閃光


蒼海の王子


クールで頭脳派と知られるローであっても海賊の頭には変わりなく、お宝とか秘宝とか夢あるワードに心惹かれるのは当然だった。
とある天気のよい日。潜水艇のボディに描かれたシンボルが目に入らなかったのか、船だけは大きい敵が攻撃を仕掛けてきた。勿論圧勝し、ローは悠々と敵陣に足を踏み入れ恒例の本漁りに精を入れていた。やけに豪華な装飾なこの部屋は船長部屋と思われる。ここの船長は本を読む人種らしく、本棚にはぎっしり本が詰め込まれていた。この中でも食指が動かされるものだけを横に置き、残りは後ろにバッサバッサ放り投げる。床はふかふかの毛の長いレッドカーペットがひかれているものの、墜落するたびにゴッと嫌な音を立ているがお構い無しだ。と、流れに任せて振り上げようとした腕をピタリと止めて背表紙の文字に目を通した。
『海の王冠眠る神殿』
海の王冠。なんとも興味が注がれる言葉ではないか。
元に散らばる本を蹴飛ばして近くにあった革のソファに腰かける。ぎしりと音を立ててソファが軋んだ。本自体はかなり古いもののようで、表紙の革はだれ、中の紙は黄色く痛んでいる。作者は聞き覚えのない名前だったし、発行日も出版社もどこにも記入されていない。しかし、自費出版にしては手の込んだ装飾が施されていた。四隅に珊瑚を象った模様が金箔で押され、背表紙の上下には青い石が埋め込まれていた。光沢はない。貝のような手触りで少しざらついている。
座り心地のよいソファに深く座り直す。まるで自室にいるようなリラックスした様子で表紙を捲った。



──

海に憧れたことのない人間はいないだろう。誰だってそうだ。海辺に住まう人々は与えられる恩恵に深い感謝の敬を示し、海を見たことない人々は、無限に広がる母なる存在を乞い願うことだろう。
そう、海は故郷なのだ。時には穏やかに水面を揺らし、時には荒々しく白波を立て命を奪うことがあろうとも、人々は海から離れることは出来ない。
この星の約七割は海で覆われている。だからこそ、人々は昔から海を信仰の対象として暮らしてきた。

海の民。そうと呼ばれる民族がある。人の中で最も海に近い種族とされている人々だ。海に生まれ、海と生き、海に死ぬ。勿論魚人族ではない。彼らには人魚のようなヒレもなければ魚人のようなエラもない。しかし、彼らはこの地球上の知性を持つ生き物の中で一番海を愛した存在だった。
彼らは高度な文明と技術力を持っていた。だから敵も多かった。今はもう血が薄い者が世界の各地で細々と生きているだけだ。己が海の民と知らぬ者も多いだろう。
壊滅寸前になっても彼らは、海への敬意を忘れることはしなかった。海は友だ。散り散りになっても心は常に海の側にあった。だから、彼らは海の神殿を造り上げた。

名をアクーシャと呼んだ。

魚人島でその名を知らぬ者はいないだろう。正しくアクーシャは聖地だった。
アクーシャは常に動いている。海流に身を任せ、ゆったりと大海原を流れている。しかし、目にしたものはいないだろう。アクーシャは不可視の神殿だった。聖なる日ではないと、我々の目には映らない。
皆既月食。太陽と地球と月が一直線に並んだ時起こる天体現象で、月が悪魔のように真っ赤に輝く。頻度としては年に数回とある程度あるものの、それは地球全体での話である。特定の場所に限定すれば、数十年に一回あれば幸運の程度である。三つの天体が一直線に重なる瞬間、地球のどこにいるかで皆既月食が見れるかが変わってくるためだ。詳しい話はここでは控えるが、要するに、時期やタイミングの関係でアクーシャは今日まで滅多に姿を表すことはなかったのだ。
更に、アクーシャに行くには案内人が必要となる。それが、蒼海の王子として海の民が崇めてきたマナフィという生物である。
伝承や書物によると、マナフィは水のような肉体と不思議な力を持ちうるという。対象の心を入れ換える力。海の生き物を従わせる力。癒しの歌声。

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