、ホール全体に響き渡る声でプレゼンしているのは、私も憧れているプロヒーローのプレゼント・マイク。私の席から彼のいる場所はすごく遠くって、無難な喩えをするなら豆粒のようで、視力のいい自分の目に少しだけ感謝した。
いつも欠かさず楽しみに聴いているラジオと大差ない声が、私の鼓膜を震わせる。
雄英高校ではプロヒーローに授業をしてもらえるらしい。ヒーロー基礎学やヒーロー近代史といった専門科目はもちろん、それは国語や数学といった教養科目にしても例外はなく。そんな夢みたいな環境で学べるなんて、雄英高校に対する憧れを助長させる一因でしかない。
プレゼント・マイクの説明によると、試験はいくつかの会場にわかれて行われ、その中でポイントの振られた仮想ヴィランを倒す「模擬市街地演習」らしい。制限時間は10分間。いわゆる旧式のゲームのような単純なルールだ。単純なだけに実力が浮き彫りになる、ということだろうか。
……でも、これではあまりにも個性の利が大きすぎる。特に心操くんのような個性では難しいかもしれない。
ちらっと盗み見たはずの私の視線は見事に彼とぶつかってしまい、彼は私の視線の意味を察して苦笑いをした。
聡い彼と違って私には彼の心情は読めない。そう思って再びプレゼント・マイクを見据えた。心操くんは気になるけど、人のことばかり気にしてもいられない。
大音量の説明を聞く限り仮想ヴィランは量産型ロボットのようなので、上手くいくかわからないけれど一つ策を思いついた。ちゃんとイメージ通りにいけばロボットの大きさなんかは特に関係がないから、持久戦の苦手な私はできるだけ3Pを狙って壊していきたい。たかが10分間、されど10分間、だ。
「質問よろしいでしょうか!?」
ホール全体によく通るその声が響き渡る。
「プリントには“四種”のヴィランが記載されております! 誤載であれば日本最高峰たる雄英において恥ずべき痴態!! 我々受験者は規範となるヒーローのご指導を求めてこの場に座しているのです!!」
プレゼント・マイクみたいな個性も使わない、とても芯の通った声が空気を裂いた。
たくさんの人がいるこのアウェーな環境で、それもプロヒーローに向かってあんなにしっかり自分の主張ができるなんて、私じゃ考えられないすごいことだと思う。まっすぐ自分を通せる彼を眩しいと思った。
でも、まだプレゼント・マイクは説明の途中だったから、恥ずべき痴態は言いすぎだとも思うけど。
雄英高校には、彼のように自信と誇りを持った人たちが集まるのだろうか。だとしたら、やっぱり私はヒーローに向いていないのかもしれない。ちょっとしたことで卑屈になってしまう私は。
彼が注意していたボソボソうるさい縮毛の人は私の位置からは見つからなかった。その人も私と同じように、この場に不安を感じているのだろうか。私みたいに、周りの空気が重く感じるのだろうか。
……そんな風に考えてつかの間の安心を得ようとした自分に嫌気がさす。
自分と同じ弱い人を探すんじゃなくて、不安にならないように、私が、強くならなくちゃいけないのに。
いくら自分を嫌ったって、長年の性根はなかなか変えられないものだ。すぐに自分を悲観する癖は私に染み付いてしまっているようで。
『俺からは以上だ!! 最後にリスナーへ我が校“校訓”をプレゼントしよう』
あぁでも今はそんなことを考えている場合じゃない。0Pのギミックなんて、無視するに限る。あくまでも高校受験。避けれないほど危険なはずはないだろうから。
私の割り振られた演習場Bにはあんまり強い人がいないといいなって、性懲りもなく考えた自分を軽蔑するのは今度にしよう。
『かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った! 「真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者」と!!』
何も考えずに、仮想ヴィランを壊す。
それができなきゃ、私の人生は何にもならない。
『“Plus Ultra”!! それでは皆良い受難を!!』