ハマナスは音もなく刻々と。


僕の幼馴染、高峰未涼ちゃんの話をしよう。

彼女は昔からよく笑う可愛い子だった。汚れなんて知らない無垢な笑顔で笑う彼女が変わっていくのはあまりに緩やかで、僕はただ見ていることしかできなかったんだ。


未涼ちゃんは昔から天使のように可愛いと形容されたけど、小さい子なんてみんな可愛いから、周りの子供たちに少し輪をかけた程度にすぎなかった。
でも、成長するにつれて彼女の異常なまでの魅力が顕著に溢れだし、『可愛い』『天使のよう』なんて陳腐な言葉じゃ収まりきらなくなったのはもはや必然で。

『未涼は俺らが守ってやるからな!』
『だから未涼ちゃん、もう怖がらなくていいよ』
『うん! わたし、かっちゃんもいずくくんもだぁい好き!』

三人でそう言葉を交わしたのは、もう一人の幼馴染、かっちゃんがまだ僕のことを“出久”と呼んでいた頃の話。
肝心の僕とかっちゃんが犬猿になってしまってからは、彼と未涼ちゃんも疎遠になってしまったけれど。

未涼ちゃんは気づいていないはずだけど、かっちゃんは離れてしまった今でも確かに彼女を守っている。
オールマイトに出会うまで無個性だった僕は彼女に寄り添うことしかできなかったから。かっちゃんは彼女に直接降りかかろうとする危険を、彼女の意識に触れる前に取り除き続けてくれている。彼女が心を病むことなく中学卒業までこれたのは紛れもなく彼のおかげなのだ。

彼女には私立の女子校、それも寮のあるところを進学に勧めた。僕はどうしても雄英に行きたかったし、かっちゃんもそうに決まっていたから。僕たちの手が届かなくなってしまうと思った。

そんな彼女は僕を追いかけて雄英の普通科に進学した。彼女が雄英に行くと宣言した時の僕を睨みつけるかっちゃんの顔といったら。普通科とヒーロー科ではカリキュラムが全く違うから未涼ちゃんを気にかけてあげられない。
でも、僕らのそれは杞憂だったみたいで入学して約一ヶ月の間彼女は平穏に暮らしてみせた。USJのヴィランの襲撃の際に僕のせいで彼女が閉じこもってしまいかけたのには焦ったけれど、少なくとも彼女の魅力はちゃんと彼女自身によって抑えられていた。


こんな平穏は束の間にすぎない。それを再確認させられたのは、目立たないようになるべくじっとしているはずの彼女がA組を訪れた時だった。

彼女への好意は崇拝に値する。それと同時に生まれるのは過激な愛情と執着。そしてそれは彼女に直接牙を向く。
かっちゃんが未涼ちゃんばかりを気にかけていられなくなって、彼女から遠ざけてあげられなくなったそれが彼女の人生を脅かすのだ。
ただでさえ超常黎明期に入ってから犯罪はどんどん激化してきているというのに、彼女へのそれは並ではないから。

「私の、個性、高校生活もうだめかなぁ」

そう言って泣きそうに笑った未涼ちゃん。

未涼ちゃんは知らない。彼女は生まれた時からずっと無個性だということを。彼女の生まれ持った全てが、ただただ魅力を放ち続けているのだということを。


──「私、こんなのもういらない。個性なんてなくなっちゃえばいいのに」
僕の隣で彼女が時折言うその台詞に、僕はどんな顔をすればいいのか、今でもずっとわからない。

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mae mokuji ato
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